第61話 伝説のVTuberの素顔
学校が終わった後、僕は寄り道もせず自分が住んでいる場所へと真っすぐ帰る。
住んでいる場所に帰るといっても、僕が帰るのは慣れ親しんだ自宅ではない。
姉さんの事務所に併設されている寮である。
「姉さんは不審者対策って言ってるけど、本当に過保護だよな」
神倉ナナの炎上騒動を沈静化させる為に僕は彼女の名前を使って配信をした。
あの配信は世間では賛否両論に別れ、今でもネットでは僕に対しての誹謗中傷が飛び交っている。
そういう事情を鑑みて僕に危害が及んではいけないということで、一時的に姉さんが住んでいる事務所の寮に住むことになった。
幸いなことに今の所僕に対して危害を加える人はいない。それどころか普段外を歩いていても僕がTomaだと気づかれることさえなかった。
「姉さんは念のためって言ってるけど、この生活はいつまで続くんだろう」
まさか高校卒業するまで、ここに住むなんてことはないよな?
確かにあの寮は自分の部屋よりも快適で不便はないが、僕としては自宅に戻って自分の部屋にあるPCを使ってのんびりとゲームがしたい。それが唯一の望みである。
「お疲れ様、斗真君」
「彩音さん!? お疲れ様です」
「もしかして今学校帰り?」
「はい、そうです」
「それなら丁度よかった。僕も大学が終わって寮に戻る所だから、一緒に帰ろう」
赤髪をなびかせる見た目がボーイッシュな女性。この人が九堂彩音さんだ。
初めて姉さんの事務所を訪ねた時僕に声をかけてくれたこの女性こそが、ななちゃんが言っていた伝説のVTuberの1人である。
「(僕が初めてこの事務所を訪ねた時、この人は僕のことを自分の部屋に連れこもうとしていたんだよな)」
あの時はただの変人だと思っていたけど、この人はVTuber業界の中に限って言えば、とてつもない有名人だ。
僕が寮に住み始めた初日ここに住んでいる人達に挨拶をした際、この人の素性を知って驚いた覚えがある。
「最近よく一緒になりますけど、まさか僕の事を駅で待ち伏せしていたわけじゃないですよね?」
「当たり前じゃないか。さすがに僕もそこまで暇じゃないから、この出会いは偶然だよ」
「本当にそうですか?」
「もちろん。君がこの駅に戻ってくる時間は大体把握してるから、それに合わせて大学から戻って来ただけさ!」
「それを待ち伏せっていうんですよ!!」
やっぱりこの人は狂っている。頭がいいのは知っていたけど、その頭脳を余計な所に使っていると思う。
寮の実質的な管理人をしている姉さんが彩音さんにだけは注意するように言っていたけど、その理由がようやく僕にもわかった。
「そんなに怒らなくたっていいだろう。僕は君の事が気に入ってるんだ。気に入った男の子と一緒に帰りたいと思うのは変な事なのかな?」
「変だと思うポイントはそこじゃないんですよ!! そういうことなら僕に一言、『一緒に帰りたい』って断りを入れればいいじゃないですか!!」
「なら断りを入れれば、君は僕と一緒に帰ってくれたの?」
「それは‥‥‥‥‥」
「あぁっ!? 今言いよどんだ!? その顔は絶対に別の女の顔が頭によぎったんだ!!」
「そんなことないですよ!? 勝手な妄想を働かせないでください!?」
「いや、僕の観察眼に間違いはない!! 今斗真君の頭の中では、絶対に神倉ナナの顔が思い浮かんだはずだ!!」
「うぐっ!? そんなことは‥‥‥」
「だったら何故言いよどむんだい? 神倉ナナの事を考えてなければ、僕のお願いを聞いてくれてもいいはずだろう?」
確かに彩音さんの言う通り、僕の脳裏には一瞬ななちゃんの顔が思い浮かんだ。
どうしてかわからないけど、この約束を了承するには彼女の許可が必要だと思ったので素直に首を縦に触れなかった。
「やっぱりその表情、神倉ナナの事が頭に浮かんだんだね?」
「だったら何だって言うんですか!?」
「開き直ったね。でも変に取り繕わなかったのは好感が持てる」
「えっ!?」
「今の言葉を聞いて僕はますます君の事が気に入ったよ! さすが琴音さんの弟君だね!」
「はぁ?」
やっぱりこの人は変だ。僕がななちゃんの名前を出しても怯むどころか、むしろ闘志を燃やしている。
「週末に神倉ナナと会うのが楽しみだな。君を虜にする程の魅力的な女性とは一体どんな人なんだろう」
「どんな人って言われても、ななちゃんは普通の女の子ですよ」
「普通の女の子か。普通と言っても、彼女はエッチで可愛いお姉さんなんだろう?」
「本人はそういうブランディングをしてますね」
「それなら僕も彼女に負けないように、これからは君にエッチな所を見せて行こうかな。まずは今日の夜、斗真君の部屋に夜這いをする所から始めよう」
「彩音さんに夜這いされると精神衛生上悪いのでやめてください」
「君はそんなに僕の体が貧相だというのか!?」
「その逆ですよ!! プロポーションが良すぎて、目に毒だといいたいんです!!」
見た目からはわからないけど、彩音さんも月島さんやななちゃんに劣らない程セクシーな体つきをしている。
それこそプロポーションに限っていえば、月島さん以上の物を持っているだろう。
何度か仕事で彼女のトラッキングスーツ姿を見ている僕が言うんだから間違いない。今はボーイッシュな格好をしているせいでわからないが脱いだら凄いと思う。
「そうか。君はそんなに僕のプロポーションが魅力的だと思ってくれてるんだね?」
「はい。破天荒な行動をする所が玉に傷ですが、見た目だけはいいと思います」
「僕の美貌は美しいのか。そんな風に褒められるなんて嬉しいな」
この人は本当にポジティブだな。見た目の事しか褒めてないのに、ものすごく嬉しそうな顔をしてる。
「それならこれからは毎日君の部屋に入って夜這いをするからよろしくね!」
「わかりました。そしたら僕は家のセキュリティーを今以上厳重にします」
「正面突破は駄目か。そうなるとどうやって斗真君の部屋に侵入するか、改めて考えなくてはいけないな」
「侵入する事ばかり考えるんじゃなくて、彩音さんは諦めることも覚えて下さい」
この様子を見る限り、気を抜いていると彩音さんは本当に僕の部屋に入ってきそうだ。
一応このことは姉さんに報告しておいた方がいいな。
このままでは近い将来僕は彩音さんに襲われてしまう。
「こうしちゃいられない!! 斗真君、今日の夜ご飯は僕が作ってあげよう。牡蠣、うなぎ、スッポン。どれがいい?」
「どれもいりません。僕は普通のハンバーグが食べたいです」
「OK。牡蠣とうなぎとスッポンを混ぜたハンバーグだね。そういうミックス料理を作るのは得意だから、僕に任せて」
「僕の話を聞いてました?」
この状態になると僕の力ではこの人を押さえつける事が出来ない。
僕に出来ることといえば夕食の買い物について行き、彼女が余計な物を買わないか見張る事だけだ。
「そうと決まればこうしちゃいられない! 早速スーパーに行って、夕食の材料を買おう!」
「はい、わかりました」
「スーパーはこっちにあるから、斗真君は僕についてきて! 一緒に買い物をしよう!」
それから彩音さんと一緒に夕食の買い出しをする為にスーパーへと行く。
そこで数々籠に入れられた精のつく材料を全て売り場に戻し、ハンバーグの材料を買って姉さん達が待つ寮へと帰った。
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ここまでご覧いただきありがとうございます。
続きは明日の8時に投稿します。
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