第46話 斗真の覚悟

「やっぱりこの時間は仕事か」



 姉さんに電話をするがコール音がなるだけで反応がない。

 今の時刻は16時30分丁度。姉さんはまだ仕事をしているに違いない。



「あっ!? 折り返しの電話がきた!?」



 姉さんがこの時間に折り返しの連絡をするなんて珍しい。

 このチャンスを逃してはいけないと思い、僕は慌てて電話を取った。



「もしもし姉さん!! 突然電話してごめん!! 今時間は大丈夫?」


『そろそろ斗真から電話が掛かってくる頃だと思ってたわ』


「僕が電話してくるのを予想してたの!?」


『そうよ。こんなこともあろうかと、今日は内勤の仕事しか入れてないから大丈夫よ』


「そうだったんだ」


『それよりも神倉ナナの事だけど、SNSでものすごく炎上してるわね』


「うん」


『あのクラスの女の子も可哀想だったわ。勝手に素顔を撮影されただけでなく、それがネットにまで出回って。あんなことをされたら外も歩けないじゃない』


「その事件のせいで、今もその子は家に引きこもってるよ」


『そうでしょうね。でも、それを最低限で食い止めることが出来た。それは斗真があの子の事を助けたからでしょう。お手柄じゃない。さすが私の弟ね』


「その事を知ってるということは姉さんもあの動画を見たんだ」


『もちろんよ。あんな大量に動画が出回ってたら嫌でも目にするわ』



 違う、僕は姉さんとそんな話をするために電話をしたんじゃない。

 姉さんもその事はわかってるはずだ。だからあの言葉を言わせない為にわざと話を逸らそうとしている。



「それなら話が早い。姉さんに頼みがあるんだ」


『貴方が配信者‥‥‥ストリーマーデビューをするという話なら反対よ』


「何で反対するの!? この前まではあんなにしつこくやれって言ってたのに!?」


『状況が変わったのよ。今ネット上では神倉ナナの他にTomaの名前が上がってるのはあんたも知ってるでしょ?』


「うん。僕もその事を今日知った」


『あんたの事だから、おおかた神倉ナナの炎上の火を自分に向けるために配信者デビューしようとしているんでしょ。もしそういう魂胆なら、私は反対よ』



 まずい!? 姉さんには僕の作戦が筒抜けだ。

 炎上した話題よりもさらに話題性がある炎上が発生したなら、人はみんなそちらの方に興味を持つ。

 それで無理やり神倉ナナの炎上を僕が引き受けようとしたけど、姉さんはそれを良しとしないみたいだ。



『その様子だと、あの配信に映ってたクラスの女の子は本物の神倉ナナのようね』


「姉さんは何を言ってるの? あの子が神倉ナナだという証拠がないのに、そんな適当な事を言わないでよ」


『私に嘘なんてつかなくていいわよ。なんであんたが神倉ナナの正体を私に言いたくなかったのかも今の話で全部わかった。神倉ナナが自分と同じクラスに在籍している女の子だったから、私に知られたくなかったのね』


「‥‥‥‥‥うん」


『こんな偶然って本当にあるのね。さすがの私も驚いたわ』



 ななちゃんと初めて会った時、僕も姉さんと同じことを思った。

 同じ学校のましてや同じクラスの女の子が人気VTuberだなんて普通は思わない。



『話を戻すけどクラスの女の子を助ける為とか、中途半端な正義感で配信者ストリーマーデビューをしようとしてるならやめなさい。貴方が痛い目をみるだけよ』


「僕はそんな中途半端な気持ちでデビューするつもりはないよ」


『それが中途半端だって言ってるのよ!! 今デビューなんてしたら、炎上所の騒ぎじゃ済まないわ!! それこそ神倉ナナの炎上が非にならないぐらいの騒ぎになって、外を歩くことすらできなくなるわよ!!』


「大丈夫。僕だってそれを覚悟の上で言ってるから」


『いいえ。斗真は全然覚悟なんて出来てない。自分がどうなるかわかってないから、そんな甘い考えが出てくるのよ」


「姉さんに何がわかるんだよ!!」


『わかるわよ!! こう見えても私はあんたよりこの業界に精通してるのよ!! こういった炎上で精神を病んで引退してきた子はたくさん見てきたわ!! 私は貴方にその子達の二の舞になってほしくないの!!」



 姉さんの気持ちは僕も痛い程わかる。もしこの事を口実に配信者デビューなんてすれば、ななちゃんの非にならないぐらい叩かれるだろう。

 下手をすれば学校でいじめの対象になってもおかしくない。その覚悟はあるのかと姉さんは僕に問いかけている。



「姉さんが僕のことを心配する気持ちはわかる。でも、これは姉さんにとってもチャンスだと思うんだ。僕の名前を売る」


『炎上商法がいいなんて私は思ってないわよ』


「悪名は無名に勝るって言うでしょ。ここでデビューすれば、僕の名前がすぐ世間に広まると思うよ」


『悪名が広まった所でどうするのよ? そんなことをしても案件はこないし、配信だって遊び半分で見にくる人しか来てくれないわ』


「それは僕のFPSの腕前で何とかする。春休みに行われたエベックスの大会前、姉さんは僕に『斗真は配信を見ている人達を虜にする程のFPSの腕がある』って言ってくれたよね?」


『確かにあの時私はそう言ったわ。今でも貴方にはそれぐらいの腕前があると思ってる』


「だったら僕の事を信じてよ。その遊び半分で見に来た人達ですら、僕の配信の虜になるようなそういう配信をする」



 我ながら自信過剰な事を言っていると思う。でもこうでもしないとななちゃんの事を助けられない。

 現に電話口から姉さんの唸り声が聞こえてくる。

 姉さんも僕の提案に乗るかものすごく悩んでいるようだ。



『昔に比べて斗真も言うようになったわね』


「そうでもないよ」


『あんたの思い通りになるかわからないのに、そんな辛い思いまでして神倉ナナを助けたいの?』


「うん! 僕はななちゃんを助けたい」



 ななちゃんは配信を通してリスナーと遊んでいただけなのに、こんな理不尽な目にあっていいわけがない。

 だから僕は少しでも彼女の助けになるなら何でもやる。そのせいで自分がどんな目にあおうとも、ななちゃんのことだけは救いたいと思っている。



『わかったわ。あんたの覚悟は十二分に伝わった』


「それじゃあ‥‥‥」


『その代わり配信の準備はこっちで調整させて。とりあえず今日はこの後、私の事務所に来なさい』


「わかった」


『住所はすぐに送るわ。そしたら通話を一旦切るわね』


「ちょっと待ってよ姉さん!? 急にそんなことを言われたって、何を持って行けばいいかわからないよ!?」


『斗真はスマホと財布だけ持ってきてもらえればいいわ。あとはこっちで準備をしておくから。心配しないで』


「わかった」



 今の話を要約すると、配信する為の環境は全部姉さんが準備してくれるらしい。

 姉さんが機材を準備をしてくれるというのならこんなに心強いことはないだろう。

 きっと最高の環境で僕に配信をさせてくれるはずだ。



『貴方のスマホに事務所の住所を送ったから、今からそこに来て頂戴』


「わかった。すぐ準備して向かうよ」


『もし道に迷ったら私に連絡しなさい。場所を教えてくれれば、すぐ迎えに行くわ」


「わかった。じゃあまた後でね」



 姉さんとの通話を切った僕は急いで出かける準備をして家を出る。

 目的地は都内にある姉さんの事務所。最寄り駅にある電車に乗って、僕はその場所へと向かった。


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ここまでご覧いただきありがとうございます。

続きは明日の8時に投稿します。


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