第44話 彼女に必要な物

 盗撮事件の翌日いつも通り学校に登校をすると、教室にななちゃんの姿が見当たらない。

 彼女の席だけぽっかりと空いており、その場所だけ空虚に感じられた。



「やっぱり今日は休みだったか」



 しばらく教室にいると先生が入ってきてホームルームが始まり、昨日の事件の顛末を説明してくれた。



「昨日このクラスをスマホで撮影した人物は学内の生徒ではなかった」



 昨日尾崎君が予想した通り、ななちゃんを盗撮した人はこの学校の在校生ではなかった。

 なんでもあの盗撮犯はこの学校の卒業生らしく、自身のYourTubeチャンネルの再生数稼ぎの為に彼女の事を撮影したらしい。



「(この学校の卒業生という事なら、盗撮犯の行動にもある程度説明がつく)」



 学生服を身にまとってこの学校に入れたのは、その事前知識があったおかげに違いない。

 先生の説明のおかげであの盗撮犯がこの学校に精通していることはわかった。

 ただそれがわかったとしても、まだ謎は残っている。



「卒業生だとしても、中間テストの時期をこんなに正確に把握できるのかな?」



 時間割を把握していたとはいえ、中間テストのしかも最終日を狙って来ることなんて普通の人は早々出来ない。

 そうなるとあの人の身内に学内関係者がいる可能性が高い。だけど先生はその辺りの事について何も話してくれなかった。



「でも今はそんなことよりもななちゃんの方が心配だ。昨日連絡しても返信がなかったし、家で倒れてないといいんだけど‥‥‥」



 SNSでの盛り上がり方を見る限り、絶対大丈夫じゃないだろう。その証拠に神倉ナナのSNSアカウントは昨日からずっと荒れている。

 昨日配信されたななちゃんの素顔は既にネットで拡散されており、今も尚SNSを中心に広がっていた。



「神宮司‥‥‥だよね?」


「君は‥‥‥月島さん?」


「うん。ちょっと話したいことがあるから、一緒に来てくれない?」


「わかった」



 月島さんが僕の事をわざわざ呼びだしたという事は、十中八九昨日の件について話したいことがあるのだろう。

 わざわざ教室を出て人気のない所に行くのは、クラスの人達にこの話を聞かれたくないからに違いない。



「あれ? ここって中庭だよね?」


「そうよ。ちょうど木陰になる所にベンチがあるの。良い場所でしょ」



 この場所は元々僕がななちゃんに教えた場所である。だからここまでの道のりに既視感があったんだ。

 元々は僕が使っていた場所なんだから知っていて当然だろう。

 でも僕とななちゃんの関係を秘密にしている以上、月島さんにその話は出来なかった。



「実は私、神宮司にお礼が言いたかったの」


「お礼?」


「うん。昨日は菜々香の事を助けてくれてありがとう」


「あれは僕だけじゃなくて、尾崎君がいたからなんとかなったんだよ」


「尾崎には朝お礼したよ。なんか口元でもごもご言ってて、何を話してるかわからなかった」


「それはたぶん月島さんと話していて緊張したんじゃないかな?」


「緊張? 人と話すだけなのに緊張するの?」


「月島さんも話した事がない人と話す時って緊張するでしょう? たぶん尾崎君もそういう状態だったんだと思うよ」



 尾崎君は月島さんみたいな綺麗な人と話す事に慣れてなくて、テンパってただけだと思う。

 仲の良い人には気さくに話しかけるけど、あまり関わりがない人に対しては言葉に詰まってしまう。認めたくはないが、僕と尾崎君は似た者同士らしい。



「(でも月島さんを前にオドオドする尾崎君は見て見たかったな)」



 いつもは僕にマウントを取ってくるのに、月島さんと話す時はそんな状態になるのか。

 今更こんな事を言ってもしょうがないけど、そんなレアな尾崎君を間近で見たかった。



「そうなんだ。神宮司が言っているその感覚、私はよくわからない」


「わからなくていいと思うよ。ただそういう人もいるって事だけは覚えておいた方がいいと思う」


「わかった。尾崎はそういうキャラクターだと思えばいいのね?」


「とりあえずそれでいいよ」



 これで尾崎君の面目は一応保たれただろう。もし彼が次に月島さんと話しても、変な目で見られることはないはずだ。



「実は僕も月島さんに聞きたいことがあったんだ」


「何?」


「ななっ、柊さんはあれからどうしてる?」


「それはウチもわからない。昨日家まで送って行ったから外には出てないと思うけど、あれから菜々香に何度連絡しても返事がないの」



 これは僕の想像以上にまずい事になっている。中学時代から付き合っている月島さんにまで連絡を返さないなんて、異常事態と言ってもいいだろう。

 このまま放って置いたら本当に取り返しのつかないことになってしまう。

 どうにかしてななちゃんに連絡を取る手段はないか必死になって考えた。



「それなら僕達が先生に連れていかれた後はどんな様子だった?」


「菜々香、ずっと泣いてたよ」


「泣いてた?」


「うん。『もう外に出れない』と言って、ずっと泣きじゃくってた」



 その気持ちは僕もよくわかる。あんな風に自分の素顔をネットに上げられたら、トラウマになってしまってもおかしくない。

 それぐらいななちゃんはあいつに酷いことをされた。

 これから先未来永劫彼女が外に出れなくなったとしても、何ら不思議な事ではないだろう。



「月島さんも柊さんのことを心配してるんだね」


「当たり前でしょ!! 菜々香は中学の時からの大事な友達で、転校してきて1人ぼっちだったウチに初めて声をかけてくれたんだよ!! そんな大事な友達の事を心配しないわけないじゃない!!」


「おっ、落ち着いて!? そんなに興奮しても、状況は変わらないよ!?」


「それはウチだってわかってるわよ!! でも悔しいの!! この状況で何も出来ない自分が!!」



 月島さんの気持ちは僕も痛い程わかる。だけどこの状況だと僕達の出番はない。

 いくら僕達が動いたところで、ネットで出回る動画を全て消し去ることが不可能だ。

 むしろ今それをやめるように呼び掛けてもそれが燃料になって、余計状況を悪化させる可能性がある。



「確かにこの状況で僕に出来ることはないけど、月島さんに出来ることはあると思うよ」


「ウチに出来ること? そんなものないよ!!」


「ある! 僕に出来なくて月島さんに出来ること、それは柊さんの側にいることだよ」


「菜々香の側にいること?」


「そうだよ。それは僕には出来ないけど、中学時代から柊さんと仲のよかった月島さんなら出来ると思う」



 今のななちゃんに必要なの物は彼女の気持ちに寄り添って何でも話を聞いてくれる友達だ。

 不安になっている彼女の側に寄り添って味方になる人間。それが必要だと思った。



「そんなこと‥‥‥菜々香が望むはずがない」


「望んでるはずだよ。話し相手がいるかいないかで、その人の心の持ちようは変わるはずだ」



 こういう時は外に連れ出して気分転換をするのが1番いいけど、この状況でそんなことができるはずがない。

 だけど自分の心の内をさらけ出せる話し相手がいるだけで状況はだいぶ変わるはずだ。それが何でも話せるような親しい人物なら尚のこといい。



「でも、菜々香‥‥‥私から連絡しても返事がないよ」


「だったら家まで押しかけよう」


「そこまでするの?」


「本当にその人を助けたかったら、そこまでしないとダメだよ」


「そんなことをして、菜々香は私の事を嫌いにならないかな?」


「なるわけないよ。月島さんが柊さんの事を親友だって思ってるなら、絶対にそうするべきだと思う」


「わかった。今日の放課後、菜々香の家に行ってみる」


「うん、ぜひそうしてほしい」



 月島さんの話を聞く限り、今のななちゃんを1人にするのはまずい。

 以前両親は共働きで家にいないと言っていたし、出来ればななちゃんを1人っきりにしたくなかった。



「ありがとう、神宮司。お礼を言うはずが、相談にのってもらっちゃった」


「別にいいよ。それよりもそろそろ教室に戻ろう。授業が始まるから」


「うん!」



 これでななちゃんは大丈夫だろう。親友である月島さんが付き添ってくれるなら、これ以上心強いことはない。

 あとはネットに出回る動画をどうにかすることだけど、こればかりは具体的な解決策が思いつかなかった。



「一体どうすればいいんだろう」


「どうしたの、神宮司?」


「何でもないよ。僕はもう少しここにいるから、月島さんは先に戻ってて」


「わかった」



 月島さんが校舎に戻ってから、僕は改めてあの動画を消去する方法を考える。

 だが何もいい案が思い浮かばず予鈴がなったので、僕は考えることを諦めて一旦教室へと戻った。


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ここまでご覧いただきありがとうございます。

続きは明日の7時に投稿します。


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