第36話 面白い男の子(柊菜々香視点)

《柊菜々香視点》


 あたしが彼の事を見つけたのはたまたまだった。

 この春あたし一推しのゲームであるエベックスの大会がやっており、その試合を観戦している最中に気になる人を見つけた。



『小学生の頃、僕にはずっと好きだった女の子がいたんだ。その女の子はみーちゃんと言って、放課後になるとずっと2人で公園のベンチに座ってゲームをしていたんだ』


『Tomaさんも昔は友達がいたんですね』


『昔は余計だよ。でも中学に進学した直後、突然その子が公園に来なくなって会えなくなったんだ。あの時はものすごくへこんで、1日中家に引きこもってた』


『へぇ~~~。その好きだった女の子は引っ越しでもしたんですか?』


『それは僕もわからない。でもその子が1番好きなゲームがFPSだったから、それをしていればまた彼女に会えると信じて、僕はFPSを続けて‥‥‥‥‥‥』


「このTomaって人、ものすごく面白い!」



 たまに働くことがあるあたしの直感が、この人となら楽しい配信が出来ると告げている。

 異性間コラボは普段やらないけど、どうしてもこの人と一緒にゲーム配信がしたくてあたしは彼の事を調べた。



「あれ? Tomaって名前で検索をかけたけど、YourTubeに彼の名前がない」



 もしかしてこの人、配信業を生業にしているプロゲーマーじゃないのかな?

 そうなると彼は予選を勝ち抜いてここまで勝ち上がった一般参加者となる。



「もしかしてこの人、プロゲーマーの大多数が出場している大会で予選から勝ち上がってきたの!?」



 もしそうだとしたら、あたしはFPS界隈の歴史が変わる瞬間を見ているのかもしれない。

 普通一般参加者はプロゲーマーでもない限り予選を突破する事さえ難しいので、もし彼がプロゲーマーではないとしたら前人未到の快挙を成し遂げたことになる。



「YourTubeに彼の名前が表示されない理由はわかったけど‥‥‥SNSはやってないのかな?」



 今度は急いでSNSにその人のアカウントがないか調べる。

 ツイッタラーにインスパ、TicTac。色々なSNSを調べに調べて、やっとその人のアカウントを見つけた。



「見つけた! これがTomaのアカウントだ!」



 ツイッタラーのアカウントにはこのゲーム大会に出場するという旨の投稿がされているのでほぼ間違いない。

 このアカウントは今大会で話題になっているTomaのアカウントである。



「このTomaって人、本当に凄いな。大会本選に出るのさえ難しいのに。決勝戦まで勝ち上がるなんて、中々出来ないことだよ!」



 この大会に出場する選手は殆どがプロゲーマーで構成されており、一般参加者は殆どいない。

 もし参加するとしたら予選から勝ち上がってくるしかないはずだけど。その予選には招待をされていないプロ選手も多数出場しているので、その人達をなぎ倒してここまできたことになる。



「この人と一緒に配信出来ないかな?」



 普段は同性としかコラボしないあたしだけど、どうしてもこの人と一緒にコラボ配信がしたい。

 気づけばあたしはメールアプリを起動し、Toma君に対して自分の思いを書き綴ったお誘いメールを送っていた。



 それから色々あって、Toma君が同じクラスの神宮司斗真君だという事がわかった。

 正直最初は驚いたし焦った。だってあたしがVTuberをやっていることは美羽ちゃんにさえ言ってないことだから、もしかしたらそれをネタにゆすられるんじゃないかと思っていた事を今でも鮮明に覚えている。



「(でも、そんな心配なんてしなくてよかったんだ)」



 斗真君はコラボ配信の時から今日までずっと優しかった。

 それに彼が時折見せる慌てふためく姿が凄く可愛いくて、あの反応を見ると彼の事をついついからかいたくなってしまう。



「美羽ちゃん、お昼休みに購買へ行こう!」


「急にどうしたのよ? 購買でパンを買おうなんて、菜々香らしくない事を言って?」


「実はここの購買のパンは、近くのパン屋さんから出来立ての物を直送しているんだよ」


「そうなの?」


「うん! だからここのパンはコンビニやスーパーの物と違って美味しいらしいよ」


「へぇ~~~。そんな情報よく知ってたわね」


「あたしもこの前たまたま耳にしただけだよ。美羽ちゃんってシュークリームとか甘い物が好きでしょ? だからここで甘い物を買って一緒に食べよう!」


「菜々香がそこまで言うならいいよ」


「じゃあお昼休みになったら一緒に行こう!」


「わかった」



 朝のホームルーム前に美羽ちゃんと2人で購買に行く約束をする。

 美羽ちゃんは最初はいぶかし気な表情をしていたけど、昼休みになると文句も言わずあたしに着いてきてくれた。



「この学校の購買に初めて行くけど、どんな所なんだろう?」


「あたしもわからない。だからものすごく楽しみにしてる!」



 2人で教室を出て購買に着くとあたし達は驚いてその場で立ち止まってしまった。



「菜々香」


「何?」


「ウチ、あの人込みに飛び込む勇気はないんだけど?」


「あたしも。この人込みがもう少し落ち着いてから買いに行こう」


「賛成」



 あたし達の視線の先には多くの人達が購買のパンを買う為に人込みをかきわけている。

 正直今あの中に入ったら最後、ひ弱なあたし達ではすぐはじき返されるのがオチだろう。初心者は初心者らしく、人込みが解消された後動くことにした。



「あっ!?」


「どうしたの、菜々香? 何か見つけたの?」


「何でもないよ。気にしないで」



 購買の人込みの中から、斗真君が出てきたのを見つけた。

 その手には焼きそばパンとハンバーガー。それにメロンパンを持っている。



「(斗真君って普段はあんな表情をしてるんだ)」



 いつも学校では無表情だけど、購買の人込みから出てきた彼はあからさまに疲弊している。

 だけど彼は自分の抱えてるパンを見て嬉しそうに笑っている。一緒に遊びに行った時にしか見られない、彼のレアな表情を見た気がした。



「菜々香、人が少なくなってきたしそろそろいいんじゃない?」


「うん、そうだね!」



 さっきまでとは違い、ショーケースの前には殆ど人がいない。

 そのタイミングで近づくと、購買にいる店員さんがあたし達の所へと来てくれた。



「お嬢ちゃん達ごめんね。もう殆どの商品が売り切れてるんだよ」


「全然構わないですよ。ところで残ってる商品はどんなものがありますか?」


「あるとしたら菓子パンとシュークリームだけだね。総菜パンは全滅よ」


「わかりました。そしたらメロンパンは残ってますか?」


「それなら辛うじて残ってるわ。あと菓子パンで残っている物といえば、チョココロネやアップルパイ、それとシュークリームが残ってるよ」


「そしたらメロンパンとシュークリームを下さい!」


「はい、ありがとね。そっちのお嬢ちゃんは何にする?」


「えぇっと‥‥‥どうしよう?」


「美羽ちゃんはシュークリームを買えばいいんじゃないかな?」


「そしたらシュークリームを1つ下さい!」


「ありがとね。貴方達可愛いから、おまけでチョココロネもつけてあげる」


「いいんですか?」


「いいのよ。どうせ残っても廃棄になるだけだし。お嬢ちゃん達が早い時間からここに来てくれたのに、ろくなものが買えなかったからそのお詫びよ」


「私達がそこにいた事を知ってたんですか!?」


「もちろんよ。おばちゃん、何年この購買に努めてると思ってるんだい? 初めてここに来た人はみんな貴方達みたいに端の方に立って、人がいなくなるのを待ってからここに来るのよ。ちなみにそのメロンパンもサービスしてあげるから。遠慮しなくていいよ」


「ありがとうございます」


「これに懲りずにまた来てね」


「はい! ありがとうございます」



 人込みに圧倒されたせいで購買の商品を選べなかったけど、それが逆に功を奏したみたい。

 あたしが欲しい物も買えたし、あとはこれをどこで食べようかな。



「(そうだ! せっかくだから斗真君にオススメされたあの場所に行こう)」



 あそこなら誰にも邪魔されず美羽ちゃんと話せるはずだし、お昼ご飯を食べるには丁度いいはずだ。

 何よりあたしも1度行ってみたい場所ではあったので、この機会に行ってみよう。



「菜々香、買う物も買ったし教室に戻ろう」


「待って美羽ちゃん。実はあたし静かにご飯を食べられるいいスポットを知ってるんだけど、今日はそこでご飯を食べない?」


「静かにご飯を食べれる場所? それって教室じゃないの?」


「違うよ。そういう場所が中庭にあるの」


「中庭? あそこに行っても直射日光が当たって暑いだけじゃない」


「そんなことないよ。木陰になってる所にベンチがあるから。そこに行ってみよう」



 あたしも斗真君に聞いただけで詳しい場所はわからない。

 だけどそこに行けばきっとわかる気がする。自分が斗真君ならどう行動するか考えれば、その場所はすぐに見つかるはずだ。



「しょうがないな。菜々香がそこまでいうなら付き合って上げる」


「ありがとう。そしたらあたしについてきて!」



 それからあたし達はパンが入った紙袋と弁当箱を持って中庭へと向かう。

 中庭は日が照っていて、さっき美羽ちゃんが言った通りすごく暑かった。


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ここまでご覧いただきありがとうございます。

続きは明日の8時に投稿します。


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