17「君はそう責任を感じる必要はない」
「ヴェロニカは、夏休みはどうするの?」
翌日、教室でフィンセントが声をかけてきた。
「今年は王都の屋敷で過ごす予定です」
「領地には帰らないのか」
「はい。花壇の世話もありますし、王立図書館に通いたいと思っています」
学校の図書館にも蔵書はたくさんあるが、王立図書館には他にはない希少本が多くある。
それらは貸出していないため館内で読むしかなく、前世から行きたいと思っていたのだ。
「そうか。ヴェロニカらしいな」
「殿下はお忙しいのですか」
「ああ。地方の視察が入っている」
「大変ですね」
「これも王太子としての役目だ」
フィンセントは笑みを浮かべて答えた。
(私も……前世ではお妃教育漬けだった)
学校にいる間のお妃教育は休みだったが、夏休み中は毎日のように王宮へ通っていた。
けれど地方の公務中心だったフィンセントに会うことはなく、寂しい思いをしていたのだ。
(今回は自由な時間が多いし、自分のために使えるのよね)
それはとても贅沢なことのように思えた。
*****
迎えた夏休み。
ヴェロニカは充実した日々を過ごしていた。
学校のある間、基本的には寮から出られない。だから家に帰ったのも入学以来だ。
数カ月ぶりに家族と会い団欒の時間を過ごし、図書館へ通う。
ルイーザが領地へ帰ってしまったのは残念だったが、定期的に学校で園芸サロンのメンバーと会っている。
楽しい夏休みだった。
「君がエリアス君か」
エリアスがフォッケル侯爵家を訪れたのは、八月も半ばに入った頃だった。
「初めてお目にかかります、侯爵閣下」
エリアスは膝をつき、最上級の礼をとった。
「娘がいつも世話になっている。礼を言おう」
「礼など……とんでもございません」
エリアスは更に深く頭を下げた。
「ヴェロニカ様が私どもにしていただいたことに、まだまだ報いられておりません」
「そのことは気にするなと、以前ボーハイツ子爵にも伝えたのだが」
侯爵は苦笑した。
「先日夜会で会った時に言われたよ。息子の命はお嬢様に捧げさせていただきますと」
「当然でございます」
「ボーハイツ家は忠義に厚いと聞くが。そう気負わなくともいい」
頭を下げたままのエリアスを見てそう言うと、侯爵はヴェロニカを見た。
「彼と話したいことがある。席を外してくれるか」
「はい」
ヴェロニカが部屋から出ていくと、侯爵はエリアスにイスに座るよう促した。
「いえ、自分のような者が座るなど……」
「私が話しにくいのだ。座ってくれ」
「……かしこまりました」
エリアスはソファに腰を下ろした。
「ヴェロニカは学校で上手くやっているかね」
侯爵は尋ねた。
「はい。成績はとても優秀ですし、サロン活動も充実しておられます」
「サロンは園芸とラウニー教授の講義だったな」
「はい」
「教授にもサロンで会った。博学だと褒められたよ」
「ヴェロニカ様は幅広い分野に興味を持たれており、学ぶことが楽しいようです」
「そうだな。領地でも興味を持ったものにはなんでも調べて、好きなことをしてのびのびと過ごしていた。……正直、王太子との婚約を解消して良かったと思っている」
侯爵は口元に笑みを浮かべて言った。
「……そうでしたか」
「九歳で婚約してから一年近く、お妃教育漬けで、見ているほうがつらいほどだった」
侯爵はエリアスを見ると目を細めた。
「だから、君はそう責任を感じる必要はない」
「――そういうわけにはまいりません」
エリアスは首を振った。
「今のヴェロニカ様が自由を得ていたとしても、御顔に傷が残っているのですから」
「傷を見たのか」
「はい」
「見てどう思った」
「私は特に気になりません」
「そうだな、私も気にならないが。当人はきっととても気にしていると妻は言っていた」
侯爵は視線をそらせた。
「それが女心だと」
「……はい」
「その傷のせいで、今後ヴェロニカが結婚するのに支障が出るのではないかと妻は懸念している」
侯爵は視線をエリアスに戻した。
「爵位はヴェロニカに継がせるつもりだ。娘を支え、心から愛してくれる相手を婿に迎えたいと思っている」
「はい」
「そういう相手を見つけられるよう、君に手助けして欲しい」
「――承知いたしました」
一瞬間を置いて、エリアスは頭を下げて答えた。
「お父様となにを話していたの?」
エリアスが廊下に出ると、ヴェロニカが歩み寄ってきた。
「ヴェロニカ様が学校でどう過ごされているか聞かれました」
答えて、エリアスはヴェロニカの手元に封筒があるのに気づいた。
その蝋封に押されているのは、王家の紋章だ。
「その手紙は?」
「殿下からなのだけれど……お父様に相談しようと思って」
「王太子殿下から? どんな内容ですか」
「私の誕生日が近いから、そのお祝いをしたいので王宮に来て欲しいって」
ヴェロニカは困ったように封筒を見てそう答えた。
「誕生日祝い? 王宮で、ですか」
「ええ……もう婚約者でもないのにおかしいわよね」
ヴェロニカは小さくため息をついた。
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