10.産まれながらの敗者な乙女座

「ねえ、これ七女の好きな本?読んでいい?」

 六女が机の上に置かれた本を手に取った。

「うん!読んで読んで!」

 それを聞いた六女は頷き、お礼を言ってからゆっくりと読み始めた。

「その本私も読んだよ!本当に面白かった!」

「なんか現代社会へのアンチテーゼ的なイメージを抱いたんだけど分かる?」

 三女と四女が本を指しそう言った。

 七女は嬉しそうに頷く。

「そう!ネットに上がってる考察とかもあって…」

 七女が話そうとした瞬間、六女が手でそれを制止した。

「私今読んでるから…ネタバレ禁止」

 四女は声を出して笑った。

「あっは、かわい」

「笑うな」

「六女ちんちょい読むの遅ない?」

「三女黙れ」



「読み終わったわ、面白かった」

 六女が本を机に置きながらそう言うと、七女は嬉しそうに立ち上がった。

「面白いよね!」

 頷く六女。

「ヒップホップで終わりってのがカオスでよかった」

 笑う七女。

「あはは!だよね!あらすじを人に紹介すると毎回笑いが起きる系の小説ランキング一位!」

 微笑む六女。

「前読んだあの…誘拐された…六人のやつ!あったじゃん?あれと繋がってるんだよな」


 立ち上がる五女。

「そうなの、私アホほど考察読み漁るオタクでさ?」

「自分で考察してみろよ」

「聞いて!あの、考察があるんだけど、この4人のメイン登場人物ね、人間じゃないんじゃね?って」

 七女も同じく立ち上がった。

「確かに!川のシーンでも水で濯ぎ落とすのは炭とか埃の汚れだもんね!」


 四女は七女の言葉を聞きながら本をペラペラとめくった。

「思った、丸一晩走ったら汗かかない?いくら寒くても暑くなるだろ?汗流さないとかおかしくね」

「うん、それに、ご飯のシーンも一個も出てこないし、排泄だとかお風呂とかのシーンもないの」

 五女の言葉に、四女はあるページを開いてそれを指した。

「?汚れ気にするシーンあるけど?」

「…服が…だ…」

「……うわ、ほんとだ」


 次女は本を覗き込み、七女に対してこう尋ねる。

「同じ作者の小説ではお風呂とかご飯とか出てくるの?」

「前編では出てくるよ!」

「……マジで人間じゃないんじゃね?」

 首を傾げる六女。

「だよね!!」

 同調する五女。

 しかし、長女は、四女が開いているページを読み、数ページ捲りながらこう言った。

「でもさ、悲しかったら泣くし、面白かったら笑うし、嫌なら怒るし…もちろん…傷付くし、傷付いたら血が流れて…その血は赤なんだよね?」


 それを聞いた三女がこう呟く。

「……なら人間じゃん」



 四女から本を手渡される七女。


「…この4人はさ、ノンバイナリーとかそういうアレなんじゃない?」

「ノンバイナリー?」

「ほら、少し前に本で読んだじゃん!あの~!昔は普通に居たっていう…少数派とかいうやつ!」

「あ、男性として産まれたけど、心は女性の人の話?」

「そうそう」

「ノンバイナリーはそれとはまた違うんじゃない?」

「そっか」

「でもさ、なんか…トイレ問題とかあったよね、その女の子が男の子のトイレで出来るかって話」

「それもだし、男が女のトイレでトイレする事にもなるよね」

「じゃあ、悪魔が、身体が男の子の、心が女の子…天才な少女が、身体が女の子で、心は男の子?」

「あ、トランスジェンダーだ、思い出した、メモしてたんだあたし」

「トランスジェンダー…だからトイレの話出さなかったのかな?」

「それでなんで出さないの?」

「ちょっと前に本で読んだの、あの…20年代に結構…それで議論になってたというか…女子トイレを使わせるかどうかとかで…」

「あー…そういう…確かにちょっと気になるのは気になるかもな」

「だからあえてお風呂シーンも食事シーンもトイレシーンも書かなかったってこと?」

「その頃は普通に文句言えたんだね」

「…ねえ、この子達の時代的に性転換手術とかは出来なかったのかな」

「性転換手術…今は違法になっちゃったよね」

「トランスジェンダーは居ないっていう風な風潮になってるし、普通に私達がスカート履くのも不自由になったし…」

「今も隠して生きてる子って居るのかな」

「……」

「……いるだろうな」

「……」

「…ねえ、これ書かれたのはいつ?」

「あ……えっと…2024年だって」

「わ、大昔」

「40年くらい前?」

「じゃあ出来たじゃん」

「劇場…待って?この天才の子いるじゃん?」

「うん」

「この子は「クラシック」って単語を聞いてヒップホップのジャンルだと思ったって書いてあるよね?なら、その子がそう思うくらい…クラシックが廃れてたんじゃない?だからこの24年より未来の話なんじゃないかな?」

「24年ってクラシックって聞いたらどっちが浮かんでた時代だろ…」

「私はヒップホップの方だけど…」

「私も!」

「…クラシック…そんな中でクラシックをやって、劇場で…舞台、とかなんか、めっちゃ古きよき何かを大切にしてる感じだね」

「言い方を変えると?」

「時代遅れ」

「そんな場所だったらさ…その子生き辛いだろうね」

「比喩なのかな?考えが遅れてる、みたいな…アンチテーゼ的な」

「あー…そんな中から抜け出せた系か!」

「合ってるんじゃない?ほら、許嫁のお兄さんもさ、最初はその世界に則って生きてたけど、後半になるにつれて「マジで」とか言ってるから…」

「変わってってるってこと?」

「うん…だとしたら男の子達の話がめちゃくちゃにキモくなるね」

「ね…マジキモい…」

「自分より年下の子が自分の親代わりしてるってどういう世界…?」

「精神年齢とか…」

「従順かどうかで年齢が決められてたとか?年齢というよりかは階級の方が重要になってる、的な」

「えぇ…」

「だとしたらさ、あの…男の子達のアレで出てくる許嫁ってのが本当は兄よりも上かもしれないってこと?」

「そういうことだね…血が繋がってない可能性もあるし…」

「…どうする?同い年だったら…」

「このメタくんのお父さんとネイくんが似てるってのも気になる」

「メタくんの何番目のお父さんかは書いてない」

「じゃあ、メタくんのお父さん達の中に、ネイくんの本当のお父さんがいたかもってこと…?」

「ねえねえ、待って?これ気になる、年の話ね?」

「うん」

「…メタくんはさ?従順じゃん?ネイくんよりも上だったし…ほら、彼は四つ下って…」

「いや、メタは従順じゃないと思う」

「え?」

「だから先生に……じゃない?」

「うっわキッモ、合ってそうでキモい」

「もしも私らの考察が全部合ってたらさ」

「うん」

「この小説以上にしんどい人がこの世の中にもいるかもしれんな」

「……」

「…どうする?」

「…出来ることあるかな」

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