09.七女(獅子座)

 うるさかった。


 山のように積んだ本。

 旅をしているような気分。

 私だけのために図書館を開けてくれた優しい先生。

 顔に見覚えがあったけど、何も言わずにお礼だけ言って入っていった。


 自分を偽って生きていた少女の話。

 偽らなければいけなかった少女の話。

 女で居ろと強要されていた、少年の話だった。


 骨格を矯正するきついコルセット。

 それを読み、どれくらいきついのか気になった。

 なんとなく自分のお腹を押さえてみる。

「ぅわ……」

 胃の内容物が揺らいだような感覚。少年はいつもこれを味わっていたのか。

 いや、吐かせないために…少年の先生は彼に何も食べさせなかったのか。


 風で靡く長い髪。

 きっと綺麗だったんだろう。

 どうしても切りたかったんだろう。

 いいんだよ。

 誰に羨まれようが、君が嫌なら嫌でいいんだよ。


 最後は愛し合う二人の少年が駆け落ちをして終わる。

 裏話には、二人で劇場を開いたと書いてある。

 それは今も残っていると。

 沢山の、色とりどりな格好をした人達で賑わっていると、書いてある。


 二人の少年が、どうか、いつまでも幸せで居れたらと願った瞬間、ふと頭に過った。前読んだ小説にも劇場が出てきたな、と。


 皆を騙して皆で逃げた、あの、何もかもを力業で解決した爽快な小説。確か作者が同じだったな。だから読んだのか。忘れてた。もしかしたら繋がっているのかもしれない。

 そう思い、その本を山から探し、見つからなかったから立ち上がった瞬間、私の平穏を壊す、がらがらと、扉が開く音がした。


 私に気付かず、明かりがついているからと入ってきた二人組。

 カップルだろう。

 男と女のカップルだ。

 わ、多分難しい本を読んでふざけて笑ってる。

 ガキみたいだ。

 字が小さいだの漢字が読めないだの言って騒いでる。


 腹が立つな。


 よく見たらそれは四人組が逃げる、あの、私の、大切な、大好きで、電子書籍でも、本でも、買った、あの、本で


 ごつん


 とりあえずいつも持ち歩いている辞典で女を殴った

 目を見開く男、頭を押さえる女

 なんとなく男も殴っておいた

 私を怒鳴る女、私を怒鳴る男

 とりあえず角でも二人を二回ずつ殴っておいた

 怯えたのか黙り込む二人

 眼鏡がずり落ち、途端に二人の顔がぼやけて見えた

 とりあえずもう一回殴っておいた


 私を止めたのは図書館を開いてくれた先生だった

 私の顔を見て、よくわからない表情をしてから、二人へ何かを話し、二人を帰らせた


「人を殴るのはダメだね」

 私を注意する優しい言葉

「腹が立ったので」

 私がそう言うと、彼女はけらけらと笑ってから、小さな声でこう言った。


「本が落ちてきたことにしてあげる」

「悪い人」

 私の言葉に、彼女は微笑み、何故か、着ているシャツの裾を捲り、私へお腹を見せてきた。


「私の弱みを教えるから、私の悪事は見逃して」

 彼女のおへそには綺麗なピアス、そして、彼女から見て左の脇腹に入った、虎の全身が描かれたダイナミックなタトゥー。


 同級生を思い出した。

「気が合いそうな子を知ってる」

 私の言葉を聞き、嬉しそうに頷く彼女。

「会いたい、私の事は虎と呼んで」

「わかった」

「君のことはなんて呼べばいい?」

「私は」



「私のことは、メタファーと呼んで」


 あとから気付いた。

 彼女は私の顔を見て微笑んでいたんだ、と。

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