幕間 女騎士

本当にもう、なんなのよ。


今日は妹アリスの誕生日ということで昨日から休みをもらい生まれ育った村まで帰省して今日の夜、家族でパーティーの予定だったのだが城から我が家に帰還命令が入った。


なんでも城の近くにワイバーンが現れたらしい。


王様から城の騎士、兵士全員に召集命令が出たのであれば仕方ない。


私の年齢には分不相応な給金をもらってるのだから文句は言えない。


「それでも文句を言うのであれば対象はワイバーンね。」


城の騎士見習いとして国にこの身を捧げて四年。

姫様の近衛騎士となって二年。


齢十九でここまで出世できたのは運が良かったと思う。


勿論運だけじゃないと思いたい。


村の道場で小さい頃から必死に鍛錬はしてたけど、たまたま村に査察にいらしてた貴族様の護衛の方の目に入って王都の訓練場に招待されたのはやっぱり運が良かったんだと思う。


そこでの鍛錬はやっぱりすごく大変だったけど村にいる家族に沢山仕送りできるようになりたくて必死に頑張れた。


一昨年の秋に訓練場で行われた年に一度の剣技大会に参加して奇しくも準優勝だった。

剣技だけ比べれば絶対に私のほうが上だった。誰よりも訓練したけど相手の男の体格、体力との差を埋めることが出来なかった。


その夜は悔しくて部屋に一人で泣いた。


周囲の部屋の人達にバレないように枕に顔を押し付けて泣いた。


自分が女性だということを恨んだ。



翌朝、起きて腫らした目のまま訓練場に行くと王様から呼ばれてるから今すぐお城に向かうように言われた。


身に覚えがないから心底恐怖した。


王政を施いてるこの国に於いて王様の言う事は絶対だ。


死刑と言われれば死ぬし国外追放と言われればそれまでだ。

他の国には裁判と言うのがあってそれで嫌疑を証明したり刑を決めたりするところもあると聞いたことがあるけどこの国には無い。


視界が狭くなる感覚に陥りながら未だ経験したことがないほど足が震えてる。むしろよくこの足は歩くことができるものだと感心する。


王様の前に近づき片膝を付き頭を下げる。


「ヴァレンタイン帝国、王都訓練場所属、エリス・ウェントワース、参りました!」


「面を上げよ」


「はっ!」


目の前に数段の階段、その先の玉座に王様、横には初老の宰相、王様を挟んで反対側には姫様がいらっしゃる。


どなたもが今まで直接お話しさせていただいたことなど一度も無い。

何故に私がこの場に、しかも王様から直接呼ばれたのかが分からない。

ただ、わかっていることはここでもし失礼や粗相があれば私は死刑だ。いや、私だけならまだいい。両親やアリスまでもが死刑になる可能性だってゼロじゃない。


「そう固くならずとも良い。これから貴様の家はこの城になるのじゃ。まぁ余もちょくちょく顔を合わせることとなるがよろしく頼む。」


「はっ!!・・・えっ、はい!?」


はっ!だけ言っておけば失礼も粗相もないでしょって思ってたけどまさか王様のお言葉を聞き返すという粗相をしでかしてしまった。この城が私の家?んんん??


「昨日の決勝戦、見事じゃった。余も娘と観戦しておったのだが見事な剣技じゃった。貴様が男性であれば間違いなく貴様が優勝じゃった。」


王様が私をご覧になってらっしゃった。


こんなに嬉しいことはないと思った。更には私の事をほめてくださった。

昨夜、涙が枯れるんじゃないかって思うほど泣いたんだけどまた目頭が熱くなるのを感じた。


「望外の喜びにございます。」

震えそうな声を必死に抑えて可能な限り冷静に答える。


「うむ。そこでじゃ、貴様には娘の近衛を頼みたい。これは娘の願いでもある。」


なるほど。姫様のご年齢は確か二十歳、私の一つ上に当たる。加えて女性という、年齢的にも性別的にも確かに私は姫様の近衛として適任かもしれない。


「はっ!本日より我が身命を賭して姫様をお守りすることを誓わせていただきます!」



こうして史上最年少でこの国の第一後継者である姫様の近衛騎士となったのが二年前。当時は「実戦経験皆無、十九の娘に何が出来る。要は姫様の遊び相手だろう」等と城の内外で陰口を叩かれていたことは十分理解していた。


実際、そうなんじゃないかと自問したことも度々あった。


だから日々の鍛錬だけは絶対に怠らなかった。


休日には身分を隠して単独で冒険者になり依頼を受けたりもした。

それが功を奏したのかはわからないが国外で姫様が攫われかけた際も賊の首を切り落とすことが出来た。




妹の誕生日パーティーに参加できなかったのは残念だけど仕方ないわね。


村から王都まで早馬を走らせながらそんなことを思い出してた。


王都まであとちょっとね。


召集の時間まではまだ十分間に合いそうではあるけど急いで帰ってきたと言うパフォーマンスが大切だ。


王都が視界に入って馬に手綱を打つと道のわきに奇妙な生き物が見えた。


何あれ?ゴブリン?ゴブリンにしては少し大きいような・・・。

ホブゴブリンかしら。


こちらを見ながら走ってきてる。


んん?

本当に何あれ?人間に擬態してる?知性が高い個体かしら。


何あのイチモツ!!!?


訓練場時代に同世代のモノを目にしたことは何度かあったけど当時のどのモノよりもでかい。


ゴブリンの中には人間の女を犯す個体もいるって聞いたことあるけどコレもそうなのかしら。

気持ち悪くて仕方ない。


ここで切ってしまおうかと一瞬考えもしたが今は招集がある。

後日、切り倒してしまえばいいか。

めんどくさければ冒険者ギルドに依頼をだしてもいいし、わざわざ今切る必要も無いわね。


ホブゴブリンが視界に入って数瞬、私は無視するという判断を下した。


「チッ。」

めんどくさいわね。


ホブゴブリンの横を走り抜けながらすぐに意識は招集に戻った。


後日、私はこの自身の判断をものすごく後悔することになるのだけれど、その日の私にはそんなことになるとは露ほども知らない。

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