5日目

 麻酔を熱望します。

 無事間引きが終わり、瀕死の左腕をさすりながら、そんな事をキャシー博士に懇願する。

 間引いたマンドラゴラを雑に密閉容器に移しながら、キャシー博士はただ笑うだけだ。

 きっとこれは麻酔をして貰えないって事だ。理解した。

 

「そう言えば、マンドラゴラって恋茄子って言うんスね。可愛いじゃ無いスか。恋茄子」


 何を言い出すのかと櫻井看守を見上げると、ぷくぷく満足そうなマンドラゴラを撫で回していた。

 

「まさか、櫻井くん……恋?」

「あらやだ、三角関係通り越して四角ね。泥沼だわ」

「俺、ちゃんと婚約者いるんで」


 こんっ!? んん!? あ、そうなの、ごめんね変なこと言って!

 パニック寸前の俺の隣で、キャシー博士が「あらあら、更にドロドロになったわ~。婚約者に挨拶させて? ちゃんと男モードで行くから」なんて言うものだから、櫻井看守がシャーシャーマンドラゴラみたいに威嚇しはじめちゃった。

 

「名前の話っスよ! 恋茄子のスビちゃん!」


 忘れてた。元々そんな話の途中でややこしくなったんだった。

 

「あら良いわね。それで登録しちゃいましょ」


 キャシー博士は一人で納得すると、さっさと端末をイジり始めた。

 

「そうだわ、こーぞーちゃんが居れば独房じゃなくても大丈夫そうだから、スビちゃんごと私の研究室に移動しましょう。櫻井くんは、私の研究室前に配属にしたから。力で」

 

 力で。

 成る程。櫻井看守に言っているようで、俺に拒否権がないとも言ってるわけだ。理解した。

 そうと決まれば移動よ移動と、キャシー博士はさっさと牢を開け、櫻井看守を促し俺とマンドラゴラを連れ出した。

 急な話にも聞こえるけど、きっと前々から考えてたんだろうな。

 研究とは言え、わざわざ立場のある人が独房に入り浸りはどうかと思うしな。

 言われるがままついて歩くと、あっと何かを思い出したキャシー博士がくるりと振り向いた。

 そして、当たり前のように俺を肩に担ぐ。


「よっこいしょ。さぁ、急ぎましょ。ベッドメイキングは完璧よ!」


 あああトラウマがぁあ!


☆★☆★


 櫻井看守を部屋の前に配置し、俺達は研究室の中へ。

 一度精密検査で来たが、相変わらず無機質に機材と机が並んでいるだけの、THE研究室。

 この部屋にベッド……? と、恐る恐る見渡すと、前回は無かったスケルトンな部屋が、研究室の一番奥に鎮座していた。

 んんー! 人権!

 絶対あの部屋だ。中はもの凄く設備が整って過ごしやすそうだが、如何せん人権!

 文句を言ってやろうと振り返ると、キャシー博士はウィッグをむしり取っている所だった。

 

「金髪ロングウエーブヘアの下から、さらさら金髪」

「ちょっとさっぱりしてくるから、部屋の中でくつろいでてちょうだい」


 それだけ言うと、キャシー博士は隣の部屋へと消えていき、そのすぐ後にシャワーの音が聞こえてきた。

 ……ベッドメイキング完璧で先にくつろいでてで、本人シャワー? いやいや、え?

 マンドラゴラをぎゅっと抱き締め、スケルトンな部屋に立てこもる。

 内側から鍵をかけれる! よし! と言うことは外から鍵を開けれるって事ですね! 理解!

 キャシー博士の事はすっきり忘れ、今はマンドラゴラとの時間を楽しみましょう!

 なんだかんだ、二人きりになる時間は無かったからね!

 と言ってもどうしたものか。

 接吻までは済ませた。次は? 人間相手だと仮定すると……まさかのマンドラファッカーですか!?

 落ち着け。そんなわけない。

 キャシー博士に毒されてる。落ち着け。

 マンドラゴラに向き合い、つついてみる。

 くすぐったいのか、キャッキャ楽しそうな声を上げながら、ふわふわのラグの上を転がり回る。

 そしてお返しにと、今度は俺の頬をつついてきた。

 つついてはつつき返され、くすぐればくすぐり返してくる。

 マンドラゴラが喜ぶ度に、腕がむずがゆくなる。腕のマンドラゴラも、順調に育っているらしい。

 元気に育つと良いな。

 マンドラゴラを転がして遊んでいると、ふと視線を感じた。

 ハッと振り返ると、ワイシャツにスラックス姿のキャシー博士が、デスクに頬杖をつきながらぼんやりとこちらを見ていた。

 足なっげぇ。髪ちゃんと拭け。男キャシー博士は慣れない。


「博士、いつから……と言うか、なんで風呂入ったの……?」


 カリカリと何か書きながら、うん?と、上の空の返事が返ってくる。


「この部屋ではいつもこの姿だ。たまにああいう姿を見せておくと、色々都合が良いんだ。お望みなら、この部屋でもあの格好をしても良いが?」

「あーいや、うん、大丈夫です。寂しくなったら言うのでオネガイシマース」

 

 絡みづらい。男モードの博士、とても絡みづらい。

 嫌だわ、イケメンで賢くてエロくて地位のある人って。

 

「やはりこーぞーが居れば、独房じゃ無くとも問題は無さそうだ。むしろ順調に生育している。俺は他の仕事があるから、気にせずゆっくり愛を育んでいてくれ。気になるなら、ブラインドを下ろしてくれて構わない」


 言い終わるや、白衣を羽織りパソコンを開いた博士は、マンドラゴラを入れた密閉容器をカチャカチャと並べていく。

 すっっごい絡みづらい! 誰この人ってくらい、絡みづらい!

 そろそろとブラインドを下げ、チラリとドアを少しだけ開ける。

 ふっと顔を上げた男キャシー博士の不思議そうな表情に、少しだけ笑いそうになった。


「俺はこーぞーちゃんです! あと、博士の一人称は私です! もっと感じよくしゃべって! 髪は乾かせ! 以上! では、晩ご飯豪華にお願いします!」

 

 それだけ言うと思い切りドアをしめ、ドア越しに威嚇してやった。

 ポカンと口を開けてフリーズする博士に、内心ガッツポーズ。

 すぐにニヤリと笑った博士は、椅子にかけてあったタオルを頭に被せると、口角を弓なりに上げ、口パクをしてくる。


『お ぼ え と け』


 何回口パクを解読しても、そうにしか読めない。

 ヤバイ、俺やらかしたかも知れないと思いながら、ドアのブラインドをきっちり下ろした。




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