4日目

 腕に生えたマンドラゴラは順調に成長し、根の辺りが少し膨らんできた。

 カブやダイコンなんかと同じで、根の部分が完熟マンドラゴラになったら、収穫するのだろうか。

 それとも、勝手にぽろりと落ちるのか。

 出来れば勝手に落ちて欲しい。二葉を引き抜かれただけで死ぬほど痛かったんだ。パツパツに成長したマンドラゴラを引き抜いた日には、俺が殺人的絶叫をぶちかまして死ぬぞ。


「世の女はね、痛い思いをして出産するの。こーぞーちゃんも頑張って。と言うか、一応やってみるけど、麻酔が効くか分からないのよね。所で、そろそろその子の名前決めない?」


 日課の健康チェックを済ませた後、キャシー博士がそんな事を言ってきた。

 名前。要るか? まぁでも、俺もマンドラゴラに「人間」って呼ばれたらなんか嫌だしな。要るか、名前。

 ぷくぷくと太り、楽しそうにキャッキャと走り回るマンドラゴラを眺めながら、名前の候補を……候補どころか、マンドラゴラの名前なんて一つも思い付かない。


「ドラドラ。ドラコ。ゴラコ。マンディ。ドリドリ」

「あなたには失望よ、こーぞーちゃん。愛しい人の事なんだから、ちゃんと事を考えて?」


 失望された! キャシー博士(♀)で良かった! キャシー博士(♂)だったら立ち直れない殺傷力だったと思われますね!

 愛しい人言われても、悪いけど、赤子を世話しているようか感覚しか無い。

 赤子的な動物的な可愛さは多少あるが、愛しい人だとか、そんな感覚は全くない。

 完全に拒否してしまえば枯れてしまう。それは罪悪感がある。だから拒否しない。それだけだ。

 鉄格子の向こう側に、えらくラグジュアリーなラグを敷いて座っているキャシー博士は、記録を取っているのか、相変わらず端末を操作し続けている。

 諸々思うところはあるが、先にどうしても一つだけ伝えたい事がある。


「博士、おぱんつ、丸見え。ごりっごりに男物の黒のボクサーパンツ丸見えです」

「良いのよ、こーぞーちゃんにしか見えない場所だし。あ、もっと見る?」


 足を広げるな服をめくるな!

 赤いレースのホルターネックのタイトドレス。

 そこから細マッチョの足が生えてるのも脳がバグるのに!

 思わず戻ってきたマンドラゴラを捕まえて、思いっきり後頭部を吸う。

 うん、青臭い。いつも通り。お、腕のマンドラゴラが少し育った育った。

 照れているのか、マンドラゴラがてしてしと小さな手で俺の頬を叩いてくる。

 尻尾の代わりに葉が揺れているのか、ただ走り回っているから揺れるのか。

 とりあえず、全身で感情を表現しているのは分かる。

 これは愛されてるのかなぁ。ただ苗床としての愛? その辺りも、研究が進んでからじゃなきゃ分からないか。

 ふと振り返ると、キャシー博士とばっちり目が合った。

 びっくりした。最近ずっと端末を睨んでたから、目が合うとは思わなかった。

 思わずマンドラゴラを抱えて後ずさりすると、キャシー博士の腕がにゅっと伸びてきて、襟ぐりを引っ張られた。

 思い切り鉄格子に叩きつけられて文句を言おうと顔を上げると、眼前に美女。

 そしてその美女に、鉄格子越しにあっっついキスをされた。


「っ……!」

「ぴぎゃぁああああ!」


 悲鳴を上げようと息を吸うと同時に、抱えていたマンドラゴラが泣き叫び、キャシー博士の顔面を引っ掻いた。

 その手でどうやって引っ掻いた!? 美女の頬から流血してますが。

 

「いいい今のは博士がイケないと思いますよ!? 正当防衛です正当防衛です! 櫻井くん救急セットー!」


 駆け付けた櫻井看守の手をそっと抑えたキャシー博士は、流血もそのままに俺の腕を引く。

 何かと皆で腕に視線を落とすと、ぷっくりと膨らみかけていた根元が急速に萎れ、みるみる葉が枯れ抜け落ちてしまった。

 落ちていくマンドラゴラを見送りながら、腕の中で泣き叫ぶマンドラゴラを宥める。

 

「やっぱり。ホントに些細な愛情に左右されるわね。不安定な生育」

「え、じゃあ、今俺は浮気したと思われたって事か?」


 キャシー博士に浮気……マンドラゴラから、キャシー博士に……なにその二択。

 ぷるぷると唇を噛み締め泣くのを我慢しているマンドラゴラをひと撫でし、どうしたものかと頭をかきむしる。

 協力したくはないが、研究費から俺の食費を出してくれてるキャシー博士を困らせたくない。

 協力したくはないんだ。巻き込まれた……違うな。こいつが俺を選んだんだもんな。

 そろそろ腹くくるか。

 キャシー博士の頬にガーゼを押し付け、マンドラゴラを真っ直ぐ見詰める。

 さっきまで艶々ニコニコだったのに、今は萎れて頬が痩けている。

 深呼吸深呼吸吸ってー吐いてー………よし! やっぱり無理! 吸ってー吐いてー……。


「いざ!」


 掛け声と共に、俺はマンドラゴラにキスをした。

 とんでも無い沈黙。

 博士達の顔見れない。マンドラゴラの顔も見れない。

 ゆっくりと唇を離し、マンドラゴラを膝に乗せ、両手で顔を覆う。


「コロシテ……コロシテ……」

「ぷぷぷ……ぷるぴゃぁああ!」

 

 懇願する俺の膝の上で、マンドラゴラが元気に跳ねた。

 指の隙間から見ると、信じられない程血色の良い、ぷくぷく艶々まん丸なマンドラゴラが、そこにいた。

 

「いってぇ!」


 途端に左腕を襲う激痛。

 確認すれば、さっき抜け落ちたマンドラゴラより、幾分か成長したマンドラゴラが、左腕にびっしり生えていた。


「え、痛い……凄く痛いです」

「少し間引かなきゃ駄目かもね」


 間引くって、まさか……!?

 待って待ってまだ心の準備がぁああ! ぎゃぁあああ!



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