3日目

 服の中の密着感が気に入ったらしいマンドラゴラの為に、新しい囚人服と共にスリングを貰って一日。

 両手が自由な為か、特に不便も問題も無く過ごせている。

 

「こーぞーさーん、お昼ご飯の時間でーす。今日のお昼はシマホッケどーーんと一尾定食ですよ」


 暢気な櫻井看守の声で顔を上げると、皿どころかトレイから溢れるシマホッケが目に飛び込んできた。


「獄中飯って、こんな豪華なもんなのか?」

「こーぞーさんは特別っスよ。菊池博士が『こーぞーちゃんは身重なの。こーぞーちゃんの食費は私の研究費から出しても良いわ。たんと栄養とりなさぁい』って」


 おぉん、有り難いようななんとも誤解しか無い言い方と言うか。

 まぁでも、言っては無いが異様に腹が減るのも事実。有り難くたんと食わせて貰おう。

 ホッケの皮をぴりぴりぴーっと剥がし、脇に置く。

 マンドラゴラが気になって、あまり腕が動かせないのが難点だが、まぁ問題ない。

 ホッケの身をほぐし、口に放り込み、直ぐさま米で追撃。

 ホッケ、米、味噌汁のルーティンで口に放り込み続けていると、鉄格子の向こう側の壁にもたれながら、ぼんやりと座り込んでる櫻井看守に気付いた。

 いつもなら、食事を運んで少し世間話をしたら、見えないどこかで待機しているのに。

 座り込んでいるその姿がなんと言うか、その……。


「なぁ、職場に友達いないだろ」

「牢の中にションベンぶちまけますよ? 飛距離とまき散らしなら任せて下さい。……いや、あのですね、この後菊池博士が所属している機関のトップが、こーぞーさんを見に来るんで、こーぞーさんの近くで待機してなきゃいけないんスよ」

「機関のトップ? なんでまた。あ、ちゃんと研究が進んでるかとか?」

「新種のマンドラゴラもありますしね」

 

 ふーんと、他人事のように相づちを打ちつつ、愚図り始めたマンドラゴラをあやしながら、さっさと飯をかっ込んだ。


 それからしばらくもしないうちに、通路の奥が賑やかになると同時に、櫻井看守がピシャリと綺麗な直立で立ち上がった。

 あ、来たんだ。分かりやす。ナイス櫻井センサー。

 ごちゃごちゃした声と複数の足音。どうやら結構な大人数のようだ。

 ピリリとした空気を察したのか、スリングの中でニコニコ揺られていたマンドラゴラが、葉っぱをピンと広げ、ぐるぐるとうなり始めた。

 立ち上がりあやし始めると、スーツの男三人と、白衣の男が一人、俺の牢の前で立ち止まった。

 

「これが新種のマンドラゴラか? まぁ、動いて鳴いてはいるが。苗床も、もっとボコボコと人外化しているのかと思えば、ただの男じゃないか。それに、独房とは言え、随分手薄な警備だな」


 うわ、嫌みったらしい。

 真ん中のいかにも一番偉いって感じの、白髪強面のスーツの男が、俺をじろじろ値踏みするように見てくる。

 と言うか見に来るって、本当に見に来ただけ? 質問とか解説とか、え? 俺がするの?

 ぎゅっと股間に力を入れると、マンドラゴラかきゅるきゅると鳴きだし、腕に生えたマンドラゴラがむずがゆくなる。

 どうしたものかと櫻井看守に視線を投げるも、むちゃくちゃ仕事の出来る顔でただ壁際に立ってる! すげぇ! むちゃくちゃ仕事の出来る顔でただ壁際に立ってる!

 

「苗床としては稼働していますよ。まだ被検体側の準備が進んでいないのか、特定の条件があるのかは調査中です」


 すっげぇ低音イケボ。

 は? 聞き覚えあるすっげぇ低音イケボが、白衣のイケメンからしたけど、まさか……。

 驚き凝視するも、白衣のイケメンは手元の端末に視線を落としたまま、冷たい無表情で言葉を続ける。


「今はこの環境で一番落ち着いていますので、経過を見つつ場所も検討していきます。警備はあまり増やしすぎると、マンドラゴラにどう影響するか分かりませんので、最も信頼の置ける彼だけを配置しています。なにぶん、マンドラゴラが発芽したのは昨日ですので」


 白髪スーツのド嫌味に、ド真っ直ぐド真ん中で打ち返した!


「ふん、いつものらりくらりと。結果を期待してるぞ、菊池博士」


 と言うか、やっぱりその声帯は、キャシー博士!

 無理! 理解が追い付かないと言うか、理解したくない!

 その細身のスーツの下に、どうやってあのゴリゴリ筋肉隠してるの!? なんで普通に男で喋ってる!? 男だからだよね知ってたけど! 嫌だ! ウィッグの下ゴリッゴリのサラサラ金髪嫌だ! まつげ長ぇ! 嫌だ! 化粧取ったらブサイクであって欲しかった!

 俺の動揺が伝わったのか、櫻井看守が小鼻を膨らませ明後日の方を向いている。

 おい、こっち向けよ。最も信頼の置ける看守さんよ。

 悶絶している間に、スーツの男達はキャシー博士(♂バージョン)を残し、去って行ってしまった。

 

「……ぐふっ。お疲れ様でし、た。はかせ……ぶはっ!」

 

 スーツの男達が見えなくなったのか、櫻井看守の仮面が剥がれた。

 ぐふぐふぶーぶー言いながら笑いを耐えているが、マジでなにも耐えれてない。素直に笑え。

 端末を白衣のポケットにねじ込んだキャシー博士は、思いっきり眉間にシワを寄せながら前髪をかき上げると、そのままネクタイをぐいっと緩める。どエロい。


「やっっっっと帰ったか、あのクソジジイ共。昨日の今日だぞ。何回説明させりゃ気が済むんだ」


 あああ、男バージョンキャシー博士、口わるぅい。

 でもその声帯にはそっちのが合う合う~。


「キャシ……菊池博士? あの、普段のあの格好は……?」


 気を遣ってもじもじ話しかければ、ゴリゴリ不機嫌のイケメンと目が合った。股間がぎゅってなる。

 しかし、俺と目が合ってすぐ、眉間のシワは消え、心底かったるそうに眉を下げため息をついた。


「ストレス社会で戦う研究者の、ストレス発散のひとつです。と言うわけで着替えてきますが、今日はとてもとてもストレス大爆発ですので、ドきつい服で参ります。……期待しててね、こーぞーちゃん♡」

「出してー! 櫻井くんここから出して今すぐにー! 白衣イケメンのこーぞーちゃん呼び破壊力ー!」


 駄々をこねる俺を置いて、二人はさっさと行ってしまった。

 そして次現れたキャシー博士は、見事なピッカピカなサンバの衣装を纏っておりました。




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