2日目
「こーぞーちゃん、取り急ぎ何か欲しい物あるかしら? 服は? キツいでしょ、それ」
菊池博士(キャシー)は、俺を見るわけでもなく、何かメモをとりながら素っ気なく聞いてきた。
にしても良く分かったな。思わず股間をぎゅっとおさえる。
「見るからにキツそうだものね。私、サイズピタリと当てれるのよ~」
思わず股間をぎゅっと握り込む。
いやいや、全体的にキツいから、きっとそっちのサイズだ気にしすぎだ俺。
菊……キャシー博士は、サラサラっとメモを取り終えると、今度はマンドラゴラを鷲掴みにし、裏返したりとまんべんなく観察していく。
「その腕の二葉、特に痛みはないの?」
「そう言えば、痛くも何ともないな」
引き抜かれた時は痛かったが、生えてくる時も、大きくなる時も、不思議と痛くもなんともない……嫌だこわすぎる!
もう既にマンドラゴラに適応してる感じがしてこわすぎる! どうしたんだ俺の体! 露骨に異物ですよ!
情報量の多さにスルーしてたけど、俺の! 腕に! 二葉が! 生えてます!
引き抜くにもあの痛みを知っている分、躊躇ってしまう。
そうこうしている間に、キャシー博士はマンドラゴラの観察を終えたのか、悶々と頭を抱える俺の膝に、マンドラゴラをぽんっと乗せてきた。
「もう一度二葉を観察したいのだけど、良いかしら?」
「最初の勢いはどこにやったんだ……? いちいち許可とるような人だっけ?」
仕事は真面目なのか、最初のインパクトからは考えられないほど、しっかりとコミュニケーションをとってくるキャシー博士が若干不気味。
同意を求めるように看守に視線を送ると、看守は呑気にマンドラゴラをつついて遊んでやがった。
遊ぶな。転ぶなマンドラゴラ。泣くな。しがみ付くな。やり返せ。あいつも苗床にしてやれ。じゃなきゃ鉢にお帰り。
床に転がって癇癪を起こしながら泣き叫ぶマンドラゴラを横目に、二葉の生えた腕をキャシー博士に突き出す。
「しっかり根付いてるのね。さっきはごめんなさいね~抜いたら痛いわけだわ」
二葉の先から腕まで、調べるように順番にツンツンとつついていく。
……ごっつ痒い。こそばい。
腕の感覚は普通だが、二葉の所だけ異様に敏感なのか、少し触られただけでもむずむずそわそわする。
キャシー博士がツンッと触る度に、ぞわぞわぞわ~っと鳥肌が腕から肩に広がり、耳の辺りがたまらなく痒くなる。
しばらく念入りにつついていたキャシー博士だったが、俺の反応に気付いたのか、今度は俺の顔を見ながらツンツンを開始しやがった。
「ここ? ここは? あ、ここね? ここが良いんでしょ?」
「鉄格子が無かったら、顔面殴って偽乳剥ぎ取って天井に張り付けてやったのに!」
「ヤダ乱暴しないで~。偽乳なんて失礼ね。本物です~う~そ~」
煽ってるとしか思えないお上品な笑い声を上げ、俺の手を偽乳に押し付ける。
うん、わっかんねぇ! マジ乳なのか偽乳なのかわっかんねぇよすげぇな最近の技術はよ!
キャシー博士を振り払い、床に突っ伏し大泣きしているマンドラゴラを抱え、窓際にダッシュ!
そのままマンドラゴラごと膝を抱えて座り、絶対近寄らないのポーズを決め込む。
よし、マンドラゴラ泣き止んだ! しがみ付いてくる! 土臭ぇ青臭ぇ!
ガチャン。ギィィ……。
マンドラゴラの顔(どこ)の土を拭い取っていると、なんと牢が開いた。
「んー……折角愛を育んでるとこ申し訳ないのだけど、一度こーぞーちゃんを精密検査したいのよね。腕のそれと、諸々の数値とついでに健康チェック」
牢に一歩入った所で、指で鍵をくるくる回すキャシー博士がそんな事をのたまう。
股間がぎゅってなった。
☆★☆★
美女()に肩に担がれたの初めて! やめて! 何で!? 尻を揉まないで!
流れるように拉致された俺は今、キャシー博士に担がれ、尻を揉まれながら無機質な廊下を移動中。
ピンヒールで男を肩に担いで普通に歩けるキャシー博士、めっちゃこわい!
そして、「検査の間、大人しく待ってるのよ~」と、俺の代わりに牢獄に置き去りにされた看守とマンドラゴラが不憫でならない。
「白衣の下がガッチガチだよぉ。美女のかたさじゃ無いよぉ、アスリートのそれだよぉ。あとションベンに行きたい! 行かせてくれなきゃ堂々と漏らす! ひっかけるぞ!」
「良いわよ。嫌いじゃ無い」
「器が広い変態だ!」
おろしてくれないらしい! 漏らし損だ! まだ漏らしてないけど。俺の人権を返して!
駄目だ、こういう時は大人しくしていた方が良い。変態はこわい。
☆★☆★
検査を終えた俺は今、車椅子で移動中。
あんなとこやこんなとこまで、しっかりねっとり調べられるなんて思わなかった……肉体的にと言うより、精神的に立ち直れない……。
端末を操作しながら、無言で車椅子をおすキャシー博士がこわい。
早くお家に帰りたい。
「私のお家はどこですかぁ……」
「牢獄よ」
地獄。
「マンドラゴラの状況を見て、良ければ私の
地獄しかねぇ。
そんなやりとりをしながら牢の入り口まで戻ると、お留守番させられていた看守が血相をかいて鉄格子にしがみ付いてきた。
「マンドラゴラが! マンドラゴラが枯れちゃいますー!」
なにその小者みたいなTHEモブの言い方! 看守お前、本当はそんな弱々しい口調の人だったのか!
じゃなくて、マンドラゴラが枯れる!? え、良いじゃん。そうしたら俺は晴れて自由の身じゃん。
俺を置き去りにして、牢の中に駆け込んでいくキャシー博士の背中を見ながら、俺はそんな事を考えていた。
「マズいわね。こーぞーちゃんと離れたからかしら……。こーぞーちゃん、今あなたが何を考えてるか分かるけど、腕にマンドラゴラ生やした人はどうしたって自由になれないわよ? むしろ、マンドラゴラが居なくなったら、速攻こーぞーちゃん私の研究室にお持ち帰りよ? それよりちょっと手伝って。珍奇植物大好きでしょ」
「俺の人権マンドラゴラ以下! 分かってましたよこんちくしょうめ! ……珍奇植物大好きでしょって、キャシー博士の方が詳しいだろ。博士なんだし」
何が楽しくて自ら独房に入らないと行けないのか。
入り口で車椅子を降り、中に入ってからとりあえず入り口を閉めておく。俺、育ちが良いので開けっぱなしとかちょっと嫌な人です。
キャシー博士の肩越しにマンドラゴラをのぞき込めば、あれほどぷっくり艶々だったマンドラゴラの体が、驚くほどシワシワとしぼんでいた。
普通の植物じゃ無いとは言え、短時間でここまで豹変するものか?
意思のあった、苗床としてかも知れないが、少し俺に懐いていたものが弱っていく様は、例えマンドラゴラでも心が苦しくなる。
「水か? 土はあるから、栄養……マンドラゴラに必要な栄養なんか……。なぁキャシーはか……え、顔真っ赤、え? なんで?」
「こーぞーちゃんがキャシーって……!」
「真剣に脳ミソ動かして貰って良いですかね!?」
手伝えって言ったのそっちですよね?
その優秀な脳稼働して貰って良いですかね博士?
いや、意外に余裕があるって事か? 賢いやつホントわからん。
ムカムカモヤモヤしていると、あれ程慌てていた看守がひょこっと隣に現れた。
小さく足を揃えしゃがみ込んだと思うと、ふと俺を上目遣いで見上げてきた。
「ションベンでもかけとけば良いんじゃないスか?」
「直接かけたら枯れるわ。かけるなら少し離れたところによ、こーぞーちゃん」
「俺は意思のある生物にションベンかける趣味はねえ」
なに? 登場人物全員バカ?
「こーぞーちゃんの愛が足りないんじゃ無い? ちょっと愛を見せ付けてよ。はい、性行為性行為」
「やっぱションベンですって」
「性行為よ~。マンドラファッカーよ」
「何ですぐションベンかけたがる!? なんだよマンドラファッカーって! 他人事だと思って適当な事言いやがって!」
急いでなんとかしないと無限にバカと変態が沸く!
キャシー博士と看守を押し退け、マンドラゴラをのぞき込む。
俺に気付いたのか、マンドラゴラは枯れ細った腕(仮)をよろよろと伸ばしてきた。
「……ぷ、ぷるぴゃぁ……」
か細い鳴き声だが、まだ鳴ける力は残っているらしい。
マンドラゴラの腕(面倒だもう腕だこれは腕)を取ると、そのまましがみ付いてきたので抱えてみた。
ぷるぷると鳴きながら俺の胸に顔を擦りつけてくるマンドラゴラ。
囚人服、結構ガサガサ木地だけど、大丈夫か? 皮向けたりしないか?
少し心配になり、囚人服の胸元を寛げる。
おいキャシーよ、何だ「きゃっ」て。お前さっき散々俺の全身を検査し……あ、駄目だ思い出して泣きそうだ。
もじもじと身じろぎするマンドラゴラは、ゆっくりと足を上げ、囚人服の胸元へ滑り込んでいく。
そしてそのまま俺の胸をまさぐり、吸ってる。すっごい吸ってる俺今マンドラゴラに乳吸われてます!
「えーと、ションベン看守」
「櫻井くんよ」
「さくらいでぇす!(高音)」
「ごめんなさいね、彼、ちょっと残念な子なの」
今良いよぉその茶番今じゃ無いよぉ。
怒鳴りたい気持ちを抑え、マンドラゴラをさすりながら櫻井看守をにっこり睨み付ける。
「ワンサイズ大きい服が欲しいんだけど、良いかな!」
結局怒鳴った。
徐々に艶々になっていくマンドラゴラを撫で撫でしながら、独房に響くちゅうちゅう音は聞こえないものとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます