独房に咲くマンドラゴラ

チャヅケ=ディアベア

1日目

 勝手に庭に生えたマンドラゴラのせいで、無事犯罪者の仲間入りだ。

 栽培方法は? 俺が知りたい。

 どこで仕入れた? 俺が知りたい。

 どうするつもりだった? どうもしねぇよ!

 何もかも俺が知りたい。お前らが逮捕状をもって押し掛けて来なきゃ、そもそも庭にマンドラゴラが生えてるなんて知らなかった!

 俺は、マンドラゴラがどんな物かも知らない一般人だぞ。何に使うかなんて……ホント、何に使う物なんだよ。


 狭苦しい独房の端に保管されたマンドラゴラ。

 鉢植えに移され、俺と一緒に独房に押し込められたからか、最初に見たときよりも少しだけ葉が萎れている。

 押収品、しかも所持していたら一発逮捕な代物を、なんで一緒の独房に置くのか。

 囚人服、地味にキツいんだよなぁ。主に股間が。


 悶々と悩んでいたが、ふと、マンドラゴラはうちの庭で一番日当たりの良い所に生えていたのを突然思い出した。

 そして何となく、何となく鉢を移動させてみる。

 と言っても、窓の位置が高すぎて窓辺なんかには置けず、差し込んだ日の下に置いてやる。

 勿論とくに変化も無く、だからなんだって結果だ。

 ただ股間が窮屈なだけだ。

 しかし、暇を持て余しまくった俺には、マンドラゴラを愛でる以外なにもする事がないから仕方が無い。

 部屋の真ん中にぽつりと置かれたマンドラゴラをしばらく眺めていたが、もう飽きた。

 移動して壁を背に座り込むと、意外にも独房が広く感じてきた。


 ずるぅうり。


 奇妙な音がした。


 ずるぅうり。


 奇妙な音がはっきりとした。

 

 ずるぅうり。


 なんですか!? 心霊現象ですか!? 独房ですからね、その可能性は否定できませんね!

 

 飛び起き壁から天井から目視で確認!

 虫であってくれ! 風であってくれ! 隣の独房に頭がちょっとヤバくなった囚人がいて、そいつがなんかやったって事にしてくれ! 

 私、田中耕造たなかこうぞう(下の名前がジジ臭いですが今年で三十二歳です!)は、動物を心から愛する珍奇植物ハンター! で す が!

 心霊現象だけはマジで本当にダメなんだよ!

 一人で独房なんて場所で、奇妙な音。半ばパニックになりながら、部屋の端にうずくまる。

 通路側に居た方が、人の気配があって気が紛れるだろうか。

 ……いや、絶対窓側だ。

 他の独房や通路の奥に、うっかりヤバいものを見付けてしまったらもうダメだ。こんな時は何も見えない聞こえない場所が最適だ。どうせ何かあっても逃げれないのだから。

 膝を折り抱え込み、無抵抗人畜無害のポーズを決め込む。

 絶対にベッドの下を見るものかと、マンドラゴラをガン見する。

 股間とマンドラゴラに集中するんだ。

 

 ずるぅうり。


 動いたな。


 ずるぅうり。


 マンドラゴラが動いたな……?


 マンドラゴラが、葉で器用に鉢に腕を突っ張るようにし、グリグリと体を動かし鉢から出ようとしている。

 少しずつ少しずつ体が抜けはじめ、マンドラゴラの顔が見えてきた。

 キツい襟ぐりの服から顔を出す時みたいに、人に見られたくない絶妙にブサイクなあの顔。

 あれと全く同じ顔で、マンドラゴラも土からもぞもぞと出てきた。

 心霊現象、なのかどうか分からないが、今目の前で起こっている事から目が離せない。

 もう一度ずるぅうりと音と共に、マンドラゴラが踏ん張ると、ようやく顔が全て土から出てきた。


「ふえっ……ふぇぇえ……」

「泣!? 鳴!?」


 マンドラゴラの声を聞いてはいけない。それくらい俺でも知ってる。

 しかしこれは鳴き声と言うよりも、赤子が泣く前のあれに近い!

 ふえふえとグズりながら、マンドラゴラはもう一度踏ん張るも、最後の根っこの部分が上手く抜けない。

 更にもう一度踏ん張ってみるも思うように行かなかったのか、葉で顔を覆い鉢に突っ伏しとうとう泣き出してしまった。

 

「待て待て、泣くな泣くな」


 葉を持って引き抜こうかとも思ったが、どうにも気が引けて、マンドラゴラの周りの土を少し掘り返してやった。

 すると、相変わらずグズグズと泣いては居るが、少しずつ自力で這い出してきた。


「よし、よし! ほらあとちょっとだ!」


 いつの間にか鉢の前に正座し、応援していた。思わず股間にも力が入る。

 何度か体を左右にひねると、あっけなくすっぽ抜け、鉢からごろりと転がり落ちた。

 床に落ちる前に慌てて抱き上げると、唇を思いっきり噛み締め泣くのを我慢しているマンドラゴラと目が合った。

 

「……泣くなよ?」

「ふええぇぇえん!」

「泣くなよぉおお!」


 マンドラゴラをゆらゆらと揺らしながら、独房の中を歩き回る。

 俺は何をやっているのでしょう。

 他の独房で人が動く気配がする。そうですよね、気になりますよね!

 一周二周と歩き回り、途方に暮れ一度鉢に戻してみた。

 すると、マンドラゴラはきょとんと泣き止むと、今度は反動を付けて思いっきり俺に飛びついてきた。

 すると、マンドラゴラを抱えた俺の手首に、二葉がポンッと生えてきた。

 痛みも何も無く、本当に突如ポンッと出てきたような二葉は、そのまま今度は肘に向かって二つ程ぽんぽんと並んで生えてきた。

 

「おい、今すぐそれから離れろ! それは幻覚作用のある、新種のマンドラゴラだ!」


 悲鳴を上げる寸前、突如現れた看守のその言葉に全てかき消された。


「幻覚! 新種! 成程、マンドラゴラが動くのも泣くのも腕から何か生えたのも全部幻覚! ……そんなもんこんなとこに置くんじゃねぇー!」


 思いっきりぶん投げたい衝動を抑え、丁寧に丁寧にマンドラゴラを鉢に降ろす。

 そしてそのまま流れるように、牢の外側に居る看守の胸ぐらを掴む。


「お前、なんだその腕……!」

「え、幻覚じゃ無いの?」

「きゃっきゃっ!」

「マンドラゴラが動いた!?」

「幻覚だって言えよぉ!」


 看守と二人でパニックだ。

 そうだ! もしかしたら、この看守も幻覚が見えているのかも知れない。

 いや待てよ、魔物とは言え、そばに居るだけで幻覚を見るのか? マンドラゴラだし、喰ったらとかそんなんじゃ……となると、これは全て現実で……?

 腕の二葉がもぞりと動き、一回り大きく成長した。

 看守と二人で順番に大きくなっていく二葉を見つめたまま、重い沈黙が流れる。

 

「あらぁ、もしかしてマンドラゴラの苗床なのぉ?」


 凄い低音イケボ。

 凄い低音イケボが左耳からスライディングで滑り込んできて、俺の脳幹にキスぶちかましてポールダンスしていった気がした。脳が震えた。

 声のした方を見れば、巨乳! 目線の少し下に巨乳!

 俺、百八十センチあるけど、目線の少し下に巨乳……?

 自然と視線を上げると、なんて事でしょう! すっげぇ美女! 美女? ピンヒールに白衣で巨乳な美女が低音イケボ! び、じょ……?


 美女(不明)はそのまま放心する俺の腕を取ると、繁々と腕に生えた植物を眺めた後、一本引き抜いた。


「痛ってえ!」

「あ、ごめんなさぁい」

「ぴゃぁああああ!」

「はいはいあなたは泣かないの~」


 引き抜かれた植物は、瞬く間に萎れ枯れてしまった。

 抜かれた瞬間悲鳴を上げたマンドラゴラは、急いで鉢から飛び降り走って来るや、必死に俺の足にしがみ付いて泣いている。

 子どもの後追いと言うか、そんな感じの、必死にすがる姿がどうにも心に来る。

 持ち上げれば、何故だか満足そうな顔をされた。

 

「マンドラゴラって気に入った相手のそばでしか育たなくてね、でも、どうやって育つのか謎だったのよぉ」

 

 美女(不)よ、嫌だ。その先を聞きたくない。

 俺の気持ちを無視するように、マンドラゴラに威嚇されながら、美女()は気にせず言葉を続けた。


「この子はこーぞーちゃんと、この環境が気に入ったみたい。ちょーっと申し訳ないけど、研究の為に、しばらくこの独房でワタシに愛を見せ付けて?」


 思ってた以上の酷い内容に、危うくマンドラゴラを取り落としそうになる。

 と言うか、こいつ誰だよ こーぞーちゃん呼ぶな。

 俺の考えを察してか、看守がスッと間に入ってくれた。


「こちら、魔物植物研究の第一人者の、菊池たかし博士だ」

「キャシーって呼んでね」

「菊池たかし博士だ」


 看守、お前とは仲良くなれそうだ。何だよキャシーって、キャシー顔……バッチリメイクでキャシー顔してはいるけど……いやいや、落ち着け俺ー! おーれー!


「おーれぇい!」

「あら、ワタシ、サンバ得意なのよ! 今度衣装着てくるわね!」


 待って看守、その気配消すの止めて、お願い。一人にしないで、俺が悪かったって。

 俺が一人沸々と理不尽さに震えていると、菊池博士(キャシー)は何かブツブツ言ったかと思うと、パッと顔を上げた。

 なにを思い付いたのか、その顔があまりにも清々しく、すこぶるムカついた。


「是非ともマンドラゴラと愛を育んで、元気な子をたくさん産んでちょうだいね!」

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