第6話

 コツコツと俺の足音だけが薄暗いダンジョンに響いている。深淵のダンジョンと比べ彫り物が多く壁に描かれ整備された道が続いていた。


 禁断の洞窟という以前から興味があったダンジョンだというのに何の感情も起こらない……それはそうだろうこれから俺は死ぬと分かった戦いに身を投じようとしているのだから。

 

 もう後先を考える必要はない、走り続けるだけだ……この体が壊れるまで……。


 昔故郷を失った絶望の中アイナという存在が俺を立ち上がらせてくれた。しかしその存在すらない今俺の生きる意味は無くなったのだ。


「グルル!」


 モンスターの唸り声が聞こえると体が反応して素早く剣を構えた。どんなモンスターが出てくるのか……様子を見る為じっと待つ。


 ザッザと石張りの床上に撒かれた小石の上を歩く音と共に暗闇からゆっくりと出てきたのは深淵のダンジョンの奥で戦っていた見覚えのあるモンスターだった。記憶だと確か50階にいたはずだ。


 1階でこのモンスターか……俺が死ぬのも時間の問題だな。


 心の中でそう呟くと全ての感情を捨てモンスターに向かって走って行った……。


 「はあはあ!」


 静かなダンジョンの通路には俺の荒らしい息遣いだけが響いている。


 ……何時間経ったんだ?


 ここに来て4匹目のモンスターを倒した後ふと、そう思った。


 装備と回復薬以外捨てて来たから分からないしどうでもいい事なのに……こんな時にそんな事を気にする自分に苦笑した。


 体中にあざや切り傷ができ、体はもう限界だと悲鳴をあげている。


 更に奥へと進んだ時だった……。


 ザク‼︎


「ギャー‼︎」


 レベル50程度の俺がひとりでここまで耐えているのが奇跡のようだ。知っているモンスターだったのも幸いして5匹目のモンスターに弱点である腹めがけて剣を突き立て絶命させると剣を地面に突き立ててうずくまった。


 クソッ!


 俺はもう少し弱らせてからトドメを刺すべきだったと心の中で毒づいた。トドメを刺した時腕を噛まれてしまったのだ。どくどくと左腕に空いた二つの穴から血が流れて止まらない。


 もう左腕は使えないか……。


 回復薬でも治らない程の大怪我だ。後数時間もすれば、もう一生左腕が動くことはないだろう。


 いつもなら皆で連携をとって安全に対処していたモンスターも今はひとりで戦うしかない状態で、俺はこのモンスターの攻撃から弱点まで全て把握していたがそれでもいつ音を聞きつけて他のモンスターがやってくるか分からない危機感が俺を焦らせたのだった。


「はあはあ!」


 フラフラ


 おぼつかない足取りで壁に右手をつきながら進んでいくと部屋の入り口が見えた。中にモンスターの気配がなかったのを見て、入ってすぐの場所で休憩することにした。


 ゴクゴク!


 カラン! カラン!


 最後となった回復薬の空瓶を投げ捨て体が回復するのを壁にもたれながら待っていた。そんな時二日前までの楽しかった日々をしみじみと思い出していた。


 ズドン! ズドン!


 俺にしてはよくやったな……。


 暗闇の奥から響きわたる重い足音が振動と共に身体に伝わると無意識に心の中でそう呟いていた。


 モンスターが迫っているにも関わらず俺は諦めたように力無く項垂れていた。


 分かってるさ俺の為に言ってくれたって……。


 アイナが残ってくれと言った意味は分かっていた。でも納得できなかった。


 俺は一緒に行って死んでもいいと思っていた。これから危険の増した戦いに赴くならそれが例え最期でも好きな女の為なら、遠くから心配に思うくらいなら側にいたかった。


 あらためてそう振り返ると俺の中に段々と後悔が押し寄せ、急に冷静になると笑いが込み上げてきていた。


「ははっ、俺って最低だな……アイナの思いを踏みにじって……死んで当然か」


 まさに死に際の今になって自分がした事の幼稚で愚かな行為に笑ってしまった。

 

 俺は所詮この程度の奴だったって事だ。感情に流されてやけになって死を選んだ……俺はあの頃から何も変わっていなかった!


 ドスン! ドスン!


「もう今更だな……さよならアイナ……うおおー‼︎」


 目の前に現れた中ボスクラスと思われる大きなモンスターに悪あがきともいえる最後の一撃を与えようと剣を強く握りしめると真っ向から攻めていった。


「これでもくらえ‼︎ 渾身の一撃‼︎」


 パキーン!


 俺の持っている中で一番強力なスキル「渾身の一撃」はモンスターの持っていたナタに防がれると愛剣が音を立てながら砕け散った。俺の周りを破片がゆっくりと舞うようにキラキラと飛んでいった。


「なっ⁉︎」


「ゴォアー‼︎」


 ゴッ‼︎


 体に残った全ての力をぶつけたがボスモンスターには全く効いていなかった。動揺する俺にニヤッと顔を歪ませたボスモンスターの拳が鈍い音を立てて俺の腹をえぐる。


「ガッ⁉︎」


 容赦ない一撃は今までにない強い衝撃だった。次の瞬間俺はフワッと宙に浮かんでいた。


 ドス‼︎


「がは‼︎」


 壁に全身を叩きつけられた俺は壁に背をつけながらそのままズルズルと落ちて行き地面に着くとそのままうずくまった。


「ゴフッ!」


 口から大量の血が吐き出され目の前の床を赤く染める。


「ガアァ‼︎」


 視界が霞む先で見えたのはボスモンスターが持っていたナタを振りかぶっていた姿だった。


 こ、これで全てが終わる……。


 俺は死を悟ると下を向きそのまま意識を手放した……。

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