第5話
アイナは旅立ちの日の朝ベッドの上で目が覚めた。
「はぁ……もう朝か……」
窓の隙間から溢れる光で私はいつの間にか朝になっているのに気がつくと小さくため息をついていた。
殆ど寝れないせいで疲れが取れていなかった。時間を確認するとまたひとつため息をついて重い体を起こした。
顔を洗い着替えている時も昨日のリアンの悲しい顔が頭から離れなかった。あの顔は以前一度だけ見た事がある……それほどショックを受けていたと思うと胸がズキズキと痛い。
勇者に指名された日の夜、私は夢を見ていた。夢なのに実に鮮明に覚えていてそこは薄暗いダンジョンの中だった。目の前にいたボスクラスの大きなモンスターが雄叫びを上げこちらに迫ると前にいたリアンが狙われ一撃で吹っ飛ばされて動かなくなった。
「リアン⁉︎」
いきなりの出来事に足が思うように動かずそれでも必死に駆けつけ抱き上げるとリアンは死んでいた。
「そ、そんな……いやぁ〜〜〜‼︎」
そこで目を覚ますと極度の不安に襲われリアンの死を恐れた。もしもこの先のダンジョンであの夢のような事が起こったら……私には耐える自信がなかった。
昼前に宿屋のロビーに向かうといつもの仲間が待っている。リアンがいつも座っていた椅子には当然リアンの姿はなく分かっていても私の気分は落ちこむ。
「さて、行くか……アイナこれからお前は勇者として旅に出るんだそんな顔をするな」
そんなに暗い表情なのか私にガドインが気遣う様に話しかけてくれた。
「分かってるわ、もう後には戻れない……行きましょう」
「そんなに辛いなら連れて行けばよかったのにね」
アロンズから私達のやり取りを見て隣にいるウェンディに小声で話しかけているのを耳にしてまた少し胸が痛む。
「リアンさんの為を思ってPTを抜けてもらったんですから辛いですけどそうも言っていられなくなりますよ、それほどこれからの旅は厳しいものとなるのですから……」
ウェンディは真剣な顔でそう答えているけど表情は暗く顔がやつれているのが一目で分かった。
「……痩せ我慢しちゃって」
アロンズの言葉は私に言っているようにも聞こえた。
宿屋から出ると皆私達が旅に出る事を知っているのかいつもより騒がしくなっている道を馬車乗り場に向かって歩いていた。
「いいざまだな、あいつにはいい死に様だったよ」
「ほんと何考えてんだか、パーティ追い出されてやけにでもなったのかな?」
ふと私の耳に男達の会話が耳に入った。
街では妙に冒険者達が何かの話題でざわざわとしている。何かあったのは誰が見ても明白でそれに加えていつも以上に視線がこちらに集まっているのもあって私の中ではその話題が気になってしょうがなくなっていた。
少し先では男達はニヤニヤと嬉しそうに話し、その近くでは女の子がひどくショックを受けているのか子供のように俯いて泣いている。私は我慢ができず後ろを歩くパーティメンバーに聞いてみる事にした。
「何かあったのかしら?」
「さあな、朝に何かあったみたいだが大した事じゃないだろう」
ガドインはこれからの旅に一切の雑念を入れたくないみたいで興味がないような口振りだった。
「気になるなら聞いて見ましょうか?」
ウェンディも何かを感じたのか段々と気になり始めている様子だった。
私は小さく頷くと立ち話をしている冒険者達に近づいていった。
「ねえ、何かあったの?」
すると話しかけられた冒険者は呆気に取られた顔をして硬直してしまい周りでは更にざわつきが起こり始めた。
ざわざわ
「聞いたか? アイナ達知らないみたいだぞ」
「こりゃショック受けるぞきっと」
その会話に私の心臓が音を立てて鳴り始めた。
私に詰め寄られた冒険者が視線を逸らして言い辛そうにしていたのを見て私は聞くのが怖くなっていた。
「ねえ、何があったの? 教えて!」
私の迫力に押されてたじろぐ男に代わって目を腫らした昨日リアンに話しかけていたアルルが嗚咽を漏らしながら口を開いた。
「ううっ……リアンが……死んだって……」
「え?……」
リアンが死んだ? ……それを聞いた私の頭は真っ白になっていた。
「どう言う事だ⁉︎ 詳しく教えてくれ!」
横で怒鳴る様なガドインの声が遠くから聞こえるように耳に入ってくる。
「あいつ今日の朝にあの禁断の洞窟に一人で入っていったらしいんだ……」
「何だと……く! あの馬鹿野郎が‼︎」
ガドインは再び周りがビクつくほどの大きな声で怒鳴っていた。
「なんで……リアン……」
まだ間に合う……助けなきゃ……。
しばらく放心状態で立ち尽くしていた私の頭はリアンを助けに行く事しか考えられなかった。
急ぐように禁断の洞窟へ走り出そうとするとガドインの大きな体が私の行手を阻んだ。
「もう無理だ……分かっているだろ? あそこから出た者はいない……お前まで死にに行ってどうする!」
ガドインは必死になって混乱している私を留めようとしている。
でも……それでも私は……。
「私があんな事を言ったから‼︎ リアンは‼︎」
涙が溢れて何も見えなかった。私の悲鳴のような高い声が響いた。
「お前は悪くない! あいつがお前の思いを分ろうとしなかっただけだ……」
もうリアンには会えない……頭がそれを理解した時涙が止まらない。
「あぁ〜〜〜‼︎」
私は泣いた、子供のように喚き人目も気にせずひたすら涙を流していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます