第3話

 次の日、俺達は大勢の兵士が壁際に微動だにせず置物のように並び奥に王座が置かれた広い部屋「王の間」に立っていた。


「来たかアイナよ! 待っておったぞ!」


 カーライル王の顔は青ざめたように暗くて何かに焦っているのか、疲弊している様に見えた。でもアイナを見るとその暗い顔は一転笑顔に変わった。


「頼みとは何でしょうか?」


「実は魔族が侵略を始めたのだ……すでに隣の大陸にある国が幾つか滅びてしまったそうだ」


「……噂には聞いていましたが……」


 俺もその話は聞いていた。何でもはるか遠くの国が魔族に襲われたらしい。いつかはここにも来るんじゃないかと話していた奴は怖がっていたが俺はその話を関係ないとまではいかないけど他人事のように聞いていたのを覚えている。


 魔族とは人間とモンスターの間に位置する種族で長年に渡り人間とは接触をせず人里離れた場所でひっそりと暮らしていたはずだ。


「頼みとはその事だ。アイナとその仲間の強さは誰もが認めるだろう。是非勇者となって魔族と戦って欲しい」


 唐突な重すぎる内容にアイナは一瞬考えるそぶりを見せた後、真剣な眼差しではっきりと答えた。


「分かりました……私がこの強さを手に入れたのはそれが使命なのだと思います」


「おお! ありがたい! 国も全力で応援するからな」


 快諾するアイナに安心した様子のカーライル王は話を続けた。


「まずはこの大陸に眠る勇者の装備を集めて欲しいのだ。移動手段もこちらで用意する」


「装備ですか?」


「そうだ、その昔世界に禍が起きた時の為に我が国の祖先が強力な勇者装備を4つのダンジョンに隠したのだ」


「それではかなり時間がかかるのでは? 魔族の侵攻に間に合うか……」


 アイナが少し困った顔でそう言うと王は大丈夫だと答えた。


「いや、実はその4つのダンジョンは勇者の装備を手に入れる資格を試す意味もあってな10階層しかないのだ。と言っても高難易度と言われるだけあって簡単ではないがな」


「分かりました。全力を持って装備を手に入れてみせます」


「頼んだぞ! それは最下層で装備を守っている強固な扉を開ける鍵だ持って行くがいい」


 兵が運んできた綺麗な石で作られた台に乗った鍵をアイナは丁重に受け取っていた。


「では準備を始め、なるべくはやく出発します」


「期待している! 後で支度金を用意するから受け取ってくれ」


 これから始まる旅は今までのような自分の為じゃない人々を救う為の旅であり、それはかなりの重圧がのしかかる事を意味する。それを一番受けるのはアイナだ。これからは勇者を名乗り行く先々で期待されることだろう……失敗は許されないのだ。


「とんでもない事になっちゃったな」


 王との謁見が終わり城の一室を借りて今後の活動について話し合おうと集まると突然の大事に俺は少し不安をのぞかせているアイナに声をかけた。


「でも私の目指していたものがやっと叶うかもしれない……みんな来てくれる?」


 アイナが自信のなさそうな言葉で訊いてくると皆は躊躇いなく頷いた。既に心は決まっていたようだ……もちろん俺も含めて。


「お前と俺達ならできるさ」


 ガドインは力強い自信に満ちた表情でアイナに言った。


「そうですね! このメンバーなら大丈夫ですよ!」


 ウェンディもガドインに続いてそう答えた。


「もちろん僕も付いて行くよ」


 アロンズは髪をかきあげ迷いのない目で答えた。


「アイナやろう!」


 最後は俺がアイナの不安を吹っ飛ばすように元気に答えた。


「ありがとうみんな!」


 アイナは余程嬉しかったのか眩しいくらいに綺麗な笑顔を見せていた。


 

 次の日は朝からドヨドヨとした曇り空だった。俺達は明日から厳しい旅が始まる為今日は休みにしていた。


「これからもっと厳しい戦いが待っているんだ……皆が休む日に一緒に休んでいたんじゃ一生見返すことなんてできない」


 朝から俺は旅で足を引っ張らないようにすると意気込み、レベルアップを目指してひとりダンジョンに向かって歩いていた。


 やがて辿り着いたダンジョンは情報屋から仕入れた中で特殊な攻撃をしない戦いやすいモンスターが生息する場所から選んでいる。毒や麻痺をしてくるモンスターはひとりだと幾ら弱いモンスターでも命に関わる。ひとりで寂しく死ぬのはごめんだ、死ぬのはアイナの腕の中だと決めているからな! 


 ダンジョンに入るとまず荷物を確認した。薬類の買い忘れがあると戦闘中に動揺を生み取り返しのつかないことになる。過去にそういった事で死んでいった冒険者は多い。


 薬が一秒でも早く使えるよう腰にさげた袋に数本入れてあるのを見ると誰もいない洞窟の中でひとり気合を入れた。


「回復薬に解毒草あと煙幕も……よし! 今日は回復薬をたっぷり持ってきたからな、無くなるまでやってやる!」


 それからは慣れたモンスターを相手に回復薬が無くなるまで狩りを続けたのだった。


 回復薬が無くなったのはちょうど夕方頃だった。ダンジョンでのレベリングを終え疲れた体を引きずって帰ってくると雨がポツポツと降り始めた暗い空を見上げた。


「こりゃ大きく降りそうだな……」


 大雨が降る前に戻れてホッとしながら俺は宿屋の入り口に向かうとアイナに呼び止められふたりで宿屋のバルコニーに移動した。


「なんだよアイナ……話って」


「……」


 思い詰めた表情で俯くアイナが口を開くまでの沈黙……俺は何故か胸騒ぎを感じ始めていた。


 宿の薄暗いバルコニーの椅子に座っていたアイナは下を向いて何か考えているように黙っていた顔を上げると俺を悲しそうな目で見た。


「リアン……あなたはここに残って欲しいの」

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