出ていって
――第一印象は最悪だったけど、打ち解ければ『実はいい人』なんてこともあるかも知れない。
と、
「出来が悪い」
「
「細工が
「仕上げが不充分だ」
etc.etc.……。
毎日まいにち聞かされるその言葉のシャワーに――。
――なによ、これ! こんなのまるで、意地の悪い師匠が弟子の作品を
「ちょっと! 黙って聞いてれば毎日まいにち好き勝手言って! 失礼にもほどがあるでしょ!」
「その台詞も毎日、聞いているな。いつ『黙って聞いて』いることがあった?」
「うぐっ……」
――こんな揚げ足取りをしてくるなんて、どこまでいやなやつ!
思いっきり、そう思った。
「だ、だいたい、わたしの作るメダルがそんなに気に入らないならいちいち来ることないでしょ。あなたのお眼鏡にかなう作り手のところに行けばいいじゃない」
「どの店に行こうが客の勝手だ」
「客って言うのはマナーを守った上で商品を買っていく人のことを言うのよ。あなたはマナーも守らない上、なにひとつ買っていかないじゃない」
「そんな台詞は買う気になる商品を作ってから言え。そのために欠点を指摘してやってるんだ。ありがたく思え」
「大きなお世話よ!」
連日、この調子。
売り場だけではなく、夕食のときもそうだった。
『
この食堂は二四時間使用可能で、『庭園』で採れた作物が常時、用意されている。住人たちは自分で料理したくなったらいつでもこの食堂の設備と作物を使い、料理していい。設備のみならず、食材も共有なのだ。少人数分だけ料理しようとするとどうしても食材が余りがちになるので、それを防ぐための知恵である。
それだけに、住人自身のマナーが重要になるし、トラブルも起きる。
「昔からこう言うのよ。『同じ釜の飯を食った仲』ってね。人と人は一緒に食事することで打ち解けあい、仲が深まる。せっかく、
祖母はそう言って、毎日まいにち屋敷の住人たちのために夕食を作りつづけた。
夕食の時間は決まっており、この時間だけは屋敷の住人全員が集まって夕食をとる。
そんな、みんなの仲を深めるための大切な時間。その時間にもリキはさっそくやらかした。
「まずい」
一口食べて、そう言ったものである。
もちろん、
「ちょっと! いきなり、失礼でしょ!」
「失礼なのは、まずい料理を食わせる方だ」
「なにがまずいって言うのよ⁉ これは、おばあちゃんから受け継いだ伝統の味なのよ!」
「これで『受け継いだ』とは、ばあさんが泣くな。これでは遠く及ばない」
「言ってくれるじゃない」
「そんなに言うなら自分で作ればいいじゃない。わたしの納得出来るものを作れるなら認めてあげるわ」
「いいだろう」
と、他の住人たちがハラハラしながら新入りとオーナーメイドのやり取りを見つめるなか、その
「……うそ」
それは、祖母の味。
「な、なんで、あなたが、おばあちゃんの味を知ってるのよ?」
「おれは一流の探索者だ。一流の探索者である以上、野外料理は当然の素養だ」
――そういう問題じゃないと思うけど……。
――見てなさいよ。わたしにはおばあちゃんの残してくれたレシピノートがあるんだから。絶対、ギャフンと言わせてやる!
なにも言えないかわり、心にそう誓う
ある夜。
水草が浮き、魚たちが泳ぐそこは『温泉』と言うよりもさながらジャングルの池。そのなかを思いきり泳げば気も晴れるだろう。
そう思い、温泉に行くと、そこにはすでに先客がいた。
――誰?
目をこらしてよく見るとそれは、よりによって
「な、なんで、あなたがここにいるのよ」
リキは平然として答えた。
「ここは住人みんなに解放されたプールであり、温泉だろう。いつ、入ってもかまわないはずだ」
「そ、それは、そうなんだけど……」
リキの言うことはまったくもってその通りなので『出て行け!』などと言うわけにはいかない。
もちろん、
そもそも、いつでも使えるようほのかな明りこそついているものの、大した光度ではない。湯のなかに入ってしまえば体を見られる心配はまずないのだ。
体のまわりを魚たちが泳いでいく感触が伝わった。しばらくの間、ふたりは黙って湯のなかに身を沈めていた。最初は気付かなかったが、段々わかってきた。リキは決してこちらを見ようとしない。身動きひとつしないが顔はずっとそらしている。
――なに? もしかしてこいつ、けっこう緊張してるの?
どうやら、平静を装っているのは必死の
――なんだ。かわいいところもあるじゃない。しょせん、一八歳の男の子ってことね。
そう思い、ちょっと心に余裕の出来る
「……ねえ」
「……なんだ?」
相変わらず顔をそらしたままである。
「あなたって、なんでいつもあんなにギスギスしてるの? それも、他の住人の人たちにはそんな態度、とらないみたいじゃない。『愛想はないけど、礼儀はわきまえてる』ってみんな、言ってるわ。それなのに、わたしにだけあの態度。わたしになにか含むところでもあるわけ?」
「………」
「ダンマリ? まあね。その若さで名の知れた探索者。となれば、プライドが高いのもわかるし、その見た目だもの。いままでさぞかしチヤホヤされてきたんでしょうね。でも、はっきり言って、あなたの態度は感じ悪いの。不快なの。わたしは金のためにいやなやつに頭をさげる気なんてない。これからもこここで暮らしていくなら、その態度を改めて。それがいやなら、いますぐ出て行って」
きっぱりと――。
その言葉に対し、リキは、
「……わかった」
顔をそらしたままそう答えた。
リキが立ちあがった。女の子のような顔に似合わない、探索者らしい引きしまった肉体が
「……以外に、チヤホヤされたって意味はない」
その一言を残し――。
そして、その夜以来。
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