やなやつ!

 高遠たかとう真朝まあさは一心不乱に彫りあげた婚約メダルを見て、満足の笑みを浮かべた。完成したメダルを日光にかざして見せて、その出来上がりにニンマリする。

 オーナーメイドの仕事は農園の管理と住人の世話。しかし、それだけではなく、他の仕事を掛け持ちする場合も多い。一番、ポピュラーなのはやはり、自家作物を作っての加工品販売やカフェの経営。しかし、その他に中世の魔女さながらに薬を作ったり、植物を編みあげて作ったお守りを売ることもある。

 真朝まあさの場合はこの婚約メダル。

 婚約指輪にかわる婚姻の証として作られるようになった木製のメダル。

 婚約指輪に使われる宝石は、採掘すれば失われ二度と再生されることはない。しかも、採掘に多大な環境負荷がかかる。その点、木ならばいくらでも再生出来るし、環境に負担をかけるどころか、環境を良くしてくれる。

 これこそ『持続可能性』を鍵とする新時代にふさわしい婚約の証!

 そう言う触れ込みでたちまち婚約指輪にかわる婚姻の印として定着した。新郎新婦は半分に割った婚約メダルをそれぞれの首にかけ、結婚式の席上でそのメダルをひとつにし、永遠の愛を誓うのだ。

 そして、子どもが生まれれば、そのメダルに新しいメダルを足していく。家族の成長と共にそれ自体も成長する、メダルの姿をした樹木。

 それが婚約メダル。

 先代オーナーメイドであった祖母から『庭園』の経営と共に婚約メダルの工房を受け継いで三年。ようやく、納得の行くものが作れるようになった。そのことに満足の笑みを浮かべながら、真朝まあさはひとり、呟いた。

 「これなら、一美かずみも納得するでしょ」

 一〇年前に別れたきりの幼馴染みの少年のことを思い出し、真朝まあさはクスクス笑う。

 女の子のような名前に、女の子のように華奢きゃしゃでかわいい外見。本人はそれが嫌でいやでたまらなかったらしく、わざと荒っぽく振る舞っていたけれど。

 真朝まあさにとっては生意気だけどかわいい弟のような存在だった。

 ――でも、一美かずみは弟扱いされるのがいやで、よく怒ってたっけ。

 真朝まあさは懐かしく思い出す。

 そんな一美かずみも一〇年前、アパートを去った。両親の離婚騒動の泥沼に巻き込まれ、祖父母に引き取られる形で去って行ったのだ。

 別れ際、一美かずみは怒ったような顔をして言ったものである。

 「いいか、真朝まあさ! おれは絶対、おう香木こうぼくを見つけてくる! そうしたら、お前はそのおう香木こうぼくを使って婚約メダルを作るんだ。そして、おれに贈るんだ。いいな、忘れるなよ。それまで、メダル作りの腕を磨いておけ!」

 まるで、命令するようにそう宣言して、一美かずみは祖父母に連れられて去っていった。

 おう香木こうぼく

 それは、バイオハックによって作られたといわれる幻の樹木。その枝からは、えも言われぬ気高い香りが漂っており、おう香木こうぼくを使って作られた婚約メダルで婚姻をかわしたふたりは生涯、幸福に包まれるという。

 そのとき、真朝まあさは一三歳。一美かずみは八歳。八歳の少年から、一三歳の少女への決死のプロボーズだった。

 「……あれから一〇年、か」

 真朝まあさは懐かしく思い出した。

 「結局、あれから一度も会うことはなかったけど、どうしてるんだろう。さすがに、あんな約束は覚えてないと思うけど……親の離婚騒動には子供心に傷ついていたみたいだし、幸せになってくれているといいけど」

 真朝まあさが心配を込めてそう呟いたそのとき、時計のアラームが鳴った。

 「いっけない! もうこんな時間。今日は新しい住人が来るんだからちゃんと出迎えないと……」

 今日は新しいアパートの住人が到着する予定の日だった。

 名前は立花たちばなリキ。まだ一八歳の若さながら、名うての探索者だという。

 バイオハックが当たり前になったこの時代。世界中の森に遺伝子操作された新しい生物があふれている。事故で逃げ出したり、世話しきれなくなって森に捨てたり……といった昔ながらの理由もあるが、一番の理由は『わざと森に放す』ことだ。

 『多様性が増えるのはいいことだ! 我々はバイオハックによって新しい生物を生みだし、自然の多様性を増やしているのだ!』

 そう主張する多様性信者たちが次々と新しい生物を産みだしては、セッセと森に放している。

 政府としてはたまったものではない。そんなことをされたら生態系にどんな影響が出るかわからないし、なかには人々に害をなす危険な生物もいるだろう。遺伝子をいじられた生物が自然のなかでいかなる変異を起こし、いかなる存在になるかなど誰にもわからない。もしかしたら、何気なくはなされた一個のウイルスが途方もない遺伝子変異を起こし、人類を絶滅させる恐るべき病原体になるかも知れない……。

 と言うわけで、世界中の森に放された新生物を調査・管理し、ときには駆除しなければならない。とは言え、それは真に切りのない仕事。バイオハッカーたちは次々と新生物を森に放すのだし、バイオハッカー自体を取り締まろうにもなにしろ、自宅の台所で遺伝子をいじくっている何億という人間が相手。取り締まれるものではない。

 そんなことのために人を雇っていては、資金がいくらあっても足りはしない。

 そこで、民間の調査員である探索者の出番となる。

 探索者たちは森に分け入り、生物地図を作り、駆除対象と認定された新生物がいれば、それを駆除する。生物地図の情報を売ったり、駆除対象を倒すことで政府から報酬を得たり、それらの活動を配信したりして稼いでいる。労力の割に実入りは少ない仕事だが、反面、配信がバズれば一攫いっかく千金せんきんも夢ではない。

 また、生態系を守る番人として社会的にはそれなりに高い地位にある。そのため、特に野心的な若者の間で人気が高い。

 立花たちばなリキもそうして探索者になったひとりなのだろう。ほとんどの探索者が一攫いっかく千金せんきんを夢見ながら、無名のまま引退していくことになるこの業界で、わずか一八歳の若さで名の知れた存在になるとは大したものだ。さぞかし、才能あふれる若者にちがいない。

 「それだけに面倒くさそうだけどねえ」

 と、真朝まあさは溜め息をついた。

 とにかく、『探索者って言うのはプライドが高くて扱いづらい』と言うのが世間の評判。まして、若くして名の知られる存在になった才気あふれる人物となれば……。

 「まあ、それを承知で契約したわけだしね。文句言ってないで、ちゃんと出迎えて印象、良くしておかなきゃ」

 もちろん、経営者はオーナーメイドである真朝まあさの方なのだから、相手の態度があまりに傍若ぼうじゃく無人ぶじんなものであれば契約破棄して追い出すことはできる。とは言え、せっかくえんあって自分の『庭園』にやってくることになった人なのだ。なるべくならうまくやっていきたいし、そのためにはいきなり悪印象を与えるのはまずい。

 「まあ、いくら『なるべく』とか言ったって、限度ってものはあるけどね」

 真朝まあさはサバサバした口調でそう呟いた。

 『庭園』を維持していくためには家賃収入は必須だが、だからと言って頭をさげてまで住んでほしいとは思わない。なにしろ、祖母から受け継いだ大事な『庭園』なのだ。不埒ふらちやからに荒らされてはたまらない。

 『庭園』のルールとマナーを守り、気持ちよく暮らしていける人以外、受け入れる気など真朝まあさにはなかった。

 ――でも、そう言えば、やけに熱心にうちに住みたがってたのよね。

 契約はごく一般的にネット上のやり取りだけですませた。本人にはまだ一度も会っていないし、声も知らない。それでも、やけに『真朝まあさの庭園』にこだわっていたのは覚えている。

 なぜ、あんなにも熱心だったのだろう?

 このあたりに、探索者の嗅覚を刺激するような獲物でもいるのだろうか?

 ――まあ、でも、あれだけ、自分から希望したんだもの。礼儀ぐらいは守るはずよね。

 ともかく、会ってみなければはじまらない。出迎えるために作業着からメイド服に着替え、工房を出る。すると、メダル売り場にひとりの若い人物がいた。

 ――女の子?

 一瞬、そう思った。それも、とびきりの美少女だ。

 そうではないことはすぐにわかった。背は低めだし、細身の体型。顔立ちは繊細せんさいで、とにかく美しい。しかし、その細身の体型はキックボクサーのように極限まで無駄をそぎ落とした筋肉質の体だからだし、美しい顔にはふてぶてしいまでの鋭さが浮いている。その顔にも、体にも、女性らしさなど皆無。そこにいたのはまぎれもなく男性、おそらくはまだ二十歳はたちにもなっていないだろう一〇代後半の男性だった。

 「いらっしゃいませ。なにをお探しでしょう?」

 真朝まあさはすかさず営業スマイルを浮かべ、販売員に早変わり。

 ところが、当の男性はなぜか気分を害したらしい。ギロリ、と、険のある目付きで真朝まあさを睨みつけた。美少女と見まごうばかりの美しい顔立ちをしているだけに、こんな表情をすると迫力満点。口から出た言葉は、

 「……わからないのか?」

 「えっ?」

 ――なにが?

 と、真朝まあさ呆気あっけにとられる。

 そんな真朝まあさの目の前で、男性は並べられている婚約メダルのひとつを手にとった。マジマジと見つめると馬鹿にしきった口調で言った。

 「稚拙ちせつな作りだ。意匠いしょうも平凡。よく、こんなものを売りに出せるな」

 「なっ……!」

 あまりな言い草に営業用スマイルも、販売員モードもたちまち吹き飛び、真朝まあさは眉を吊りあげる。

 ――わたしの作るメダルは、おばあちゃんから受け継いだ伝統の手法なのよ! どこの誰かは知らないけど馬鹿にされて黙っていられるもんですかっ!

 「ちょっと! なによ、その言い方。ひどいじゃない。訂正して謝りなさい!」

 「そっちこそ。客を相手にずいぶんと横柄おうへいな物言いだな」

 「客って言うのはマナーを守る人間のことを言うのよ! 初対面でいきなり、人の作品にケチをつけるようなやつのことは言わないの!」

 「悪口を言われたくないならそれなりの作品を作るんだな。こんなものを並べている方が悪い」

 「なっ……!」

 ――なんて嫌なやつ!

 真朝まあさの頭のなかで怒りメーターが振り切れ、堪忍袋が吹っ飛んだ。

 「だったら、さっさと他の店に行けばいいでしょ! 『お客さまは神さまです』なんて言って、お金目当てにへいこらする店主のいる店にね」

 「追い出そうとしても無駄だ。今日から、おれはここの住人なんだからな」

 「はあっ⁉」

 「立花たちばなリキ。それが、おれの名前だ」

 「立花たちばなリキ……。じゃ、じゃあ、あなたが今日からうちの屋敷に入る探索者の……」

 「そうだ」

 そうと知って真朝まあさは態度をかえ、下手に出た……かと言うとそんなことはまったくなく、両腕を胸の前で組んでふんぞり返った。両足を開いて仁王立ち。顔に浮かぶは仏頂面。メイド服にはあまりにも似つかわしくない表情であり、態度だが、『オーナー』という肩書きにはそれなりにふさわしいかも知れない。

 「あいにくだけど、うちはルールとマナーを守る『お客さま』だけを相手にするの。礼儀をわきまえない野蛮人を住まわせる気はないわ」

 「すでに契約は済んでいる。おれにはこの『庭園』に住む権利がある」

 「オーナーであるわたしには『出て行け!』って言う権利があるのよ」

 「おれに出て行くつもりはない」

 「法的権利ってものがあるのよ!」

 「だったら、いつでも法廷に訴えるんだな。どれだけの時間と費用、それに、面倒事を背負い込む羽目になるかを承知しているならな」

 「うぐっ……」

 真朝まあさは言葉に詰まった。

 たしかに法廷闘争となれば、どれほどの面倒事が生じるかわからない。費用だって莫大だ。それを思えばそうそう法廷に訴えることなど出来はしない。

 「とにかく、おれは今日からここの住人だ。メイドならメイドらしく礼を尽くせ。案内は無用だ」

 立花たちばなリキは一方的にそう言い放つと売り場を出て行った。その背に向かって――。

 真朝まあさは思いきり、舌を出したのだった。

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