3.糧なる『嘘』

 家に帰るとシルビィが出迎えてくれる。無垢な笑顔、白い髪、赤い目、柔い肌、ミクルの匂い。


 僕が手に入れた天使。


 辛いことも迫りくる現実も忘れて、僕はとびっきりの笑顔に成る。笑顔ってものは作るものではないかという、現実添削者もいるかもしれないが。そんなな奴は天使の存在を知らないニートに違いない。


「オリヴァ。おかえり!」

「あぁ、シルビィ。いい子にしていたかい?」

「うん!」


 僕がその頭に手を置いてよしよしと撫でてあげると彼女は幸せそうに眼を閉じて、放そうとした僕の腕をつかんで頬に寄せた。


「そうだ!」


 何かを思い出したように振り返ったシルビィはそのまま私の手を引っ張ってリビングに向かった。途中、台所を横切った際にやけに散らかっていることに気づいた。


「じゃじゃーん!」


 二人で食卓を囲むテーブルの上。いつもは帰ってきた僕が作るはずの料理がそこには並んでいた。ハンバーグだ。


「テレビでやっていたのをメモして作ってみたの! オリヴァが喜んでくれたらいいんだけれど」


 その一瞬で私の心に幾へのも感情が回った。


 勝手に台所を使うなんて危ないじゃないか!

 すごい、君は天才だ!

 そんな……僕のために!?


 次第に感情が追い付かなくなって、訳が分からなくなって僕はシルビィを強く抱きしめた。


「わわっ」とよろけたシルビィだったが、すぐに優しく僕の頭をなでてくれた。


 そして、急かすように僕をテーブルに案内してくれた。


「たべて! たべて!」


 よほど感想を聞きたかったのだろう。期待に満ち溢れたその目を見つめてそれだけでお腹がいっぱいになりそうだった。


「いただきます」


 一口食べただけで失敗作であることに気づいた。生焼けだし味が濃すぎる。さらに、時間も結構立っていたのだろうかなり冷めてしまっている。


 ただネチョネチョする形だけハンバーグのナニカ。


「おいしいよ」


 そう僕が言った瞬間彼女の表情はこの世のものとは思えないほど絵画的に輝いたが、その勢いで彼女は自身の皿に手を付けた瞬間表情は一変した。


 曇った表情はやがて雨を降らした。


 顔を真っ赤にしながら彼女は噛み締めるように泣いた。


「大丈夫、今度一緒に作ろう。そうして、また僕に作ってくれ」


「オリヴァ……」


 シルビィはこらえるように俯いたまま何度も頷いた。


「それに、ほら。もうご馳走様しちゃったよ。ありがとう、シルビィ。おかげで明日も頑張れそうだよ。さぁ、お湯を沸かしてお風呂に入ろう。ポカポカな気分になったら、こんな失敗、すぐになんでもないことになるよ」


 結局シルビィは自分の皿を平らげることはなく、寝るまで僕のそばを離れなかった。


「ねぇ、オリヴァ。明日もお仕事行くの?」


 小さなあくびをして目をこすった後に、シルビィはそう言葉を漏らした。そして、言ってしまったことに「しまった」といった感じに申し訳なさそうに上目遣いになる。


 そんなシルビィの頭をなでて、そのまま抱きしめた。


「ごめんね。でも、いつか二人でずっと一緒に暮らすために必要なんだ。僕はいつもシルビィのことを思っているから。どうか、どうか許してくれ」


 そういうと、シルビィは少し力を入れて身をよじり僕から離れた。そうして、ベットの上で僕と向き合う。


「うん、わかったわ! 私もいっつも家の中でオリヴァのことを考えているから! わたしも家で独りぼっちは辛いけど、オリヴァもお仕事辛いんだもんね。だから、辛いことを頑張って。早く、しあわせになろうね!」


「あぁ、そうだね」


 シルビィが小さな小指を差し出した。


 僕の小指がその柔らかな指に巻き付く。


「約束!」


 ゆーびきりげーんまん

 うーそついたらー

 はりせんぼん

 のーます!

 ゆびきった!

____________________________


「っと、よし。できた。はい、それではお釣りがこちらでお間違いはないですか? はい、すみません。お時間をおかけしてしまった。はい、いえ。彼じゃくて機会に問題が、あぁ、はいこちらの責任です。お待たせしてしまい本当に申し訳ございません。はい、はい。えぇ、それでは、ありがとうございました。またのご来店お待ちしております」


 ニコニコ笑顔の店長がそうやってお客さんを帰した後、ふいに疲れた顔をみせた。そのまま僕にもあの作った笑顔を向けた。


「ごめんね、最近レジ調子悪いからさ。エラー出ると焦っちゃうよね」

「あ、はい。すみません。ありがとうございます」


 チグハグな物言いでそういったが、別段興味なさげに店長は笑顔のまま頷いて奥の事務所のほうに向かっていった。


 その様子をみて一息ついた僕に厨房のほうから大きな声が投げられた。


「中西さん? 手が空いたなら皿下げるくらいやってくれない? 人手足りないのわかっている?」


「あっ、すみません。10番テーブルですかね?」


「しらないわよ。お客さんがレジ通ったってことはどこか空いたってことでしょ! そこから下げてきてっていってるの!」


「はい、すみません」


 奥田さんから怒られて、表に出ると盆に皿を乗せた清水君とすれ違った。


「あっ、それ。今のお客さんのやつ?」


 そう聞いた瞬間。清水君の眉がピクリと動いて、渋い表情になった。


「今のお客さん?」


 しかしすぐに納得いったように。


「あぁ、そうですそうです。いまお会計していったひとたちのですよ。それがどうか?」


「あっ、いや。なんでもない。ありがとうね」


 清水君は納得いってないように厨房のほうに向かった。それもそうだろう、もともと皿を戻すのは清水君の仕事なんだから、僕がやることじゃない。

そうしていると、またお客さんが入ってきて店内にポーンと入店時の音が響いた。


「中西さんー? ご案内してー」


 奥田さんの声が響いた。


 すぐに動いて、お客さんを席まで案内したが、「こっちの席でいいですか?」と別の席を指された。


 どうやら、日差しを気にしていたみたいで窓際が嫌だったみたいだ。


「はい、大丈夫ですよ」


 気遣いができないやつだなーっと心の中で僕が呟いた。


 ほかでもない僕が。


 席に着いたお客さん用のお冷を取りに行く。途中、店長が奥田さんに「声出しすぎですよ」と注意していた。今のご時世、皆いろいろ敏感だから厨房で声出して唾が料理にかかってるんじゃないかとクレームをつける人がいると、店長が愚痴っていたのを思い出す。


 安田さんは「はいはい」と言いながらも僕やほかの従業員に対しての愚痴をこぼしていた。私だけじゃなくほかの従業員もこういった部分で注意するべきだと。


 店長も「はいはい」と疲れた作り笑みを浮かべる。


 そんな二人をじっと見ていたからだろう、水を入れすぎて、少しだけ地面にこぼれた。


 後できれいにしとかないといけない。


 そんなひと手間増やしてしまったうっかりがひどく僕を責め立てる。こぼした水の奥深くで誰かが僕にがっかりしている。


「注文いいですかー?」


 来店してきた人とは別の席で、手が上がる。盆に置いた水を見つめた後に僕はお客さんに微笑んだ。


「はーい。かしこまりましたー。すぐ伺いますので少々おまちくださーい」


 普段の僕とはちがう。こんな時にはしっかりと言葉が出るしよく通る。


「はーい」とお客さんは返事をしてスマホを触りだす。


 水を渡しに行くと、その席のお客さんも注文を言い出した。「いいですか?」とも聞かずにいきなり「チーズハンバーグにライス中を付けて、あとカルボナーラとドリンクバーね」と言い放った。急いでそれを端末に入力して繰り返す。


 そして戻ると、店長がニコニコ笑顔でさっき手を挙げていたお客さんの対応をしていた。そしてまた、一瞬だけ疲れた顔を見せて、「そっちは問題なかった?」と僕に聞いてきた。


「はい。特に」


「そっか、まぁ。そろそろピークは過ぎるから。かんばろう」


 そういって、また事務所のほうに駆け込んでいく。結局奥田さんの愚痴を僕には伝えなかった。


 悪いってほどでもないけど。なんか、ここにいるとよく言葉が零れ落ちる。やっといってと言われて「はい」と答えたのに、僕はやらなかった。すぐに伺いますといったのに、別の人の対応をした。店長は奥田さんに注意してといわれてはいと答えたのに伝えない。


 契約の社会だ。大小さまざまな約束が一秒の間に何度も生まれる。そうして、零れ落ちて、成しえなかった約束が小さな嘘となって蓄積する。


 僕の人生、このまま足跡のように嘘を残して生きていくのだろうか。


「中西さんは家ではどんな生活をおくってるんですかー?」


 ピークが過ぎ去ると、僕らは暇になる。お客さんが来ることもあるがゆっくりする人ばかりだから、そこまで慌てることもない。


 奥田さんは自分でまかないを作って席について食べている。店長は相変わらず事務所に引きこもっている。


 厨房の整理作業をボーッとやっていると清水君が入ってきてそう聞いてきたのだ。


 僕は答えずにその質問の心理を探っていた。清水君はあきれたように笑った。


「いや、俺の部活の先輩であまりしゃべらない人がいるんですよ。でもその人、家ではパンツ一枚で、ビール片手にコメディ映画みてげらげら笑うのが趣味だったんですよ。なんか、その話聞いたとき、面白いなーっておもって。考えたら、中西さんも実は家ではとかありそうだなって」


 僕はそーっと視線を逃がしてしまった。思わず持っていた皿を落としそうになる。


 そのせいで、清水君はさらに興味を持ったようだった。


「犬とか飼ってないんですか? ほら、怖そうな芸能人が飼い犬の前ではデレデレとかあるじゃないですか」


 僕は思わず苦笑いをしてしまった。


 作った苦笑い。


「ごめんね。僕は家でもこんな感じだよ。趣味もね、あんまりないんだ。ゲームとか。でも、そこまで本気じゃないし、休日はボーッと寝て過ごして終わってる」


 清水君は『まぁ、そんなもんですよね』って気遣うように笑って作業に入った。


 さっきまで小さな嘘のことで疑問を感じていた僕なのに。

 なんで、こうもあからさまな嘘は堂々と演じられるのだろうか。


 どうしてこんな罪が、ここまで誇らしいのだろうか。

______________________________


 家に帰る。


 早く笑顔に癒されたかった。浄化してほしかった。この世界には嘘が当たり前に満ち満ちている。


 僕は嘘に穢されてきた。そしてこれからも嘘で穢していく。


 嘘は他人との契約で始まる。だからずっと一人がよかった。一人で生きていきたかった。それなのに、社会に出ると常に契約が僕につきまとい、指切りすらしない小さな約束で無理やり僕と他人を結びつける。


 昨日の約束にいつ殺されるかわからない。そんな毎日が苦しかった。


 さぁ、シルビィ。存在以外のすべてが嘘の君。

 君とした約束。君とした契約。

 君と繋がれたことが今日の糧だ。


 そしてまた「おかえりなさい」の一言で。僕を救ってくれ。


「……」


 シルビィ?


 部屋の中が暗い。眠っているのか?

 寝室に君の姿はない。

 リビングに君の姿はいない。

 お風呂にも、トイレにも。


「……嘘だ」


 僕はすぐに外に飛び出した。


 嘘だ。嘘だ。嘘だ。


『ねぇ、オリヴァ。お外ってどんなところ?』


『怖いところだよ。でも、シルビィにはきれいな場所のはずだ。でも、絶対に外に出てはダメだよ』


『うん。わかった! ……でも、なんでダメなの?』


『それはね』


 あぁ、僕がバカだったのかもしれない。嘘が嘘を呼び運命を形作るのだろう。だから、僕の人生はここまで人と違う。


『……オオカミがいるからだよ。君を食べるオオカミが』


 雨が降り出した。


 僕はどこへ向かって走っているのかわからなかった。でも、足は迷いもせずに進む。


 一つだけ思い当たる節があった。


 ボロボロの家がしんみりと建っている。どんな、老婆が住んでいるのかと思われるその家の主は倖薄そうな若い女性だった。死んだような濁った瞳が、髪の白い赤目の少女を見下ろしていた。


 女に見下ろされた少女は泣いていた。雨と涙が混じり、力強く目をこすると何かが剥がれて、その目は黒くなっていた。


「おかあ……さん」


 僕がたどり着いた瞬間、その言葉が聞こえてきた。そしてすべてを悟ったのだ。少女は、思い出したのだと。


 今までの生活。存在そのすべてが嘘で塗り固められていたことを。だから、出ていったのだと。


 少女の母親の死んだような瞳が僕を見た。そんな瞳のままにっこりと笑う。店長が見せる作った笑いとも違う不気味で空っぽな笑み。


「いいの?」


 その言葉の意味を僕は図れない。


 僕の言葉を聞かないまま彼女は少女の頬を撫でた。


「うん。らしいよ。私はあなたのお母さんらしい。でも、誰だろう、あなたは。私の知らない子だ」


 大きな瞳は雨粒が入っても瞬き一つしない。


 そんな様子をみて、少女も後ずさった。


「しらない!」


 そう言って彼女は逃げ出した。


「こんなの、お母さんじゃない!」


 逃げてきたシルビィは僕の前で立ち止まって、見上げてきた。辛くて辛くてたまらないといった表情だった。


 その顔を見ていると、本当に君との約束を僕が果たせるのか不安になってきてしまう。今この瞬間、あの約束が嘘になってしまいそうだった。


「帰る」


 でもシルビィはそういって、顔を伏せて行ってしまった。ボロ屋とは別のほうに向かったということはそういうことだろう。


 いまだ、気持ち悪い瞳が僕を見ていた。


「いいの?」


 また、そういってきた。


「いいんだ。だから、しっかり休んでくれ。ねぇさん」


「うん」


 雨に濡れたまま彼女は家の中に入っていった。


 なんなのだろうか。日中は当たり前の社会の中で、当たり前のような疑問を浮かべて、一般人のように過ごす。

 家に帰ると、姪っ子で人形ごっこをする変態。

 現実を見ると記憶喪失で壊れてしまった姉がいる。


 全部が全部に違う僕がいる。


 うそつきはどの僕なんだ?

_____________________________


 姉はうそつきだった。


 僕のことをイケメンと言ったり、やればできると言ったり。無責任な言葉で僕の自尊心ばかりを膨らませた。


 そのせいでこじれた僕は、次第に人間関係のゴタゴタに巻き込まれていく。ついに心を塞いで一人部屋に閉じこもった。


 もはや、生きる希望のない僕。不思議な少女との非日常な日常を平然と夢に見ながら。毎日を送る。


 そんな僕の部屋の前で姉は、またまたうそをつく。社会のすばらしさ。生き方次第でどうにかなる。きっとうまくいく。


 たまに、ウソ泣きして。たまに、無理に笑って見せて。


 結婚を報告してきたときも無理をして、これからの夢のある生活というものを語ってきた。


 そうして、姉はいなくなった。


 それから数年間。両親が事故で死ぬまで僕は引きこもりであり続け。いなくなった後は、なんだかんだでフリーターで生きていけるようになっていた。


 姉の嘘がなければ。僕は社会にも僕自身にも期待することがなかった。だから嘘に裏切られることなく、生きていけていた。


 でも、姉が戻ってきた。


 姉も事故を起こした。不自然な事故だったが、結局臭いものには蓋はされた。彼女の夫はその事故で死に、姉と娘は生きたが二人とも記憶を失った。


 自分も周りも嘘で塗り固めていた姉は記憶の中の嘘をすべてなくした。そしてあんな空っぽな怪物になった。


 本当はシルビィ、いやチトセちゃんは姉が退院するまで預かっているはずだった。


 でも、こうなってしまった。

 こんな非日常が待っていた。

______________________________


「ただいま」


 家にかえると少女はいつも通り、「おかえりなさい」と近づいてきた。両目が真っ赤になっている。自分で、カラコンをはめたのか。


 僕はどこか萎えていた。あんな姉の姿を見たせいか、このままごとをやる意味が分からなくなっていた。


 髪もすぐに生え変わって黒くなるだろう。カラコンなんて本当はつけていいものじゃない。


 姉の様子をみて、もっと現実的にこの子を育てないといけないと思い始めた。


「なぁ、チトセちゃん」


 僕がその名前を口にした瞬間。彼女は、顔を真っ青にして僕の手を取った。


「いやっ」


 そう言って、僕の人差し指を握りしめた。


「オリヴァ……。私、シルビィだから」


 なんて顔なんだよ。


「そうだね」


 僕はこの生活から逃れられないのか? 昨日の約束が僕の嘘を塗り固めていく。


 こんな今を送っても。あんな過去にとらわれていても。


 またいつも通り仕事に行って、いつも通りの噓つきでいなくちゃいけないのか?


 外の雨が強くなっていく。僕ら二人とも濡れていて、髪から雫が垂れていた。「冷えるからお風呂にはいろっか」という言葉はのどの奥から中々出てきてくれなかった。

___________________________


 今日は店長が表に出ることが多かった。あからさまに作られた笑顔は変わらないが、従業員に度々話しかけて会話が盛り上がっていた。


 なんだかしあわせそうだった。良いことがあったのかもしれない。


 奥田さんは、今日はあまり大声を出さない。昨日注意されたのもあるし、その注意してきた店長が表にいるからだろう。でも、僕には度々小言を言ってきた。周りの従業員たちはそんな僕をかばうように奥田さんを睨み、「ひどいよね」と僕に近づいてくる。


 でも、なんだか僕にとって、そんな奥田さんはかっこよかった。嫌うことができなかった。


「きのうの話おぼえてますー?」


 ピークが過ぎると、また清水君は近づいてきて、僕に話しかけてきた。


「えっと、パンイチで映画見る先輩の話?」


「そうです、そうです。あれうろ覚えで、あのあと先輩に確認したんですよ。そしたら、コメディ映画で笑うんじゃなくて、感動モノで泣くってのが正しかったぽいです」


 皿を吹きながらなんの報告で、どんな意味がある訂正なんだと馬鹿馬鹿しくなって笑ってしまった。


「中西さんの、笑い声初めて聞いたかも知れないです」


 本気で驚いたように、清水君は目を開いている。


「めっちゃ優しい笑い声でしたよ。やっぱり、家に犬とかいるんじゃないんですか?」


「いや、ペット禁止の場所だから」


「えーっ」


 でも、そうか。優しい笑いが出たのか。この職場の中で。


 そして仕事が終わり、家に帰り。玄関に立つとシルビィが走ってくる。


「おかえりなさい!」


「あぁ、ただいま」


 夕食を食べて。

 ふろに入って。

 お休みを言って。


「早く幸せになりたいなー」


 そうやって、将来のことを話して。約束をする。いつか、しあわせな場所に行こう。その時まで辛いのは我慢だ。


 姉の顔が頭をよぎった。今の変わり果てた姿じゃなく嘘を吐いてばかりだった過去の姉。


 僕らもいつか彼女のように何もかもを失ってしまうかもしれない。


 だって、僕はやっぱり嘘つきなんだ。


 職場の僕。

 家の僕

 姉と僕。

 そのすべての僕が嘘つきなのだから。


 だから、いつか。そう遠くない、いつか。


――壊れてしまうに違いない。

 ――オオカミがやってくるに違いない。

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