第14話 甘い考え
「鈴音?!一人で行動しないで」ある日、いつも通り屯所の掃除をしていると、平助に呼び止められた。
「ごめんなさい。斎藤君に言われたんだった」鈴音は目を伏せた。
平助は安堵のため息を吐くと「鈴音、ここは浪士組だ。いつ何が起きても可笑しくない。もう少し自分を守る行動をして欲しい」と平助は鈴音の肩に手を置き、言い聞かせた。
鈴音は頷いたが、不思議に思うしかなかった。
ここ最近の屯所はざわついており、鈴音は行動する時はなるべく、男手をつけないといけなくなった。
毎晩、鈴音の自室の前には護衛らしき人がつけられた。
一体何が起こっているのかと聞いても、誰も教えてくれなかった。
あまり深入りはしない方がいいのだろうか。
鈴音は次第に、聞くことも躊躇った。
「鈴音、大丈夫?」何も言わなくなった、鈴音を平助は心配そうに見つめた。
鈴音は笑顔を作り「大丈夫だよ。ごめんなさい。もっと気をつける」と言い掃除に戻った。
鈴音はあんな実家から抜け出せて、気が抜け過ぎていたのだろう。
鈴音は後程、甘い考えを打ち消されるのだった。
◇◇◇◇
遂に、事件は起こった。
その日はいつも通り、屯所の掃除や仕事をした後、一息ついていた。
縁側で1人、金平糖を頬ばって空を見上げていた。
いつもの平和の1日だと思っていた。
だが、「お前が、屯所の花って言われてる鈴音か?」とどこか威圧感がある低い声と共にお酒の匂いが強く香った。
鈴音は驚いて、声のした方を見つめた。
6尺程の身長に342貫はある大男。
刀を腰にさしている。
そして、頭が揺らぐような、強いお酒の匂い。
鈴音の脳裏に総司の言葉が浮かんだ。
『今、浪士組は近藤派と芹沢派に別れてるんだ』
『その芹沢さんが厄介な人で、多才な人なんだけど、酒癖が悪くて、女好きなんだ。』
『島原で酔った勢いで暴れ回ったりしていたし。土方さんが頑張って止めたけど、大変だったよ』
『鈴音お嬢さんの事は、話してないから大丈夫だと思うけど、噂はいつの間にか耳に入る物だから』
鈴音はその瞬間全てを理解した。
斎藤の甘味処での言い聞かせ、平助の必死さ。自室前に護衛が置かれていたのも。
鈴音には、後悔と恐怖が襲ってきた。
「可愛らしい女子じゃないか〜。土方君はなぜ教えてくれなかったんだ」芹沢は豪快に笑い、断りも無く、鈴音の肩に腕を回した。
「土方さんも…忙しい方…だからでしょうか?」鈴音から発する声は思った以上に小さかった。
芹沢は声を上げて笑った。
「お前は、大人しい子だな〜。だが、島原の遊女くらいの美貌さはある。金を払わずに、この美貌を堪能できるんだ。この後美味しい小料理屋に行き、お酌に付き合え」芹沢は鈴音に遠慮無しに腰などを触ってきた。
鈴音は恐怖で叫び声1つも上げれなかった。
「なに、悪いことはない。ただのお酌だ。この芹沢鴨にお酌ができるなんて、光栄だ」「で、ですが…私に…は…仕事が…」鈴音は芹沢から距離を取り、目を逸らした。
芹沢は酒で頭も回らない中、鈴音の態度に苛立ちを覚えた。
「ただの女子が、なに刃向かってんだよ!!」芹沢は声を上げ、鈴音の髪を引っ張るように持ち上げた。
鈴音は痛みと共に、記憶が蘇った。
酒の匂いを強く香らせ、髪を強く引っ張る。
実家にいた頃。何度もされた仕打ちだ。
芹沢が父と重なり、鈴音は恐怖を超えた。
痛い。怖い。誰か…助けて。この地獄から解放して…。
そんな言葉が降ってきた。
鈴音は気づけば、壁に打ち付けられた。
鈍い痛みが身体中に襲った。
誰か…
すると、「鈴音?!」と声が聞こえたと共に、暖かく手を握られた。
「平…助…くん…」鈴音は目の前にいる、平助の名前を呼んでいた。
「鈴音、ちょっとまってて…」平助は鈴音の手をそっと離すと、芹沢を睨んだ。
「お前は、藤堂平助か。お前ごときが、刃向かおうなんて、いい度胸しているな!!」芹沢は黒い扇を出した。
それは、ただの扇ではない。
鉄扇。
それで、殴られたら下手すれば死ぬだろう。
平助に逃げてと言いたかったが、恐怖で声があまり出ない。
平助は冷や汗をかきつつ、刀の柄に手をかけた。
すると、「芹沢さん。こんな所に」と聞き覚えのある声が聞こえた。
「土方さん?」平助は目を丸くした。
歳三は鈴音と平助を見ると、驚いた顔をした。
そして、なんとか頭を働かせた。
「芹沢さん。実は高級酒が手に入って。それも、遊女付きですよ。鈴音は平助に任せて、行きましょう」歳三は芹沢をなだめた。
芹沢は、酒と女と聞き上機嫌になると、歳三について行った。
歳三は去り際『頼んだぞ。人手は近藤さんに頼んだ』と声ば出さず口だけで言った。
平助は頷くと、鈴音に向き合った。
鈴音は、自分の肩を抱き震えていた。
逃げていた、記憶が蘇り受け止めきれなかった。「鈴音…」平助はそっと鈴音を抱きしめた。
鈴音は平助の温もりに、少し安堵し震えが収まった。
「どこか、怪我してない?自室に運んでも大丈夫?」平助は鈴音を抱きしめつつ、優しく聞いた。
鈴音は頷くことしか出来なかったが、平助は優しく微笑み、鈴音を抱きかかえ、自室へと運んで行った。
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