第11話 甘える弱さ

鈴音は町の事を理解すると、夜徘徊するようになった。

屯所は慣れてきたとはいえ、唯一の家族の零が恋しかった。

零がどこで何をしているのか。無事なのかを考えると居たたまれなくなるのだ。

夜の街は危険だ。

だが、護身用に小刀を仕込んである。

道場の娘でもあったので、刀裁きは上出来だった。

しばらく、夜風に当たりながら歩いていると、少し騒がしい声が聞こえた。

不逞浪士かと慎重に騒がしい声の場所まで走った。


◇◇◇◇


遠くから見ると、誰かが戦っていた。

その様子を影から見つめた。

何者だろうか。

しばらく様子を伺うと、戦いが終わったらしく勝った1人の男性を見つめた。

鈴音は帰ろうとしたが、うっかり足音を鳴らしてしまった。

「誰?!」怪しむ声に鈴音は安堵した。

「平助くんか…」「その声は…鈴音?!」平助は鈴音の側へ駆け寄った。

「鈴音!!何してるの?!こんな夜中に帰るよ」「ちょっと待って。平助くん怪我はないよね?」「無いけど、なに?手が震えてるじゃん」平助は鈴音の手を包み込んだ。

平助の手は血まみれでなんとも言えない感触だった。

「震えてないよ。」「震えてる。鈴音、これで震えるなら夜中出歩かないで」平助はどこか機嫌が悪かった。

「平助くん?」鈴音は返り血を浴びた、平助の頬に触れようとした。

「触るな!!」平助は声を荒らげて鈴音の手を払い除けた。

「痛っ」本気で払い除けられた手は鈍い痛みを感じた。

「なんだよ、俺の事なんにも知らないくせに…鈴音にはこんなの見られたくなかったのに!!」平助は鈴音の肩を掴んだ。

「平助くん…怖いの?」鈴音はこっそりと呟いた。平助は確信に近い事を言われ、その場に崩れるように膝まついた。

「平助くん…」鈴音は平助に寄り添うように背中を摩った。

「なんだよ。お前…」平助は、混乱するように額に手を当てた。

鈴音は平助の背中を摩りつつ、優しい笑みを浮かべた。

平助は少し躊躇ったが、勢いよく鈴音を抱きしめた。

「鈴音…」平助は鈴音の肩に顔を埋めた。

平助の肩は震えていた。

鈴音は抱きしめられ、頬を赤らめるなどは無く、平助の頭を撫でた。

「平助くん、一人で抱え込まないで。私がいる意味がないよ」鈴音は穏やかに平助に言った。

平助は何も言わずに、ただ鈴音の優しい体温を感じていた。


◇◇◇◇


しばらくすると、平助はゆっくりと鈴音から離れた。

「ありがとう。鈴音」平助の笑みに鈴音は嬉しくなった。

前よりも安心したかのような穏やかな笑み。

平助の本当の笑みだろう。

「平助くん。人を殺めるのは時折怖くなるよね。」鈴音の言葉に平助は頷いた。

「武士がこんな事言っていいはずがないって、思ってた。でも、誰かに打ち明けたかった。受け止めて貰いたかったのかもしれない」平助はすんなりと弱音を話せる自分に驚いた。

恐る恐る、鈴音を見つめると鈴音は優しい笑みを浮かべており、安心できた。

「鈴音は…人を殺めた事が…あるの?」平助の言葉に鈴音は頷いた。

「何度も。父上の命令でね、道場の悪い噂を流すなら切れって。私は私の為に命を奪ったの。本当に自分が許せなかった」鈴音から笑みは消えており、後悔が滲み出ていた。

「でも、今は平助くんと同じ状況なの。私は平助くんに助けられた時、命を奪わず、自分の命を助けられた。その瞬間から命を奪うのが怖くて仕方がないの」鈴音は平助を見上げた。

平助は悲しい笑みを落とした。

「命を救う為に命を奪う。矛盾だな、この世界は」平助は乾いた笑みを漏らした。

「でも、鈴音ありがとう。俺はずっと誰かに甘えたかったんだ。こんな自分を受け止めてもらいたかったって気づいた。それを受け止めてくれてありがとう」平助は鈴音の手を握った。

「全然。ほら、早く帰ろう。私、土方さんにこの事を知られたら、鬼みたいな顔で怒られちゃう」鈴音がそう言い平助は「そうだな」と明るい笑みを零した。

月明かりの下で二つの影がしっかりと手を繋ぎ歩いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る