第6話 今宵の月は変わる


数日後。鈴音は湯浴み後、月を見上げた。

今宵は満月。

縁側から見られる庭は、月明かりによって、幻想的に輝いていた。

鈴音は、夜に美しい月と月明かりに照らされている、景色を見るのが好きだ。

実家にいた頃もこうして、月を見上げていた。

月を見上げると、今日も生きていたと実感される。

実家にいた頃は、いつ死んでも可笑しくは無かった。

ただ、浪士組の屯所に来ても同じ事かもしれない。

暴力は無いものの、浪士組の世界は、『自分が殺さなきゃ自分が殺される』そんな世界だ。

いつか、この屯所が襲撃される事は無いとも言いきれない。

明日にでも死ぬかもしれない。

いつだって、死と隣り合わせで生きている。

本当は、もう少し死から離れられる道もあったかもしれない。

だが、ここで生きていくと決めた。

自分には死と隣り合わせが合っているように何故か思えた。

「鈴音、身体が冷えるよ」背後から声が聞こえたかと思うと、身体が羽織に包まれた。

常に、背後の気配が察せない自分に死と隣り合わせが合うなんて馬鹿らしい。

鈴音は少し笑い振り向いた。

「平助くん。ありがとう」「いや、ただ偶然、鈴音が座ってるの見かけたから。」平助は照れたように自分の首の後ろを触った。

本当に優しい人だ。こんな時に、声をかけてきてくれるのは。偶然かもしれないが。

「鈴音、屯所で頑張ってくれてるみたいだな。隊士からも好評だったよ。」平助はそう言い鈴音の頭を撫でた。鈴音は口元に手を添え笑いつつ「良かった。みんなの役に立ててるなら。」と言い平助を見上げた。

湯浴みを終え、いつもより艶やかな髪。やはり、整っている目鼻。

いつ見ても思わず顔を赤らめてしまう。

「顔赤いけど、もしかして...?」平助は悪戯ぽく笑い、鈴音の額に自分の額を当てた。「俺が夜に、鈴音に声をかけた理由わかる...?」「わ...わからない...ち...近い」鈴音は離れようとすれと、平助は鈴音の腰に腕を回した。逃げられなくなってしまった。「夜遣い...だったら...?」平助は艶やかに鈴音の耳元でそう呟いた。

耳元から感じる吐息に声。

鈴音は顔を真っ赤に染め、身体が固まった。

すると、「クッ」と平助の声が聞こえたかと思うと「あははっ」と平助は愉しげに笑いだした。

鈴音は驚いてただ、平助を見つめていた。

「やっぱり、男慣れしてないよな?やっぱり鈴音はからかいがいがありそう」平助は面白そうに鈴音を見つめた。

鈴音はやっと状況を理解すると、更に顔を真っ赤に染めた。

「顔すごく赤い。ちょっとは期待した?」平助は悪戯な笑みで鈴音の額に自分の額を合わせた。

「いえ...そ...そんな事は」鈴音はすぐさま平助から離れた。

「明らかに、同様隠せてない。好いてる男1人や2人いると思ったのにな。全くの経験なしか...」平助はそう言い、月を見上げた。

鈴音も釣られるように月を見上げた。

こうして、誰かと月を見上げる事は無かったかもしれない。

不思議な気持ちだ。一人で月を見上げるのと誰かと月を見上げるのでは、全然違っていた。

「月、誰かと見上げるとまた違って見えるな」平助がひっそりと呟き、鈴音は目を丸くした。

「どうした?」平助は不思議そうに首を傾げた。鈴音は我に返り「わ、私も同じ事思ってたの。ずっと月を見上げていたけれど、誰かと見る月はこんなにも違って見えるなんてって」と胸の内を伝えた。すると、次は平助が目を丸くしたが、すぐに微笑み「そっか」と言った。

鈴音はなにか打ち付けられる感覚がした。

平助の笑みは、悲しくも暖かい笑みだった。

いつもはこんな表情はしなかったはずだ。

これが、本当の笑みなのか。

ただ、やはり平助の元でお世話になって良かったと思うのだった。









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