第3話 別人です

 昼休みが終わり授業が始まる。それから真面目に授業を受けて、チャイムがなった。授業の終わりを伝える音だ。今日の授業はこれで終わり。


 授業をしていた数学の教師が教室から出て行き、入れ替わりで担任が入ってくる。あとは担任の話を聞いて帰るだけだ。


「えー、お知らせはー」


 教卓に置いた紙をじっと見て


「明日は、頭髪検査だ。それ以外はお知らせないからないから、まだ髪切って来てないやつは忘れずに切ってこいよ」


 と話す。


「まじかよ」


 ダンジョンで素材回収に勤しんでいたから頭髪検査のことを完全に忘れていた。俺の前髪は目に掛かりそうなくらい長いので完全にアウト。帰った後、行くのも良いが時間が無さそうなので今回は注意されるしかないか。


 それが終わるといつも通り号令を掛けて解散となる。


「それじゃ、また明日」


 担任がそう言うと何人かの人が椅子から立って教室から出て行く。俺は鞄の中に教科書や筆箱をしまい帰る準備をする。


 筆箱を入れたところで駿が俺の方へ振り向いて、


「この後、用事ないよな?」


 と聞いてくる。


 俺はどの部活にも所属していない帰宅部。対して駿はバスケ部。こう聞いてくると言うことは部活がないのだろう。これはいつも通りのやり取り。そして、この後のセリフは「一緒に帰らね?」だ。


「今日はアクセの作成を依頼しに行くだけだから、まあ、実質ないみたいなものだな」


 素材を置いてくるだけなのでそんなに時間はかからない。一緒に下校するくらいなら特に問題ない。


「なら、一緒に帰らね?」


 予想通りに返してくる。


「ああ、いいよ。けど、その代わり早く帰る支度しろよ。遅すぎると店が閉まるから」


 俺はそう言って鞄を持ち上げる。


「先、帰ってるから走ってこいよ」


 駿が何にも帰る準備をしていなかったので、焦らせるためにもそう言って隣を通り過ぎる。


「ま、待て」


 駿は必死に鞄に道具をしまう。

 そんな駿を横目に


「大丈夫だ。お前ならきっと学校を出る前には間に合う」


 と俺は教室から駆け足で出て行った。教室を出ると1人の少女が扉の前で立っていて呼び止められる。


「あの、ちょっといいですか?」


 可愛い少女を見間違える筈がない。サイドアップの助けた少女だ。


 まさか、うちの学校の生徒だったなんて…。


 うちの学生なら面倒ごとはなさそうだが、バレたら気まずいし、学校では俺が《果ての探索者》の蓮斗だと気づかれたくない。一年前のこともあるし、話題になればダンジョン関連の面倒ごとが増える。それに俺は学校では影の薄い陰キャ寄りの人間だ。他の人にどんな噂されるかわからない。


 とりあえず他人のふりをしよう。


 平然を装いながら雪葉に答える。


「急いでいるんだけど、何かな?」


「あの、小泉先輩を呼んで欲しくて」


 小泉という名前の生徒は俺のクラスには1人しかいない。千聖だ。


「小泉ね」


 と俺は即座に教室の方を向く。そして、千聖を呼ぼうとした瞬間、


「あの、その前にちょっといいですか? 先輩。先輩って昨日、ダンジョンで会いましたか?」


 と聞いてくる。


 あれ、バレてるかもしれない。というかバレてるよね。


 だが、まだ誤魔化しは聞く。顔をあまり合わせずここから離れればなんとかなるはず。


 俺は振り向くことなく「千聖!」と叫ぶ。


「何?」


「ちょっと来てくれ」


「蓮斗、何? まだ支度してないからちょっと待ってて」


 と千聖は急いで机の上を片付ける。

 蓮斗って呼ばないでくれ。確信しちゃうから。


 俺は振り返り、


「えっと、ちょっと急いでるから、千聖も呼んだし俺はこれで」


 と言って少女の横を通り過ぎようとする。しかし、その腕を掴まれ止められる。


「ちょ、ちょっと待ってください。今、蓮斗って呼ばれましたよね? 相模 蓮斗さんですよね?」


 と腕を引っ張る。

 俺は立ち止まり少女に振り向いてしまう。


「いや、その……」


 同じ名前なんだとでも言えばいいか?

 いや、それは絶対嘘だとバレる。

 同姓同名の似てる人ですw は流石に相手を馬鹿にしているみたいだし。


 はぁ、ダンジョンで偽名使っておけばよかった。


 そう考えていると駿が鞄を片手に持ってこっちに走ってきているのが見えた。「ごめん、蓮斗」と言いながら俺の近くまで歩いてくる。


「でも蓮斗、一緒に帰るって言ってたのに先に行くなよ」


 と駿は文句を言ながら近づいてきて俺の前に少女がいることに気づく。


 駿は少女を見て驚きながら


「あれ、君って一年生の冬樹 雪葉ちゃんだよね」


 と少女の名前を呼ぶ。


「はい」


 と少女は返事をする。やっぱり雪葉か。

 それにしても駿が知っているなんて。そんなに有名人なのか? 俺は全く知らなかったが。


「あの子のこと知ってるのか?」


 と俺は小声で駿に尋ねる。


「蓮斗は知らないのか? 冬樹 雪葉。あの少し幼くて守ってあげたくなるような見た目でかつ超美少女で今、学校のアイドル的な立場にいるって噂の一年生だよ」


 駿は俺にだけ聞こえるように小声で答える。


 雪葉ってそんな有名だったのか。どおりで名前だけ聞いたことあった訳だ。


 ただでさえ、ダンジョン攻略者ってバレるだけでめんどくさいのにそんな子にバレたら学校中に広まって手に負えなくなる可能性がある。


 やっぱりバレる訳にはいかないな。


「まじかよ」


「冬樹ちゃんと何話してたんだよ」


「ただ千聖を呼ぶのを頼まれただけだよ」


「あっ、さっきのはそう言う。ってきりお前が呼び出されたのかと」


「んなわけあるかよ」


 駿は「そりゃそうか」と納得したように頷く。なんかムカつくな。


「あの、蓮斗さんって」


 雪葉が駿に俺のことを尋ねようとすると同時に


「蓮斗。お待たせ〜」


 千聖が俺の元にやってくる。


「千聖先輩、こんにちは」


 と雪葉が返事をする。


「あれ、雪葉ちゃんだ。どうしたの?」


 と千聖が雪葉に話しかけたのでその隙に


「千聖が来たし、俺はこれで。行くぞ。駿」


 も俺は駿を連れて、その場を逃げるように立ち去る。


「ちょっと待ってください」


 と雪葉が追いかけてこようとする。

 しかし、千聖がそれを止める。


「あれ? 私じゃなくて蓮斗に用があった?」


「い、いえ、小泉先輩に用があって」


「そう。ならいいけど」


 と雪葉を足止めする千聖の声が聞こえる。


 ナイスだ。千聖。


 俺たちはそんな声を無視して教室から立ち去った。

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