ep2


 僕の問い掛けに、アルティムは少し困ったような笑みを浮かべて、

「……キリクさんには、嘘は吐きたくないんです」

 そんな言葉を口にする。

 この場合、否定をしないなら、肯定したも同然なのに。


「そう? だったら何故、素直についてきたの?」

 誤魔化す心算がないのなら、さっさと逃げ出すべきだったろうに。

 この魔法学校がアルティムにとっての敵地ならば、少しの油断が自らの終わりを招く事くらい、彼にだってわかっている筈。


 今、僕の肩にシャムはいない。

 何故ならパーティが始まる前から、この話し合いの為に、シャムはここに潜んでいるから。

 時刻は既に夜になってて、辺りはもう随分と暗かった。

 本気で闇の中に隠れ潜むシャムは、僕にだって見つけられない。

 シャムがその気になったなら、アルティムの首は一瞬で、何が起きたかも理解できぬ間に、胴体から離れるだろう。


「今日、自分が終わる未来は一度も見てないからです。キリクさんは、入学してからずっと、僕に対して優しいですから」

 だけど彼は、まるで自分が危機にあるとは思ってないような、何時もと変わらないはにかむような笑みを、僕に向かって向ける。


 ……あぁ、本当に、預言者というやつは凄い。

 そりゃあ僕だって殺し合いなんてしたくはなかった。

 見ず知らずの他人だったベーゼルならともかく、アルティムは入学した時からずっと、色々と気にしてきた相手なのだから。

 シャムにも余程の事がない限りは、手出しをしないように頼んでる。

 でもまさか、こうもあっさりと見抜かれると、彼のはにかむ表情にすら、どこか恐ろしさを感じてしまうけれども。


 アルティムは、自分の預言者としての力をよく知っていて、それに全てを賭ける覚悟を持っているのだろう。

 そりゃあそれくらいじゃなきゃ、星の灯の預言者という立場にありながら、魔法学校に乗り込んでくる訳がないか。


「……そうだね。これからも、そうありたいと思ってるよ」

 僕は大きく息を一つ吐いて、アルティムの言葉に頷く。

 マダム・グローゼルや魔法学校の教師達を甘いなんて風には思ってるけれど、残念ながら僕は、彼ら以上に甘くぬるい。

 実のところ、星の灯は敵だと思ってるし、警戒もしているけれど……、だからといって怒っているかと言えば、今はそうでもないのだ。


 ベーゼルに撃たれて、ジェシーさんを壊されてしまったことは、もちろん怒ってた。

 けれどもその怒りも、ベーゼルの死と共に殆ど消えてしまってる。

 あの日、ベーゼルに魔法学校への侵入を命じたのは、星の灯ではあるのだろう。

 しかしその先は、僕が撃たれてジェシーさんが壊されたのは、ベーゼルの判断で、行いによるものだ。

 一人の魔法使いとしては、星の灯はどうしたって敵だけれども、ベーゼルが居なくなった今となっては、その構成員の全てを始末して、組織を滅ぼさなければならないとは、別に思っちゃいない。


 故に僕は、怒りの感情を持たずに、アルティムと……、流石に何時も通りとはいかないけれど、比較的だが穏やかに話せてる。

 それにアルティム、預言者は、ベーゼルのような執行者よりは高い位置にあるとしても、星の灯の指導者という訳ではない筈だ。

 祈りを束ねるという役割は実に象徴的ではあるから、いずれはそうした実権も握るのかもしれないけれど、アルティムの年齢で巨大な組織を掌握する事は、どう考えたって不可能だった。


「幾つか確かめたい事がある。誤魔化す心算がないのなら、僕の質問に答えてくれないかな?」

 尤も、それでもこのまま、何もなかった事にはできない。

 僕は幾つか確かめる必要がある。


 そのうちの一つは星の灯は、一体僕に何を求めているのか。

 或いは僕を使って彼らは、一体何をしようとしているのか。


 これまで、星の灯に属する誰かと、まともに話をする機会はなかった。

 いや、そもそも少し前までは、僕にもその気はなかったのだ。

 しかし僕は与えられた以上の傷を相手に与えて留飲を下げ、今ならば、相手の話を聞く気になってる。

 そして話を聞くという事は、場合によっては協力を考えてもいいって意味だった。


 物事というのは何でもそうだけれど、片側からのみ見ていても、正しい姿は把握できない。

 僕がこれまで星の灯について聞いたのは、常に彼らと敵対するウィルダージェスト魔法学校、つまり魔法使いの側からの話ばかり。

 これだけで星の灯を正しく判断するなんて、難しいに決まってる。

 もちろん襲われた事とか、やり口から見て、どうあってもあっちが悪者なんだって思いはあるんだけれど、この世界の魔法使いの在り方だって、僕から見て、絶対に正しいって訳じゃないから。


「その前に、キリクさんに知ってて欲しいんですが、星の灯と一口にいっても、実は中が一つに纏まってる訳じゃないんです」

 でも前置きのようにアルティムが口にした言葉は、僕にとって少し意外なもの。

 星の灯に対する僕のイメージは、かなり悪のカルトって感じだったから、全員が指導者に心酔してて、その意志の下に一つに纏まってると思ってた。

 だが当たり前の話だが、人が集まり組織ができれば、その中にも色々と考え方の違いがあって、複数の派閥に分裂するのは当然だ。


「細かく言い出すとキリはないんですが、大きく二つに分けるなら、手段を選ばず少しでも早く星の世界の再現を望む、過激派。それから星の世界といっても全てが理想じゃないから、ゆっくりと優れた部分だけを取り入れていければいいと考える穏健派です」

 考えてみれば当たり前なのに、こうしてアルティムから話を聞くまで、その事をちらりとも想像しなかった辺り、僕はやはりイメージで物事を見ていたらしい。

 ただこれまでの動きから察するに、星の灯の中で主流となっているのは、その過激派か。


 そしてアルティムがそう前置きしたのは、過激派と穏健派で、僕に求めるものが違うのだろう。


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