ep1


 それから、少しばかり時が流れた。

 もちろん少しばかりだから、何年もとかじゃなくて、具体的には冬までの数ヵ月程が。

 季節はすっかり冬になってて、今日は一年を締めくくるパーティの日である。


 去年と一昨年は、初等部だった僕は準備には加わらず、シールロット先輩に連れられてこのパーティに参加をしてた。

 でも今年は、シールロット先輩はもう魔法学校に居なくて、僕もパーティの準備に加わる側だ。

 尤も長く魔法学校に受け継がれ、代々の高等部の生徒達によって改変を加えられてきた様々な魔法の道具、仕掛けはとても複雑で、僕にはまだ、それをそのまま設置するのが精一杯だったけれども。


 あぁ、でも来年は、ちゃんと僕なりのアレンジをその魔法の道具に残す事をチャレンジしてみようと思ってる。

 来年と、再来年のパーティの準備で残すアレンジは、僕がこの魔法学校にいた証として、代々受け継がれてきた魔法の道具に、歴史に刻まれるから。


 ……ただ、この一年を終えて、来年を迎える為に、僕には一つ、やらなくちゃならない事があった。


 夏に、ジャックスの初陣に付き合ってから、いや、正確にはその少し前に、マダム・グローゼルに預言者の存在に関して聞かされてから、僕はずっと考え、調べ、シャムともたくさん相談して、そして疑問に思っていたのだ。

 一体、どうやって星の灯は、僕の事を知ったのか。

 いや、もちろん情報を得たのが、その予言者とやらの未来を見る力だというのは、別に疑っていない。


 けれども、どうして僕が預言者の見る未来に現れるようになったのかは、ずっと疑問に思ってた。

 もし仮に、最初から預言者の見る未来に僕が登場していたら、恐らく僕は、今こうしてここにはいないだろう。


 星の灯が僕を手中に収める最大のチャンスは、僕がこの学校に来て一度目の冬期休暇だ。

 あの時、ベーゼルが僕やジェシーさんに攻撃していなければ、……正直、僕はこうも星の灯を敵視したりはしなかった筈。

 僕がハーダス先生に興味を持って、彼の残した仕掛けを追ったように、星の灯の創始者であるグリースターにも興味を抱き、彼らの話を聞いたかもしれない。

 この地に星の世界の再現するなんて、僕には到底不可能だと思えるけれども、その欠片を齎す事くらいならば、星の知識がある僕には可能だから……。

 彼らが真摯に接してきてたら、話を聞いて少しくらいは協力しようと考えて、丸め込まれていた可能性は、大いにある。


 でも星の灯の執行者であるベーゼルは、僕の事なんてまるで知らずに、当たり枠だと判断するや否や、撃ってきた。

 要するにあの段階では、僕の存在は星の灯には認識されていなかったのだろう。

 いや、そもそも魔法学校に来る前、ケット・シーの村で暮らしてた頃なら、もっと星の灯なんて警戒もしていなかった。

 妖精の領域であるケット・シーの村に辿り着くのは難しいが、或いはその更に前、僕が捨てられて、ツキヨに拾われ、ケット・シーの村に預けられる前なら、確保は至極簡単だった筈だ。


 ならば一体、僕は何時から、どうして彼らに星の知識を持った存在だと認識されたのか。

 林間学校の頃には、既に明確に星の灯は僕を認識して襲撃を起こした。

 つまりベーゼルが襲ってきた冬期休暇から、林間学校までの数か月の間に、僕は彼らの預言者が見る未来に登場するようになったのだろう。


 あの時、ベーゼルに撃たれた事で、星の灯と僕の間に縁が生まれ、預言者が見る未来に登場するようになった可能性は、もちろんある。

 だがそれにしては、ベーゼルはあまりに呆気なく、僕らに打ち取られてしまってた。

 もしもベーゼルが預言者にとって、見る未来に関わるくらいに重要だったら、吸魔の銀瓶の存在も、その未来に現れて知られてしまっていてもおかしくはないのに。


 世の理を捻じ曲げる魔法には、ほぼ不可能な事はない。

 しかしその使い手にはどうしても限界がある。

 人間の魔法使いには、人間の魔法使いの限界が、妖精には妖精の限界が。

 それは奇跡と称する、星の灯が大勢の信者の祈りを束ねて使う魔法だって、同じ筈だ。

 故に預言者は、何でも好きに未来を見れるんじゃなくて、自分の未来や、自分が関わった人間の未来を、ほんの一部だけ見れるに過ぎないと思う。

 そうでなければ、単なる人間の頭で、膨大な未来の可能性を処理できる筈がないし。

 ……では星の灯の預言者が見る未来が、自分か、自分が関わった人間だとして、僕がその時期に新たに関わる事になった相手は……、たった一人しか心当たりがいなかった。


「違ったらごめんね。だから僕は、君が星の灯の預言者だって、そう思ってるんだ」

 僕はパーティの最中、外の空気を吸おうと声をかけて連れ出したアルティムに、その顔を見ながら、ほぼ確信を持って、そう問う。


 預言者なんて星の灯にとっては最重要な人物を敵地である魔法学校に送り込むなんて、普通に考えれば馬鹿げた話だ。

 けれども星の灯が魔法学校を最大の敵だと見做してるなら、その効果は絶大だった。

 未来を見る条件が僕の考える通りなら、預言者が魔法学校に入学すれば、マダム・グローゼルを含む教師達の未来も見れるようになるだろう。

 そしてどうすれば魔法学校に入学できるかは、ベーゼルが星の灯に取り込まれた時に、詳しく彼らに知られてる。


 また魔法学校の教師達は、マダム・グローゼルも含めて、非常に生徒には甘い。

 当たり前の話なんだけれど、マダム・グローゼルが星の知識を持った僕の未来を不安に思うなら、育てるよりも存在を消してしまう方が、確実だったし早かった。

 もちろん僕もシャムも抵抗はするけれど、それでもマダム・グローゼルなら、それを他の誰にも知られぬように、秘密裏に成せただろう。


 でもマダム・グローゼルは、僕を見守り、緩やかに導く道を選んだ。

 それが彼女の善性なのか、自分が強大な力を持つという、魔法使いに特有の傲慢さ、油断なのか、それともハーダス先生が作り上げた教育体制の賜物か、それは僕にはわからない。

 だけど、一つだけ言えるのは、マダム・グローゼルは組織の長である事よりも、教育者としての側面が強い人物だ。

 あぁ、いや、マダム・グローゼルに限らず、エリンジ先生や、他の教師達だって同じである。


 それは結界の整備という形で隙を晒して見せただけで、魔法学校内に内通者はいないと、マダム・グローゼルが判断したことからも伺えた。

 結局のところ、マダム・グローゼルも、身内は信じたかったのだ。

 あの時、星の灯が結界の整備という隙を突かなかったのは、預言者であるアルティムが、それをすると自分の未来が危うくなると、見て知ったからだろうに。

 故に、生徒を迎える前に素性の調査くらいはしているにしても、一度懐に潜り込んでしまえば、魔法学校の守りは酷く緩い。

 ここは魔法使いの拠点である以前に、生徒に魔法を教える教育機関だから。


 ……するとやっぱり、この考え方を持ち込んだのはハーダス先生なのだろう。

 それ以前の魔法学校は、科という派閥に分かれて魔法使いが争いあっていたのだから、そんなに緩い場所であった筈がない。

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