第180話


「シズゥ、貝の魔法!」

 狙われたシズゥに防御を指示して、僕とガナムラは散開する。

 邪竜の谷は確かに、聞いてた通りの危険な場所だった。

 出てくる魔法生物はどれも大きく、……今、僕らを襲ってる巨大蛇なんて、胴回りの直径が僕の身長と同じくらいだ。

 しかも単に大きいだけじゃなくて、攻撃的な能力も持ってる。

 巨大蛇の口から吐き出された黒い炎が、シズゥが貝の魔法で張った障壁をすっぽりと包み込む。


 散開した僕らも目が酷く痛む事から察するに、あの黒い炎は、蛇の毒液が燃えて、周囲に熱と毒の煙を広げているんじゃないだろうか。

 ……まぁ、すぐに目が見えなくなったりする訳じゃなさそうだから、戦いが終わった後に、抗毒と回復の魔法薬を飲めば、問題はないと思うけれども。

 毒消しではなく抗毒の魔法薬を使うのは、巨大蛇の持つ毒の種類がはっきりしないからで、それならば毒に対する身体の抵抗力を高める方が確実だから。


 ガナムラへの指示は不要だ。

 彼は自分の為すべき事を把握してて、その準備に入ってる。


「強き風よ、敵を打て!」

 言葉と共に発せられたのは風の魔法。

 本来なら有り得ないような、敵を打ち据える風の砲弾が、巨大蛇の顔を上から強力に叩く。

 大きく開いた口が閉じ、炎をその中で爆発させて、巨大蛇の頭はふら付きながら少し下がった。


 そしてそこで待っていたのは、タイミングを合わせて飛び込んだ僕の杖。

 東方のサムライ、イチヨウ直伝……というのは嘘で、彼の技を勝手に見て真似た、斬撃の魔法。

 巨大蛇の頭は口の端から煙を吹いたまま、長い胴から切り離されて、ドスンと地に落ち、動きを止める。

 頭を失った胴はまだまだ元気にのたうってるけれど、頭を失えば正確にこちらを狙って攻撃してくる事はもう不可能だ。


 僕らは、それでも万一、巨大蛇の頭部が再生したりしないかと警戒しながら、抗毒と回復の魔法薬を口にして、胴体が動きを止めるのを待つ。

 頭部から、牙やら舌やら、毒や鱗なんかも採取したいが、胴体がバタバタと暴れまわってる中だと、流石にそれは危険すぎるから。

 胴体が盛大に血をまき散らしてるから、それを嗅ぎつけた他の魔法生物が現れた場合は、残念ながら採取は諦めてこの場を離れる事になるだろう。


「キリク、いい魔法だな。噂の留学生に教えてもらったのか?」

 ガナムラが、そう言いながら拳を出すから、僕も拳を握って、コツンと彼のそれにぶつける。

 実に気持ちよく敵を屠れたが、それはお膳立てをしてくれたガナムラの腕が良かったからだ。

 そういえば、初等部の頃から彼は、風と移動の魔法が得意だった。


「うーん、まぁ、そんなところだよ」

 実際には勝手に真似てるだけなんだけれど、僕はそんな風に言って誤魔化す。

 とはいえ、この魔法は接近戦を行う際にとても便利だから、仮に僕が真似なかったとしても、ギュネス先生辺りが研究して会得していたと思う。

 留学生を交換する以上、お互いの技術の伝達は織り込み済みの筈だし。


 シズゥは気持ち悪そうに、のたうつ巨大蛇の胴体を眺めてる。

 彼女は戦いへの興味が殆どないから、さっきの攻防にも迫る障害を排除したという以外の感慨はないのだろう。

 僕が使った魔法も、シズゥの興味を惹く事はない。


 けれどもこの邪竜の谷に対しての関心は、僕らの中で一番強いのが恐らく彼女だ。

 いや、邪竜の谷にというよりも、この場所に仕掛けられた魔法の仕掛けと、……それを施したのであろう人物に対して、シズゥは興味を抱いてる。

 どうやら彼女は、邪竜の谷に魔法の仕掛け、魔法陣を施したのであろう人物を、ウィルダージェスト魔法学校の前校長、つまりハーダス先生だと考えてるようだった。


 魔法学校に大きな改革を齎したハーダス先生は、黒鉄科には偉人として名前が残るらしい。

 しかも魔法陣の達人だったとされるのだから、同じく魔法陣を専攻するシズゥにとっては、大いに興味を惹かれる存在なのだろう。


 そして彼女のその予測は、恐らく当たっている筈だ。

 何故なら出発前、その位置を報せるという魔法の紐が渡される際にマダム・グローゼルが、

「この谷には、ハーダス先生のお墓もあります。あの方に縁のあるキリクさんは、探してみてもいいかもしれませんね。本校舎で、鍵も手に入れたようですし」

 なんて風に囁いたから。


 ハーダス先生に家族がいたのかは知らないけれど、仮に孤独な身の上だったとしても、わざわざこんな場所に墓を建てる以上、関わりがないなんて考えられない。

 ……あぁ、もしかすると、この邪竜の谷を訪問するって行事を考えたのも、ハーダス先生だった可能性がある。

 仮にそうであったなら、墓にも例の、星の知識を持った生徒、僕に向けた仕掛けが残されてそうだ。

 いや、マダム・グローゼルがあのチェスの駒を鍵と呼んだ以上、それを使った仕掛けはまず間違いなくあるだろう。


 どうしようか。

 それならば、積極的にハーダス先生の墓を探したいって気がしなくもない。

 マダム・グローゼルはハーダス先生の教え子で、後を継いで校長になってるから、近くに来たなら恩師の墓参りくらいはするだろう。

 シャムにはマダム・グローゼルと契約という名の繋がりがあるから、ケット・シーとしての感覚を駆使して貰えば、彼女の位置を探し当てる事もできる筈。


 しかしシャムに道案内を頼むとなると、既に知ってるシズゥはともかく、ガナムラに正体がばれる。

 まぁ、逆に友人の中で唯一それを知らない彼に教えるいい機会なのかもしれないが……、問題はその先だ。

 ハーダス先生と僕の関係を、二人にどう説明すればいいのか。

 シズゥがハーダス先生への興味を抱いてる以上、何も聞かずに僕の行動を見守ってくれというのは、ちょっと通用しそうにない。

 別に大っぴらに言いふらしたりはしないだろうから、内緒にして貰う約束で教えるくらいはできるだろうけれど……、いや、シズゥはパトラ辺りには喋りそうだ。

 落ち着いた状況でならともかく、邪竜の谷という場所で、周囲への警戒をしながら、シズゥとガナムラの二人に、上手く説明できる気がしない。


 ……まぁ、次回でいいかな。

 邪竜の谷の訪問は、高等部なら毎年参加が可能だ。

 つまり後二回は、ここに来る機会があった。


 泉の位置は記憶してるから、何ならその二回以外にも、僕とシャムだけで、或いはツキヨも一緒に連れて、ここに来る事もできる。

 邪竜の谷があるパージェット帝国は、ウィルダージェスト同盟の外側になるから、来るには魔法学校の、マダム・グローゼルの許可が必要になるが、ハーダス先生の墓を探すって目的ならば、恐らく許可は下りると思う。


 今日のところは下見の心算で、軽く谷を見て回ればいい。

 さっき巨大蛇と戦った感触からすると、あれ以上に強い魔法生物が出てきたら、誰かが怪我をしそうだし。

 ガナムラもシズゥもそれは察した筈だし、ある程度戦えて、ある程度調べられたら、それで十分とするだろう。

 次も、その次も、まだまだ機会がある僕らは、今、ここで無茶をする必要は別になかった。


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