第176話


 くつくつと煮えた溶液を火から遠ざけながら、

「ねぇ、シャム。ツキヨって、何あげたら喜ぶと思う?」

 僕は椅子の上で寝転がったシャムにそう問う。

 前回の、ジャックスの初陣に付き合った件では、ツキヨには随分と負担をかけてしまった。

 ジェスタ大森林にあるツキヨの棲み処と、ルーゲント公国でも東の端になる前線では距離が随分とあるから、転移の限界を警戒してずっと呼び寄せたままだったりしたし。


 それでもツキヨは文句の一つも言わずに、色々と僕を助けてくれた。

 特にマリアート男爵を上手く捕縛できたのは、ツキヨが上手く加減して、殺さずに昏倒させてくれたからだろう。

 何しろ戦いの間は、僕の頭からマリアート男爵の存在なんて、すっかり抜け落ちてしまってたから。

 もしもマリアート男爵を逃がしたり、逆に殺してしまってたら、後始末はもっと大変だった筈だ。


 あの時に助けてくれたといえばシャムもそうだが、常に身近にいる相手なら、お礼の手段は無数にある。

 例えば、ちゃんと感謝の言葉を口にしてから、ブラッシングを何時もよりも念入りにしたりとか。


「キリクがあげたら何でも喜ぶだろうけれど……、でも流石に、それはないと思うよ」

 寝転んでいたシャムは顔を上げて、僕の手元、作成中の魔法薬を見て、呆れたように息を吐く。


 やっぱり、駄目か。

 僕が今作ってるのは、植物の栄養剤だ。

 錬金術で生み出す魔法薬なので、当然ながら単なる栄養剤じゃない。

 この栄養剤を与えた植物は、とても素早く、大きく育つ。

 単に多くの栄養を与えるだけでは根腐れしてしまう植物にも安心して使える辺り、とても便利な魔法薬なのだけれども……。


「ツキヨは別に、キノコの妖精って訳じゃないからね?」

 シャムが言う通り、この魔法薬は植物以外には喜ばれない。

 あぁ、いや、植物を育ててる人はもちろん喜ぶが、そうでなければ持て余してしまう代物だ。


 ……まぁ、いいか。

 需要自体は高いから、完成させても無駄にはならない。

 僕は作業の手は止めずに、考える。

 じゃあ一体、ツキヨには何を贈れば喜んで貰えるだろうかと。


 シャムが言った通り、ツキヨなら大体の物は喜んで受け取ってくれるとは思う。

 でも僕は、それでは足りないと感じてしまうのだ。


 ツキヨがキノコの妖精じゃないとしたら、……では一体何の妖精だろうか?

 妖精の中には、何かに近い姿をした種がいる。

 例えば猫に近い……というか、猫と全く変わらぬ姿をしたケット・シーのように。

 そしてケット・シーの嗜好は、猫のそれによく似てた。


 全ての妖精がそうであるという訳じゃないのだが、ツキヨが何に近い妖精なのかを考えれば、もしかするとその嗜好もわかるかもしれない。

 ツキヨはシュリーカーという妖精だ。

 シュリーカーは本来ならば犬に似た化け物のような姿をしている。

 僕はその姿を見た事はないんだけれど、それはとても恐ろしい姿らしい。

 ツキヨが僕を愛し子と呼び、親愛の情を向けるのは、僕が彼女に変化をもたらしたからだという。

 ……だとすると、ツキヨがもし、変わる前の自分の姿をよく思ってなければ、そちらから連想する贈り物は、却って彼女を傷つける可能性もあるのか。


 なんとも、実に難しいなぁ。

 何の妖精かを考えるのはやめて、今のツキヨに実用的な何かを贈ろうか。

 

 洞窟暮らしの彼女に足りていないのは、……光だ。

 ツキヨが暮らす洞窟の光源は、薄っすらと燐光を放つキノコだった。

 じゃあやっぱり、キノコ用の栄養剤でいいじゃないか……、というのは冗談で、彼女にはあの程度の光でも暮らしに不自由はないんだろうけれど、それでもあそこが暗い場所なのは間違いない。


 故にツキヨに送るのは、光を発する魔法の道具が良いだろう。

 別に普段から使う必要はないけれど、誰かが訪ねてきた時に……、まぁ、僕やシャムになると思うが、もう少しだけあの空間に光を足せるといいんじゃないか。

 折角だから、時間経過で光の色が変わったり、ランプシェードに模様を刻んでゆっくりと回転するような工夫を施せば、とても奇麗な筈だ。


「キリクが作るなら、なるべく頑丈にした方が良いよ。人間や僕らみたいに家に住んでるわけじゃないし、ツキヨも道具には慣れてないから、力加減とか苦手だろうし」

 どうやら考えながら呟いてたらしく、シャムが横からアドバイスをくれる。

 否定じゃなくてアドバイスがくるって事は、この方向性でいいのだろう。


 頑丈に、か。

 確かに魔法生物であるツキヨにとっては、人間に向けて作った道具は繊細過ぎる。

 贈り物をしてもそれが簡単に壊れてしまっては、逆に悲しませる事にもなりかねない。

 そうなると素材から、頑丈さを基準に選んで揃えていこうか。


 作るべき物が定まれば、何が必要となるかは自然と思い付く。

 後はもう、錬金術を得手とする僕の、専門分野だ。

 精一杯に、ツキヨが喜んでくれる贈り物を用意しよう。


 尤も、その作製に取り掛かるのは、この作りかけの栄養剤を、ちゃんと完成させてからになるけれど。


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