第177話


 書見台の上の本のページを、ゆっくりと丁寧にめくっていく。


 ウィルダージェスト魔法学校の本校舎、その二階の一室にある図書館には、大量の本が並べられてる。

 一室にあるとはいっても、その中は魔法で空間が押し広げられており、規模は図書館と呼ぶに相応しいものだ。

 本が高価なこの世界では、おそらく最も多くの本が、その本の数に比例した知識が、揃えられて眠ってる場所じゃないだろうか。


 しかしそんな場所でも、竜について書かれた本は、それほど数は多くはない。

 いや、言い伝えや物語に竜が登場する事は多く、そうした本は幾つもあるんだけれど、ちゃんとした知識を求めて調べようとすると、途端に数は少なくなる。

 つまり竜とは、それだけ謎の多い存在って事なんだろう。


 だがその数少ない竜について書かれた本を読めば、そこにはとても興味深い内容が書かれてた。

 例えば『竜の傷跡』って本には、恐らく作者が調べられた限りではあるけれど、過去数百年程の間に出現した竜の姿や行動が記されている。

 言い伝えに残る竜の話ではなくて、実際に姿を現して人間に影響を、主に被害を与えた竜の話だ。

 残念ながらこの本自体が二百年近く前に書かれた物の為、マダム・グローゼルが封印したという悪竜に関しては載ってなかったが、姿の類似性や行動から察するに、別の名前で呼ばれていても同一個体と思わしき竜がちらほら目に付く。


 またもう一冊、何故か禁書の棚に収められていた『竜の魂』という本には、魂竜という存在に関しての記述があった。

 なんでも古くから存在する竜は、長い年月に磨き上げられた強い魂を備えて居る為、肉体が滅びてもそのまま存在が消えてなくなる訳じゃなく、魂のみがそのまま竜として存在し続ける場合があるらしい。

 これを仮に魂竜とするが、『竜の傷跡』に載っていた、英雄が竜を倒した後に建国した国を、百年後に似通った別の竜が滅ぼしたという話は、もしかすると同一の竜が、死後に魂竜として災いを齎した例なんじゃないだろうか。


 そうなるとマダム・グローゼルが封じた竜を悪竜、その竜が暴れて荒廃した場所が邪竜の谷と呼ばれている理由も、なんとなく察しが付く。

 大体、どうして竜を討伐じゃなくて、封じているのかってところも気にはなってた。

 要するに暴れて北のパージェット帝国が滅びる寸前まで追いやったのが邪竜で、それが討伐されても強い魂がそのまま残って悪竜となり、魂の存在である悪竜は殺せなかった為、マダム・グローゼルが封じたのだ。

 これは僕の想像に過ぎないけれど、本に記された内容が正しいならば、こう考えるのがしっくりとくる。

 強い魂を持つ竜というのは、きっとジェスタ大森林で見た年を経たワイアーム以上に強大な存在だろうに、それを討伐するだけでも途轍もなく難しい筈なのに、その上で魂まで封じるなんて偉業は、僕じゃその凄さを正しく把握する事さえできない。


 魂だけで存在し続ける竜、魂竜なんて話は、ちょっと冗談じみてるけれど……。

 僕がこれまでに得てきた魔法の知識が、それも十分にあり得るって判断していた。

 例えば悪霊は、強さ、規模はともかく、存在的には魂竜にとても近いだろう。


 悪霊の正体は魔法だ。

 魔法使いは魂の力が強いからこそ、世界の理を塗り替えて魔法を発動させられるが、魔法を使えぬ普通の人々にも当然ながら魂はある。

 普通の人々の魂は、本来ならば世界の理を塗り替える程の力は持たないけれど、何かの切っ掛けで強く発揮されたり、数多くの魂の力が集まって魔法を成す事があった。

 そうした普通の人々の、制御されずに偶発的に発動した魔法の一つが、悪霊だった。


 非業の死を遂げた際に強く発揮された魂の力が、その影を世界に焼き付けて残す。

 魂竜の存在も、これに近い物だと推測できる。

 自らの死に竜の魂が魔法を発動させ、その存在をどうにか世界に残すのだろう。


 つまり魂竜も、永遠不滅の存在では決してない。

 それが魔法であるならば、発動している限りは魂の力を使い続ける。

 魂竜も存在しているだけで、徐々に擦り減って消えていく筈だ。


 あぁ、その為に封じたのか。

 一度は死んでる悪竜を殺す事はできないからと、時間を掛けて削り切って消し去る為に。


 魔法学校に入学したばかりの頃は、マダム・グローゼルが悪竜を封じたと聞いても、僕は疑問も持たず、単に凄いとしか思わなかった。

 けれども今は、こうして色々と推察をして、竜という存在への疑問に迫る事ができている。

 なんだか、そう、自分も一端に魔法使いになってきたんだなぁって気分になれて、少し楽しい。


 読み終わった本を閉じ、一つ大きく息を吐く。

 シャムに幾つか質問したい事ができたけれど、ちょっとここじゃ聞けないか。

 長く本を読んでいたから、少しばかり目疲れを感じる。

 本を返却用の棚に置いて、そろそろ部屋に戻るとしよう。


 高等部の生徒が邪竜の谷に向かうという行事は、もう間もなくだ。

 今日得た知識がそこで役立つような事は、万に一つくらいしかないと思うが……、一体何が待ってるのか、僕は少しばかりワクワクしてる。


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