第175話


 僕の友人の一人であるクレイは、ノスフィリア王国の西部にある農村の出身だ。

 村の南西には森があり、そこから畑の農作物を荒らす獣が出てくる事もある。

 そうした獣の害を減らす為、または肉や毛皮を得る為に、村には狩人も数人住んでいて、森に出入りをしていた。

 しかしそんな森の中に、狩人達もみだりには近付かない場所があるらしい。


 それは森のほぼ真ん中ある古い遺跡で、狩人達曰く、そこには守り神が住むという。

 守り神は普段は子供の姿だが、遺跡の中に踏み込むと、身の丈が森の木々よりも高い巨人となって追い出そうとするそうだ。

 狩人達はその巨人を恐れ敬って、遺跡にはみだりに近付かず、時には狩った獲物を捧げたりもしている。


「これって、前に聞いたスプリガンの事なんじゃないかと思うんだけれど、もしそうなら、キリクなら遺跡を調べさせて貰えるように交渉できないかな?」

 クレイがジャックスに古代魔法を貸してくれていた件の御礼に関して、何が良いかと問うた僕に、暫く考えた彼の答えは、少しばかり予想外のもの。

 もしもクレイが古代魔法を貸してくれていなかったら、下手をすればジャックスはあの場所で、マリアート男爵の屋敷で死んでいたかもしれない。

 それも、星の灯に狙われているという、僕の事情に巻き込まれて。

 だからジャックスも自分で、何らかの形で礼を考えているのだろうけれど、それとは別に、僕もクレイへの感謝を形にしたかった。

 尤も、てっきり魔法の道具か何かを欲しがるだろうと思ってたから、この望みには、僕も少し驚いたけれども。


 あぁ、でも、その話の通りなら、確かにスプリガンの可能性も決して低くはないだろう。

 スプリガンというのは妖精の一種で、古い遺跡に住み着いては、そこを守る習性がある。

 遺跡の守護者なんて風にも呼ばれる事もあるけれど、実際には勝手に住み着いて守ってるだけなので、不法占拠な気がしなくもない。

 とはいえ遺跡の元の持ち主なんてとっくに居なくなってるから、スプリガンが住み着いて困るのは、古代の宝を狙う遺跡荒らしくらいだ。

 いや、クレイのように古代遺跡の調査をしたい魔法使いも、困るといえば困るか。


「スプリガンが相手なら、ボクかキリクが頼めば遺跡を調べるくらいはさせてくれると思う。見つけた遺物を持ち出したいなら、代わりに何か渡さなきゃいけないけれど」

 クレイにそう答えたのは、僕じゃなくて、肩の上のシャム。

 既に正体を知ってるクレイの前では、シャムも時々だが言葉を発する。

 といってもあんまり積極的には、僕らの話には入ってこないんだけれど、今回は話題がスプリガン、妖精の一種って事もあって、関わるべき領分だと判断したのだろう。


 ただシャムの言葉の通りなら、スプリガンは話し易い妖精の類だ。

 もちろん妖精の中では比較的って前置きは付くし、スプリガンにとってのタブーを僕らが犯せば、容赦なく始末をしにはくるだろうけれども。

 今回の場合は、スプリガンに無許可での遺跡への立ち入り、中にある物の勝手な持ち出し辺りがそれにあたると思われる。


 クレイがどの程度本格的に遺跡を調査したいのかにもよるが、軽く中を見るくらいならそんなに難しい交渉にはならない筈。

 流石に何ヵ月も調査を続けようとすると、スプリガンだって嫌がったり、怒ったりはするだろうから、その場合は改めて、クレイが契約を交わした方が良いが。


 ツキヨに会う前だったら、僕が契約してスプリガンの力を借りるって事も考えたんだけれど、今は特にその必要は感じない。

 巨人になるというスプリガンの能力は強力で魅力的だ。

 生き物の強さは、多くの場合はその大きさに比例する。

 身体が大きければそれだけで、攻撃力も耐久力も跳ね上がるから。

 例えば人間が虫よりも強いのは、彼らよりもずっと身体が大きいからで、そのサイズが近ければ、人間は虫に勝てはしないだろう

 それこそ、魔法を使わない限りは。


 しかし当たり前の話だが、大きければ小回りは利かない。

 スプリガンの能力は多数を相手取るには便利だろうが、一人を相手にするには大袈裟すぎる。

 そしてツキヨの、シュリーカーの能力である死を招く叫びも、多数を相手取るに適しているから、役割がスプリガンと被ってた。


 契約の数をむやみに増やすと、その履行は難しくなる。

 故にツキヨと役割の被るスプリガンとの契約には、然程に魅力的には感じない。

 もちろん実際に会ってみて、強くそのスプリガンが気に入ったなら、考えが変わる場合もあるだろうけれど、少なくとも、今は、まだ。


「キリクに協力して貰うにしても、行くなら冬さ。雪が積もる季節なら、狩人達も森に入ったりしないから」

 僕が少し考えこんでると、クレイは笑ってそう言った。

 あぁ、なるほど。

 スプリガンを守り神だと恐れ敬う狩人達は、僕らが遺跡に近付く事をよく思わないか。

 狩人に何を言われたところで、スプリガンと僕らの問題だと言い張れなくはないけれど、……そこはクレイが育った村だから、色々としがらみはあるのだろう。

 人間は、関係が近い相手の方が、強い態度に出易かったりもするから。


 ノスフィリア王国の冬は厳しく、熟練の狩人であっても雪の積もった森に入り込めば命に係わる。

 けれども僕ら魔法使いは、多少の雪は物ともしない。

 ……まぁ、寒さは身に沁みるだろうが、クレイが調査の季節に冬を希望するなら、それに合わせるとしよう。


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