第173話


 さて、星の灯の襲撃を退けた僕らだが、大変なのはそれからだった。

 何しろそのままでは、僕らが領主の館でその主を襲撃した無法者にされてしまう。

 実際には、襲ってきたのはマリアート男爵の方だけれど、彼の屋敷で、彼の領地で、一体だれが僕らの言い分を信じるだろうか。


 故に僕らは、僕らを信じてくれる大人の力を借りると決めて、ベーゼルの首と、昏倒した執行者、それから同じくツキヨの叫びから逃れられずに倒れていたマリアート男爵を引き摺って、旅の扉でウィルダージェスト魔法学校へと帰還する。

 前線に近いマリアート男爵の屋敷から魔法学校まで転移できるかは、実はやってみなくちゃわからない距離だったけれども、幸いにも僕の実力ならば、十分に転移が可能な範囲内だったらしく、僕らは無事に魔法学校の泉の前に移動ができた。

 昏倒した人間や、更に生首なんて持ち運んだから、魔法学校ではちょっとした騒ぎになったけれど、すぐに会ってくれたマダム・グローゼルは僕らの話を聴いて、事態の収拾に動き出す。


 ……マダム・グローゼルが動いてくれた以上、僕らにできる事はもうなくて、あぁ、ジャックスは向こうに残された兵士達に引き上げの指示を出さなきゃいけないから、教師と一緒にルーゲント公国に行ってたけれど、僕は魔法学校に留まるようにと言われてしまったから。

 当然ながら、ボンヴィッジ連邦の砦を攻める為に協力するなんて話も、それどころじゃなくなった。

 なのでここからは後から聞いた話になるんだけれど、今回の件の後始末は、かなり大変だったらしい。


 まずマリアート男爵は、星の灯の一員という訳じゃなくて、彼らからボンヴィッジ連邦の情報を得る為に協力をしていたそうだ。

 僕らも実際に目の当たりにしたが、前線に近い彼の領地は、ボンヴィッジ連邦の脅威が間近である。

 故にマリアート男爵は、星の灯に協力する事で侵攻等の情報を得、それを活かして領地を守っていたという。

 もちろん、彼にどんな事情があったからって襲われた僕らが許せる訳じゃないんだが、……そうしなきゃ領地や民を守れなかったのなら、気持ちはわからなくもなかった。


 ウィルダージェスト同盟の多くの地域がボンヴィッジ連邦の脅威に直接的には晒されないのは、ルーゲント公国が、或いはそうした前線に近い地域が、被害を食い止めてくれているからに他ならない。

 そこに生きる人々の心に、その事に対する不満が根を張っていたとしても、何の不思議もないだろう。

 僕が見た限り、戦争こそが彼らの生活を豊かにしているという側面があったとしてもだ。


 そして後始末を大変にしたのは、そんな彼らの不満だった。

 僕らに罪がない事を証明し、僕らを守るには、魔法学校は事実を、……僕が狙われた理由は伏せるにしても、起きた出来事に関しては公表するより他にない。

 しかしルーゲント公国の貴族が魔法使いに対する襲撃を手引きしたという事実は、大きな影響をウィルダージェスト同盟に齎す。


 当然ながらポータス王国の貴族、特にジャックスの父親であるフィルトリアータ伯爵は、マリアート男爵、およびルーゲント公国に対して怒りの感情を持つ筈だ。

 同盟として軍を派遣して助けに行ってるのに、それを罠に嵌めようとするとは一体どういう心算なのかと。

 ジャックスが魔法学校に在籍する学生でありながら、国の為に戦場に赴いたという美談も、それに拍車をかける。


 だがルーゲント公国からすると、自分達は魔法使いと星の灯の争いに巻き込まれたのだと感じるだろう。

 自分達はウィルダージェスト同盟の盾としてボンヴィッジ連邦を防いでいるという自負、それから不満が、非難をしてくるポータス王国の貴族や、何よりも魔法使いに対して向く。

 実際、魔法使いが強権を以て事態の収拾に動いているから、彼らにとっては上から自分達に不都合な事実が強引に押し付けられたようにも思えてしまうのだ。


 一体、星の灯がどこまでを狙ってあの襲撃を行ったのかはわからないが、これはウィルダージェスト同盟に、彼らが打ち込む楔だった。


 星の灯の執行者達が尋問で漏らした話によると、僕を捕まえられず、ジャックスも殺せなかった場合は、マリアート男爵を殺してその罪を僕らに擦り付ける用意すらしていたらしい。

 マリアート男爵に関しては守る事なんて少しも考えてなかったから、うっかり殺されていたらと思うとゾッとする。

 どう転んでもいいように練られた計画は、僕らの行動を見てから、昨日今日の準備で行えるものじゃないから、……やはり預言者とやらに、僕らの行動は予知されていたのだろう。

 複数人の執行者、特に魔法を使う優秀な手駒であっただろうベーゼルを失った星の灯が、そこまで織り込み済みだったのかどうかは、わからない。


 実に厄介な相手に狙われてるなぁって、改めてそう思う。

 しかし、僕らは無事に魔法学校に帰ってきたし、ジャックスの初陣も無事に終わった。

 大きな犠牲を出さずに目的は果たせたのだから、今はそれで十分だ。

 バタバタと魔法学校に帰ってきたから、友人達への土産がなにも用意できなかった事が、残念といえば残念だが。


 僕が魔法学校に来て三年目の夏期休暇は、こんな形で終わりを迎える。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る