第172話


 クレイの先輩であったアレイシアは、魔法学校に在籍していた頃のベーゼルと同じ学年だった。

 当たり枠であるベーゼルは学年で最も優れた魔法使いで、彼の在学中、アレイシアは常に二番手以下に甘んじ続けたという。


「何だそれは! どうしてお前程度の魔法使いが、そんなものを持っている!?」

 けれども今、ベーゼルがジャックスを相手に攻めあぐねて、僕が他の執行者を無力化するまでに彼を殺せなかったのは、そのアレイシアがクレイに残し、クレイがジャックスに預けた魔法のお陰だ。

 そう、確かにベーゼルが居た頃は、アレイシアは彼に勝てなかった。

 しかしベーゼルが星の灯の執行者となり、魔法学校からいなくなって以降も、アレイシアは魔法使いとしての研鑽を続け、卒業前には最も強い生徒と目されるようになっていたから。

 彼女の残した魔法は、ベーゼルを寄せ付けず、ジャックスの身を守ってる。


 氷の魔女とも呼ばれたアレイシアが、魔法学校で最も強いと目された理由は三つの古代魔法だ。

 一つ目は攻撃魔法で、這いよる氷蛇。

 打ち砕かれるか、命中するまで左右に蛇行しながら対象を追い続けるという、非常に強力な攻撃魔法だったそうだ。

 二つ目は氷の創造。

 これはアレイシアの意志通りに氷を出現させる魔法で、彼女はこれで氷壁を張って防御したり、地から突き出した氷柱で攻撃したり、或いは氷の檻に相手を閉じ込めたりしたという。

 氷の魔法は、僕らも使えはするんだけれど、この氷の創造という古代魔法は生み出せる氷の規模が大きく、また精密に形状を決めて出す事ができたらしい。


 アレイシアが氷の創造で出した迷宮に惑わされ、這いよる氷蛇が嚙み砕く。

 そんな戦いをしていたから氷の魔女と呼ばれたのだと、戦術同好会の記録には残っている。


 但し彼女が発見した最も強力だと思われる古代魔法は三つ目で、それは吸魔の銀瓶と呼ばれる魔法だった。

 尤も魔法と言っても名前からわかる通り、それは物の名前でもある。

 アレイシアが遺跡から発見し、その効果と使用法を解き明かした遺物が、吸魔の銀瓶だ。

 古代の魔法の道具なのだろうけれど、魔法陣が刻まれている訳でもなく、今の錬金術で生み出された魔法の道具とも異なる、失われた技術で生み出されたと思われる遺物。

 銀瓶とは呼ばれるけれど、その材質も銀ではなく、正体不明の別の何か。


 その効果は、名前の通りに吸魔である。

 つまりは、その銀瓶は魔法を吸い込むのだ。

 もちろん無制限に、ではなく一度に一つの魔法だけで、吸い込んだ魔法は吐き出さないと次の魔法は入らないし、そもそも入れられる魔法にも規模の限度があるそうだけれど、持ち主ではない僕は、具体的な限界は知らない。

 既に魔法学校を離れて久しいベーゼルは、制限がある事はもちろん、その存在すら聞いたことがなかっただろう。

 アレイシアはこの銀瓶を三つ所持していたらしく、クレイはその一つを譲り受け、そしてジャックスに貸し出した。


 ……ベーゼルが在学していた頃、アレイシアは彼をライバルと見て、その背を追っていたという。

 古代魔法を探求する道を選んだのも、ベーゼルに勝つ為だったとの噂を耳にした。

 そのアレイシアが残した魔法が、今はジャックスの手によってではあるけれど、ベーゼルを追い込む一因となってる。

 これも因果という奴だろうか。


 以前にシャムが切り落とした筈のベーゼルの手は全く元の通りに戻ってて、彼は左手に発動体の指輪を填めて、右手に魔法殺しを握ってる。

 ベーゼルは確かに強い魔法使い……、いや、彼は自分が魔法使いである事を捨てているから、魔法も使える手強い執行者ではあったが、僕とジャックスの二人を同時に相手取れる程じゃない。

 ましてやこちらには、正体を隠さずに爪を振るうシャムと、叫び声で執行者達を昏倒させたツキヨもいるのだ。

 彼に勝ち目は、欠片もなかった。


「ジャックス!」

 タイミングを合わせて炎の魔法を放てば、ベーゼルが張った盾の魔法はそれを防ぎ切りはしたけれど、限界を迎えて砕け散る。

 そして生じた隙に合わせて飛び掛かったシャムの爪が狙うのは、ベーゼルの首。


 勝ち目がなくとも、ベーゼルは抵抗をやめないだろうし、彼は隙あらば転移の魔法で逃げるだろう。

 場合によっては既に昏倒させてる他の執行者を、逃がしたり、或いは始末したりされかねない。

 故に他の執行者はともかく、ベーゼルを捕まえるにはあまりにリスクが高いから。


 シャムの爪は一切の容赦なく、……ベーゼルの首と胴を切り離す。

 本当に凄腕の魔法使いなら、或いはそうなっても死なないで済む準備を整えていて、首を切られても逃げるかもしれない。

 不死身のようだったって魔法使いの逸話はこの世界には幾つも残ってるから、そうした魔法もある筈だ。

 けれどもベーゼルは、幾ら実力があっても魔法使いとしての成長は既に止まってて、きっと凄い魔法使いになりたいなんて、もう望んでもなかったのだろう。

 彼の首は地に転がって、その命の炎は消え失せる。 


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