第171話


 悪い予感はよく当たる。

 それは何時もの事なんだけれど、今回ばかりは外れて欲しかった。

 いや、できれば毎回外れて欲しいんだけれども、今回は特に。


 大きなパーティでも開けそうな広い部屋で、テーブルには一杯の歓待の料理が目の前に運ばれてきて……、僕は残念のあまり、溜息を吐く。

 今回の招きで、これが一番の楽しみだったのに。


 僕らの目の前に運ばれてきた料理、更には飲み物からも、ごく僅かにその匂いを感じた。

 普通なら、たとえ魔法使いであっても気付かないだろう僅かな匂いだが、特に錬金術に力を入れて学ぶ僕の感覚は誤魔化せない。

 だから僕は、グラスを手に取ろうとしたジャックスの腕を掴み、その動きを止める。


「駄目だ。……ジャックス、毒が入ってる。これは、痺れ薬だね」

 そう、歓待と言われて目の前に持ってこられた料理には、巧妙に毒が混ざってた。

 魔法生物に由来する毒ではなかったが、即効性のかなり強力な痺れ薬だ。

 もちろん、間違っていればマリアート男爵に対して失礼どころの話じゃないけれど、僕には確固たる自信がある。

 何しろ錬金術4の授業で、普通の毒と魔法生物に由来する毒の違いを体感しろとジォード先生に色々と飲まされたうちの一つだから、間違えよう筈がない。


 腕を掴まれたジャックスは、一瞬どうすべきかと考えた様子だったが、僕に向かって頷いて、

「マリアート男爵、一体これはどういう事でしょうか?」

 強い口調でその意を問う。

 あぁ、一瞬であっても、迷うのは当然だ。

 先程も言った通り、これは間違いであったでは済まない事である。

 ジャックスにとっても、マリアート男爵にとっても。

 まぁ、間違いでなかったとしても、ただでは済まない気もするが。


 けれどもジャックスは、ほんの一瞬迷っただけで、すぐに僕を信じてくれた。

 でも彼に強く詰問されたマリアート男爵は、

「……やれやれ、流石に魔法学校の生徒はよい教育を受けている。ウィルダージェスト同盟も安泰ですな」

 飲み物や料理に痺れ薬が入ってる事を否定もせずに、そんな言葉を口にして、唇を歪める。

 悪びれた様子も、まるでなく。


「いや、それともやはり星の使徒は特別という事か。私は穏便に終わらせたかったのだが、仕方ない」

 そして僕とジャックスは、続く言葉に椅子を蹴って立ち上がった。

 星の使徒、僕を指して使われたのであろうその言葉が、一体何を意味するのかは不明だが、わかった事が二つある。

 一つ目は、もう、マリアート男爵はこちらに対して明確な害意があるって事。

 二つ目は、星の使徒なんて言葉を使うなら、マリアート男爵は星の灯の関係者だろうって事だった。

 要するに、マリアート男爵からの招きは僕らに対する罠で、彼は敵だ。


 僕らが立ち上がったと同時にバン!とドアが音を立てて乱暴に開けられ、複数の武器を持った数人が部屋に雪崩れ込んでくる。

 しかし彼らは、マリアート男爵の屋敷を守ってた兵士ではなく、夜空のような黒い外套を身に纏う、……星の灯の執行者と思わしき者達だった。


「ジャックス、受けずに避けて!」

 その姿を目にした僕は、即座にジャックスに警告を飛ばす。

 先日の襲撃、狙撃を受けた後に、彼には星の灯の執行者が使う魔法殺し、銃に関して説明はしてる。

 だが実際にそれを目の当たりにした訳じゃないジャックスが、何時もの癖で咄嗟に敵の攻撃を魔法で受け止めようとする可能性はあったから、僕の話を思い出して貰う為の警告だ。


 目の前の、料理の置かれていたテーブルが真っ二つになる。

 執行者の一人が、剣で机を切り裂いて迫って来たから。

 正直、星の灯の執行者と言えば銃の印象が強かったから、その攻撃は些か以上に予想外だった。


 咄嗟に後ろに跳んで剣を避けるが、そのせいでジャックスとの距離が離されてしまう。

 連中は元よりそれを狙っていたんだろう。

 僕と分断されたジャックスに向かって迫るのは、僕にも見覚えのある執行者、そう、べーゼルだ。


「使徒様のご友人には、ここで消えていただきます」

 剣を構えた執行者が、僕に向かってそんな言葉を吐く。

 使徒というのは、やっぱり僕のことらしい。


 彼らが僕じゃなくてジャックスを狙って殺そうとする理由は、……あぁ、僕を孤立させる為か。

 友人と一緒に戦場に出て、一人だけ帰ってくる。

 貴族の子弟を守り切れずに死なせてしまった。

 それらの風評は魔法学校から、或いはポータス王国から、僕の居場所を削るだろう。


 それが、マリアート男爵が口にした穏便ではない方法だ。

 逆に言えば彼らには、穏便に事を済ませる用意がある。

 僕らに痺れ薬を使うのもそうだったけれど、それは用意の一つに過ぎなくて、

「つまり僕が君達に投降すれば、ジャックスは殺されなくて済むって事かな?」

 結局のところ、彼らの目的は僕を自分達の手中に収める事だから。

 僕が溜息交じりにそういえば、目の前の、剣を構えた執行者はニヤリと笑って頷いた。


「流石は星の使徒様。ご明察です。ご友人が大切ならば、賢明な判断をなされませ」

 剣を構えた執行者以外にも、三人の執行者が、僕とジャックスの間を塞ぐ。

 その向こう側で、ジャックスとベーゼルは戦っている。

 

 今は星の灯の執行者なんかに成り下がってるけれど、魔法学校に在籍していた頃は当たり枠、つまりその時の学年で最も優れた魔法使いだったベーゼルは、間違いなく強敵だ。

 僕がジャックスに加勢すれば流石に勝てるだろうが、その為には目の前の執行者達が邪魔だった。

 彼らは油断なくこちらを警戒してて、僕がジャックスに加勢しようとすれば、……彼らは命を捨ててでも、その邪魔をするだろう。

 ……けれども、星の灯に降るなんて選択肢は論外だから。


「当然そうするよ。星の灯なんかに頭を下げるような馬鹿な真似は決してしない。君達は、僕の友人を舐め過ぎだ」

 僕は発動体の指輪を填めた右手を振って、その魔法を行使する。

 咄嗟に剣を構えた執行者は、その剣で僕の右手を切り飛ばそうとするけれど……、肩を蹴って飛び出したシャムの爪が、逆に剣を切り裂き折った。

 そして剣の一撃さえシャムが防いでくれれば、他の執行者が魔法殺しを撃とうとしても、向けられた銃口さえ避けてしまえば、弾丸が僕の体に届く事は決してない。


「ツキヨ!」

 僕の言葉に、招き寄せの魔法に、姿を現したのは、町の外の野営地に居残っていたツキヨ。

 彼女は既に状況を、……もちろん細かな事はわからないだろうけれど、僕が敵に襲われているのは察していて、即座に口を開いて短く、しかし大きく一声叫んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る