第170話
手頃な部隊を撃破して、ジャックスが外聞の良い功績をあげて、ではこれにて戦場はお終い……と、なれば実によかったのだけれど、そうあっけなく終わりにはならないらしい。
寧ろその敵部隊の撃破によって、ジャックスの部隊は砦の責任者から使える札だと認識された。
元より、魔法使いを有する部隊という事で注目自体はされていたから、その有用性を僕らが証明した形になるのだろうか。
もちろん僕らの参戦は期間限定で、それが終われば引き上げる事に変わりはないが、その前に予定されてるボンヴィッジ連邦の砦を攻める戦いに、ジャックスの部隊にも参加して欲しいと、砦の責任者から要請が来たのだ。
ジャックス曰く、恐らく最初から僕らの期限に合わせて、ボンヴィッジ連邦の砦攻めは予定されてたんだろうとの事だった。
戦場での魔法使いの価値は、それ程に高いからと。
ただこの要請は打診であり、まだ正式な物ではなく、ちゃんとした要請は形式に則って、僕らが指示を受ける砦の責任者、より正しくは、砦や後方の町や村を領地として所有する貴族、マリアート男爵が自らの屋敷に招いて、そこで行われるそうだ。
要するに、この要請を断るならば、打診の間に、マリアート男爵の招きに何らかの理由をつけて応じない形で断る必要があるらしい。
貴族であるマリアート男爵が口にしたり、書面で要請した事を断ると、彼の顔を潰してしまうからという……。正直、僕にはよくわからない感覚で、妙に回りくどい話なんだけれど、これも貴族の世界の機微ってやつなんだろう。
まぁ、僕の感想はさておき、ジャックスはその要請、つまりマリアート男爵の招きも受ける心算との事だった。
自分に都合のいい功績をあげれば、即座にさようならというのは、やはり後々を考えればあまり良くはないからと。
ジャックスが行くなら、当然ながら僕もそれに同行する。
一応は、その働きをしてるかどうかはともかくとして、僕はジャックスの副官という事になってるから、同行は特に問題がない。
いや寧ろ、こうした場に同行する為に、副官という立場を貰っているのか。
面倒臭い話ではあるが、悪い事ばかりという訳でもなかった。
例えば、そう、食事である。
「男爵の屋敷は町にあるから、前線にいるよりも美味い物が口にできるな」
ジャックスの部隊の食事は僕が魔法の鞄を引き寄せてるけれど、中身はやはり保存の利く物ばかりで、料理人から提供される物には程遠い。
まして貴族の屋敷で出される食事となると、僕も少しばかり興味が湧く。
そして僕らが男爵からの招きを受けて屋敷に行ってる間は、部隊の兵士達も交代してではあるけれど、町で休養が取らせてやれる。
前線で活動していると、肉体的にはともかく、精神的な休養は非常に取り難いから、彼らが町で過ごせる事は、良い息抜きになるだろう。
可哀想なのは、一目で魔法生物とわかる為、町に入れず、貴族の招きにも同行できないツキヨだけれど……、こればかりは仕方なかった。
もうツキヨは長く呼び寄せっぱなしだ。
戻す場所との繋がりも薄くなってるから、帰らせるにはあの洞窟まで僕も同行してつれていく必要がある。
つまりそれだけ、負担をかけてるって事だから、何らかの形でこの御礼はしなきゃならないなぁって、思う。
僕に力を貸してくれるという契約は結んでいるけれど、それはそれ、これはこれだ。
良い関係を築き、維持していくには、相手がしてくれた事に関して感謝と御礼は欠かせないから。
シャムに関しては、もちろんマリアート男爵の屋敷にも連れて行く。
僕が行くならシャムも一緒で、それはジャックスもわかってるから、そう手配してくれていた。
魔法使いであるならば、猫の一匹を連れ歩く程度の酔興は、貴族相手にも許される。
もちろん、シャムの正体がバレると面倒な事になるから、喋れないのは何時も通りなんだけれども。
マリアート男爵の屋敷があるのは、前線の砦から一日程の距離にある、アートレストの町の一角。
領主の館だけあって敷地は広く、建物も他とは比べ物にならないくらいに、頑丈そうだった。
恐らくこの館は、万一町が攻められて防壁が突破された時の、最後の防衛ラインでもあるのだろう。
僕は貴族に詳しくないから、マリアート男爵にどれだけの権力、財力があって、屋敷の内装がどれだけの金を注いで整えられた物なのか、いまいちピンとは来ない。
だが物を見る目は錬金術の傍らにそれなりに磨かれたので……、以前に訪れた事のあるフィルトリアータ伯爵家の屋敷に比べても、決して引けはとらないという事くらいはわかる。
うぅん、でもちょっと、豪華すぎる気がしなくもない。
ポータス王国は、ルーゲント公国と比べると、より栄えた国だ。
そのポータス王国の伯爵と並ぶくらいに、ルーゲント公国の男爵が立派な屋敷を構えてる?
まぁ、僕が訪れたフィルトリアータ伯爵家の屋敷は、王都に置かれた別邸だから、一概に比べるのが間違いなのかもしれないけれど……。
ちらりと様子を伺えば、ジャックスも隠してはいるけれど、驚いてる様子が見て取れる。
前線が近い町というのは、それ程までに金が集まる場所なんだろうか。
首を傾げる僕らを出迎えてくれたマリアート男爵は、鋭い表情の、大柄な偉丈夫だった。
何というか、こちらは屋敷に比べると、如何にも前線が似合うといった風情だ。
「ようこそ我が屋敷へ。フィルトリアータのジャックス殿、この度は我が領民が襲われる前にボンヴィッジの犬どもを退治してくれた事に、心から感謝を申し上げる」
マリアート男爵の振る舞いは堂々としてて、自信に満ちてる。
言葉からも仕草からも、上に立つ者としての風格が、この人に付いて行けば大丈夫だろうと理由もなく思わせるカリスマのようなものが、そこには宿っているような気すらした。
実際、僕もマリアート男爵を見ていると、要請されるというボンヴィッジ連邦の砦攻めも、大して難しい事じゃないように感じてしまう。
だからこそ、僕はそのマリアート男爵に、何とも言えない違和感を覚える。
何故なら貴族の彼が、より多く意識を割いているのは、同じ貴族であるジャックスじゃなくて、不思議と僕の方だったから。
マリアート男爵の瞳が僕を映す時、そこには興味と怯えの入り混じった色が見えた。
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