第168話
ルーゲント公国とボンヴィッジ連邦の国境付近は前線地帯となっており、ルーゲント公国側というか、ウィルダージェスト同盟側は国境沿いに砦を幾つも築いて防衛を固めてる。
ジャックスの部隊が指示を受けてる砦もその一つだ。
砦からは周辺を哨戒する部隊が出て、ボンヴィッジ連邦の動きを警戒しているが、それでも長い国境線の全てを守り切る事は難しい。
だから国境近くは決して安全ではなかったが、それでもそこに住まう人がいる。
前線の兵士らが休暇に訪れる町や、その町で消費される食糧を供給する村。
暮らしに適した地であったり、何らかの利があるならば、人は危険を承知でそこに暮らす。
ポータス王国でも辺境と呼ばれるジェスタ大森林に近い場所で暮らす人々がいるように。
故に時折、砦と砦の間、防衛網の隙間を潜って、ボンヴィッジ連邦の部隊が後方にまで浸透し、ルーゲント公国の村や町が襲われる事もあるという。
「あれもそうした浸透狙いの部隊だな。大軍で動くと砦の警戒網に引っ掛かるから、敢えて数百の、村を焼き払って物資を持ち帰れる程度の数で攻めてきてるんだ」
丘の上から、片目を閉じて移動中の敵部隊を観察していたジャックスが、僕にそう教えてくれた。
どうして片目で見てるのかというと、遠方を見通す視力を与える魔法薬をその片目に点眼してるからだ。
この魔法薬は、そうやって片目のみに使用しないと、逆に近くが見辛くなる。
しかし、なるほど。
真っ向から戦わず、裏を突いて一般の民を狙おうとする部隊なら、ツキヨが悪意が動いてるなんて表現をした事にも頷けた。
尤もこの世界では、兵士が敵国の民を殺そうとするなんて、至極当たり前らしいけれども。
ただそうした思惑で動いてる部隊だから、
「私達の部隊でも捕捉できれば戦いになるな」
ジャックスの功績にするには、実に手頃な数である。
尤も手頃といっても、敵の数はジャックスの部隊よりも少し多い。
三百以上は確実にいて、でも五百には届かないくらいだと思う。
けれどもその内容は、ジャックスの部隊には遠く及ばなかった。
まず明らかに装備が悪い。
距離もあるし、別に見立てが得意な訳でもないけれど、それでもはっきりとわかるくらいに、ボンヴィッジ連邦の兵の装備は安っぽく、更に手入れもおざなりだ。
次にその殆どが歩兵で、馬の姿は三頭のみ。
恐らくその三頭に騎乗してるのが、あの部隊の指揮官、及び副官なんだろう。
最後に兵士の質も、やっぱり良くはないように見えた。
彼らが徴兵された兵なのか、それとも食い詰めて兵の道を選んだのか、或いはウィルダージェスト同盟に対する憎しみから志願したのかはわからないが、どうみても鍛えられた精兵といった風情ではない。
ただ、鍛えられた兵ではない彼らが、破壊と略奪への期待に表情をぎらつかせてる姿を、僕はとても恐ろしく感じる。
まるで人間が、そういう生き物だって言われてるみたいで。
……まぁ、なので、数は向こうが多くとも、内容的にはジャックスの部隊の方が充実していた。
また、ボンヴィッジ連邦の兵にとって、ここは敵地だ。
ジャックスの部隊も地元じゃないから、地の利がないのはお互い様だが、この場所で戦うならば、敵の増援を心配する必要が殆どない。
それに引き換え、ボンヴィッジ連邦の兵はその存在が露見すれば、生きて自分達の国に帰る事は難しくなるだろう。
この違いは、兵士の士気の差となって表れる。
結局のところ、このボンヴィッジ連邦の部隊は、弱い相手から奪う事を目的とした、それしかできない集団なのだ。
それでいて数だけはジャックスの部隊よりも多いから、撃破すれば数で勝る敵を打ち倒したという、華々しい武功を得られる筈。
故に、戦い易く得られる物が大きい彼らは、あらゆる意味でとても手頃な相手だった。
「こいつらを見逃す手はないな。何よりも、見逃せばルーゲントの村や町が襲われる」
ジャックスの言葉に、僕も頷く。
少しばかり都合の良過ぎる相手だと思わなくもない。
ついさっき、星の灯による襲撃を受けたばかりだから、余計に罠を疑ってしまう。
しかしそれでも、国境を越えて侵入してきた敵国の部隊を見逃す訳にはいかなかった。
僕らは、戦争をする為に、自ら望んで戦場に来たのだから、役割と目的を果たす必要がある。
ジャックスの部隊は、食糧等を僕が魔法の鞄による引き寄せで賄っているから身軽だ。
また兵士の練度も高いから、動きの速さは相手の部隊とは比べ物にならない。
今から僕らが戻って動き出せば、恐らく夕暮れ前には、この部隊に追い付けるだろう。
つまり今日中にケリがつく。
逆に今日中にケリをつけねば、連中はどこかの村を襲い、そこを拠点に夜を過ごす。
村人を皆殺しにして占拠するのか、それとも騒ぎを避ける為、略奪はしても多くを殺しはしないのか、それは僕にはわからないけれど。
いずれにしても、ボンヴィッジ連邦とウィルダージェスト同盟の関係からして、被害がゼロって事はあり得ない。
僕らは地図を広げて、ボンヴィッジ連邦の部隊が進む方向を確認してから、転移の魔法で来た道を引き返す。
自分達の部隊と合流し、連中を撃退する為に。
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