第167話
僕は随分と転移を行う魔法の類を使い慣れたが、それでも目印も付けてない見知らぬ場所への転移はリスクが高い。
故に今行える最速の移動は、視界の範囲内へ短距離の転移を繰り返す事だ。
幸い、ジャックスもその魔法は使えるようになってたから、僕が運ぶ必要はなかった。
五回、視界の範囲内に転移をしたら、ツキヨを呼び寄せて、ほんの少し休憩する。
これを繰り返しながら僕らはポンポンと、徒歩とは比べ物にならない速さで南へと移動していく。
「ねぇ、ジャックス。何で急に、一緒に物見に行くなんて言い出したの?」
ツキヨを招き寄せた後の短い休憩中、僕はふと気になった事をジャックスに問う。
どうして僕に同行しようと思ったのか。
それは確かに、僕にとっては都合がよかったが、彼が部隊を離れる理由にはならない。
ジャックスが一体何を考えているのか。
僕はそれが気になったのだ。
「……去年、キリクは誰かに狙われてて、戦場に出ると私達にも危険が及ぶかもしれないと言ってただろう?」
あぁ、確かに去年の夏期休暇の終わり頃、ジャックスに戦場について来てくれと言われた時に、僕は自分が狙われてるって話を彼にした。
それから一年近く、星の灯は僕の周囲で騒ぎを起こしてはいないけれど、それでもマダム・グローゼルの話を聞いた限り、彼らが僕を諦めるとは思えない。
「そいつが何者なのかは知らないが、キリクの強さを知ってて狙い、キリクの強さがあっても警戒しなければならない相手という訳だ」
警戒しなければならない相手……。
恐らく、そうだ。
実は、僕は未だに星の灯という宗教組織がどのくらいに大きな存在なのか、はっきりとは知らない。
ウィルダージェスト魔法学校の中にいる限り、それは遠い脅威だから。
知ってるのは、星の世界の再現を目指してて、魔法使いを憎んでおり、その宗教を作ったグリースターが、僕と同じく星の知識を持ってたって事くらいだった。
「だからそいつの知らない魔法使いが、キリクの傍にいた方が、その狙いを崩せるんじゃないかと思ったんだよ。……その為の魔法も、癪だがクレイから託された」
そう、本当に癪そうにジャックスが言うから、僕は思わず笑ってしまう。
だけどそれは、実際には笑えないくらいに大事なのだ。
クレイがジャックスに託したというなら、それは間違いなく古代魔法である。
つまり自分が研究してる、自分の進む道に関わる成果であるそれを、クレイはジャックスに託した。
少しでも僕から危険を遠ざけようとして。
あぁ、いいや、幾らクレイでも高等部に進んで僅か半年で実践的な古代魔法を解き明かしてるとは思えないから、……そうなると彼と親しかった先輩の、アレイシアが残した魔法かもしれない。
それはクレイにとっては、自ら解き明かした古代魔法よりも、よほど大切なものだろうに。
ジャックスとて黄金科に進んだのだから、古代魔法に関しては思い入れはあるだろう。
それでも、ライバルと目していたクレイから、その成果である古代魔法を託された。
プライドを殺してでも、僕を守ろうと考えて。
本当に、笑えないくらいに、彼らの気持ちがありがたい。
でもだからこそ、僕は笑ってそれを受け取る。
だって、僕がそれを重く受け止めて、申し訳なく思っても、彼らは喜びはしないだろうから。
「そっか、それはとても、助かるよ」
ジャックスには、今まさに彼の初陣に付き合ってる最中だからさておき、クレイには何かの形で借りは返さなきゃいけないなぁと、そう思う。
でもクレイがジャックスに託すなんて、一体どんな魔法だろうか。
問うてみたい気もしたが、それよりも先にやるべき事があった。
シャムもツキヨも既に、いや、きっと僕よりも早くに気付いてる。
僕は軽く発動体の指輪を着けた手を振って、魔法の風でジャックスを吹き飛ばす。
突然の不意打ちに、彼の身体は成す術もなく地を転がった。
そして次の瞬間、先程までジャックスの頭があった空間を、飛来した何かが通り過ぎていく。
飛来した何かは、小さな飛礫。
恐らく単なる石や鉄の飛礫じゃなくて、魔を払う真の銀とも呼ばれる特殊な金属、ミスリルの飛礫だろう。
そう、つまりジャックスを狙ったのは、星の灯の執行者が使うという暗器、魔法殺しだ。
僕にとってわかり易い名前を使うなら、銃の類である。
ただ、以前に僕が星の灯の執行者、ベーゼルに撃たれた銃は射程の短そうな拳銃だったが、今回は随分と遠くから、けれども正確に撃ってきた。
具体的な距離は、測ってみないとわからないけれど、狙撃といっていいくらいの遠距離だ。
随分と精度の高い銃みたいだから、捕まえて奪ってやりたいところだけれど、一撃を外した時点で既に相手は逃げ出している。
本来なら、星の灯の執行者といえども単なる人間は、転移を使える魔法使いからは逃げられないが、残念な事に襲撃者は二人いて、一人はあのベーゼルだった。
……やっぱり、生きてたか。
狙撃をしたのは別の執行者のようだったけれど、それを連れてベーゼルが転移で逃げてしまったから、追うのはとても難しい。
まぁ、それは別にいいんだけれど、問題は彼らが僕らを待ち伏せしてたって事実だ。
短距離の転移を繰り返して移動してた僕らを待ち伏せる事は、あらかじめここを通ると知ってない限りは不可能だった。
故に彼らは、僕とジャックスがここを通り、しかも少しの休憩を取るのすら、予め知ってたと思われる。
どうやらマダム・グローゼルが言ってた預言者は、本当に存在するのだろう。
しかし彼らの襲撃は、預言者からの情報を得ていたにもかかわらず失敗に終わった。
これは、預言者の見る未来も完璧じゃないって証左だろうか。
それとも、その失敗すらも、僕らを次の未来に誘導する一手なんだろうか。
いずれにしても、僕じゃなくてジャックスを狙うあたり、星の灯はやっぱり性質が悪い。
今回の襲撃が失敗したからって、そのまま諦めてくれるような、素直な連中じゃないと思うし。
狙撃は予想外だったから逃走を許してしまったけれど、次はそれも許す心算はなかった。
「ジャックス、ごめん、大丈夫だった?」
転ばしてしまったジャックスを起こす為に、僕は手を差し伸べる。
彼は未だに何が起きたかを把握しきれてない様子だったけれど、それでも素直に僕の手を取って立ち上がった。
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