十五章 小さな魔法生物

第153話


 前期も後半に差し掛かると、僕がやる事はとても増えた。

 自分の錬金術の腕を上げながら、興味がある選択式の授業を受けると同時に、どうする事がイチヨウの望みを叶える道なのかを考え、教え導き、更には夏がくれば同行するジャックスの初陣の為、色々と準備が必要だから。


 ……我ながら、ちょっと抱え過ぎかなぁって気は、少しする。

 ただそんな状況でもどうにかなってるのは、高等部の授業の受け方は基本的に生徒が自由に決められる事と、僕自身の錬金術の実力が随分と向上したからだ。

 錬金術の腕が上がると、指定の納品物の作成も効率よく複数をこなせるし、それができるならば前期は試験を受ける必要すらなかった。

 例えば前回、イチヨウとの戦いで使って見せた、人が使える程度に効果を落とした思考速度を加速させる魔法薬は、シールロット先輩から研究を引き継いだ僕の成果として魔法学校側には製法を伝えてる。

 その功績だけでも、高等部の一年生で必要とされる成果は、或いは二年生で必要な成果も幾らかは、既に満たしているのだ。

 まぁ、それでも授業も試験も、受けれる限りは受けたいけれども。


 もちろんあの魔法薬の研究を始めたのがシールロット先輩であるとは魔法学校側にも伝えたのだが、今はこちらにいない彼女に功績を与える事はできないからと、研究を引き継いだ僕の功績にされたのだろう。

 申し訳ない気持ちは少しあるんだけれど、でもシールロット先輩が遥か遠くの東方にいて、魔法学校で功績を認められても意味がないのは紛れもない事実だった。


 また僕がイチヨウに色々と教え始めてからは、クルーペ先生から回される仕事が、難易度はともかくとして量は明らかに減ったのも大きい。

 どうやら魔法学校側としても、僕がイチヨウと関わるのは都合がいいらしく、色々と配慮をしているのが見て取れる。

 仕事の難しさは僕の成長にも繋がる事だから、あまり落とされても困るけれど、量が減るのは純粋にありがたかった。

 何しろ錬金術には素材が必須で、在庫がない素材に関しては、誰かに売って貰うか、さもなきゃ採取をしなきゃならない。

 金で解決できれば楽だけれど、必ずしもそうだとは限らないので、仕事の量が多いと、採取の回数が増え、そちらに取られる時間も必然的に多くなる。

 だからこそクルーペ先生も、僕に回す仕事の量を、今は減らしてくれてるのだろう。


「そういう訳でさ、ちょっと今月は忙しかったんだ。ごめんね」

 僕が自分の事情を説明して謝ったのは、契約した魔法生物であるツキヨ。

 彼女と結んだ契約は、月に一度か二度は、魔法による呼び寄せを行うというもの。

 今月は一度だけ、それも期限がギリギリになってしまってからの呼び寄せになったから、ツキヨを随分と待たせてしまった。


 契約的には、呼び寄せを行いさえすれば、一度であっても、期限ギリギリでも問題はないのだが、彼女がこの契約を持ち出したのは、少しでも僕に会いたいと思ってくれているからだ。

 なのにそれを待たせているのは、どうにも非常に申し訳ない。


「大丈夫。愛し子が忙しかったなら、仕方ない。……でも、次はもう少し、早く呼ばれると、私は嬉しい」

 ツキヨは首を横に振って許してくれたけれど、やはり放置気味になった事への不満はあるのだろう。

 次は早めに呼んで欲しいと言ってきた。


 あぁ、本当に、そうしなきゃ。

 彼女は多くを求めないが、それでも欲するところは素直に口にする。

 人のように、それを口に出すのが照れ臭いとか、癪に障るとか、そういった感情で黙らないし、言外に察しを求めない。


 思った事がすぐに口から出るというのは、それはそれで善し悪しだ。

 相手が僕だから良いけれど、場合によっては要らぬ言葉を口にして、揉める羽目にもなるだろう。

 例えば……、そう、イチヨウが相手だと、彼は故郷を離れて東の果てにやって来て、気を張っていたから、ツキヨの思ったままの言葉を侮辱と受け取る恐れがある。

 最近はその気の張りようも随分と収まってきたけれど、それでもサムライにとって魔法生物は、妖と呼ばれる敵らしいから、イチヨウとツキヨは非常に相性が悪そうだった。


 実のところツキヨの呼び寄せが遅くなった理由の一つが、それである。

 彼女を目立たないように呼び寄せられるのは、僕の研究室か、或いは魔法学校の周囲の森くらいだ。

 しかし最近では僕をイチヨウが訪ねてくるようになったから、不意の遭遇を避ける為に、研究室での呼び寄せはできなかった。

 すると採取の為に森に入った時に呼び寄せようとなるのだが……、クルーペ先生から回される仕事の量も減って、採取の回数も減った為、魔法学校の周囲の森に入る機会も中々なかったという訳である。


 イチヨウに関わると決めたのは僕だから、別に彼が悪いって訳じゃない。

 というか、別に誰も悪くなくて、単に僕の都合が悪いだけなのだけれど、それで割を食わせてしまったのがツキヨだった。


「会っても大丈夫。私が、勝つ。愛し子は、安心して」

 ツキヨの言葉に、やっぱり会わせられないなって、再確認する。

 ただそれはさておき、魔法学校で過ごすなら、魔法生物は全て敵だというイチヨウの認識は、少し修正した方が良いだろう。


 それが必ずしも間違いな訳ではない。

 魔法生物の多くは人間よりも強く、脅威である事は確かなのだ。

 また価値観も人間とは大きく異なる為、話が通じると思い込むのも危険である。


 けれどもマダム・グローゼルやエリンジ先生、それに僕もそうであるように、魔法生物と契約をしてる魔法使いが、この魔法学校には幾人もいる。

 全ての魔法生物を敵と見做しているようだと、或いはそんな魔法使いとも敵対してしまう恐れがあった。


 もし仮に、イチヨウがシャムがケット・シーであると見抜き、斬りかかって傷付けたとしよう。

 そうなるともう、僕はどんな事情があってもイチヨウを許さず敵と見做す。

 実際には、魔法生物としての気配を絶ってるシャムの正体を見抜く事はまず不可能だろうし、そもそもイチヨウよりもシャムの方が強いから、そんな事態は起こりえないけれども。


 他にも、ファイアホースのように魔法学校が保護してる魔法生物だっているので、イチヨウにはその辺りを理解して貰う必要があった。

 本当は、どれが危険な魔法生物で、どれが比較的安全な魔法生物なのかは、授業で教わるんだけれど、少し前までの彼にはそれを受け入れて考え方を変えるだけの余裕がなかったから。

 まぁ、仕方ない。


「いずれは会って貰うと思うけれど、でも喧嘩しちゃダメだよ」

 僕はツキヨにそう言って、森の中を歩く。

 そういえば、マダム・グローゼルが結界の整備をするって言ってたっけ。

 結界付近では防衛を担う魔法生物が神経を尖らせてるというから、あまり奥には行かない方がいいかもしれない。


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