第152話
「貴殿の強さ、身に刻んで理解した」
幾度かの模擬戦が終わった後、倒れて動かなくなったイチヨウはそう言ったが、残念ながらそれは少しだけ正しくはない。
今見せた僕の実力の殆どは、魔法学校の中で培われたものであった。
この魔法学校というのは、教育も含めた環境という意味だ。
ウィルダージェスト魔法学校で学ぶ者の全てが、ではないし、時間もそれなりに掛かるだろうが、僕と同じようにやり方次第ではイチヨウを圧倒できる者は幾人もいる。
例えば、イチヨウが先日戦ったスパーリグもその一人だろう。
彼は黒鉄科に戦いの技術を磨く為に進んだ生徒だが、恐らく魔法陣の知識もそれなりにあるので、状況次第ではイチヨウを封殺する事は難しくなかった筈。
ただ、そのやり方は外聞が悪く、スパーリグの主義に反し、また異国から来た戦士の戦い方を味わおうとした彼の目的に沿わなかっただけである。
或いは魔法陣を使わずとも、魔法薬や魔法の道具を他の誰かから買う事もできた。
戦術同好会には、僕も魔法薬を提供するって約束はしてるから、仮にスパーリグが希望するなら、対価次第では例の思考速度を加速させる魔法薬だって、譲っていた筈だ。
つまり、そうした色々な物が手に入る状況も含めて、魔法学校という環境が齎す力は実に大きい。
僕がイチヨウに知って欲しかったのは、まさにそこである。
彼がホコチタルの国の為に少しでも力を身に付け、多くを得て帰ろうと思うなら、やるべき事は己の力を認めさせるのでも、今までの続きの武者修行でもなかった。
一年生で教わる基礎の魔法を全て習得し、金を溜めて魔法の発動体をもう一つ買い、二つの魔法を同時に扱えるようになる。
ただそれだけで、イチヨウの実力は大幅に上がるだろう。
もちろん複数の発動体を使いこなすにはそれなりの修練は必要だが、彼なら然程に苦戦はすまい。
魔法学校の生徒と交流し、ホコチタルの国に友好的な魔法使いを増やすのも重要だ。
そうすればウィルダージェスト魔法学校とホコチタルの国の友好関係も深まり、将来的には発動体を含む多くの魔法の品々が、あちらに齎される可能性もあった。
いや、そもそも既に齎されている可能性は、決して低くなかった。
何故なら、今、あちらの国に行っているのは、他ならぬシールロット先輩だから。
もしも彼女が、その妖とやらの被害に苦しむ人々を助けたいと思ったなら、あちらのサムライに力を貸そうとするだろう。
錬金術の天才であるシールロット先輩が力を貸せば、それが限られた期間であっても、齎される物は非常に大きい。
それは誰よりも、他ならぬ僕が、一番よく知っている。
あぁ、……それはちょっと悔しいなぁ。
シールロット先輩に助力して貰えるあちらのサムライ達が、何だかとても羨ましく思えた。
だったらせめて、僕もできる限りを、イチヨウに持たせて帰したくなってしまう。
ホコチタルの国が、シールロット先輩を帰らせたくないと思わないよう、惜しくとも返して、ウィルダージェスト魔法学校と交流を続ける事が得だと思わせるよう、イチヨウにも土産を持たせたい。
なんて、ちょっと女々し過ぎるだろうか?
振られた事はもう納得してるし、割り切れたとは思うけれど、それはそれ、これはこれで、やっぱり再会はしたいから。
自分の成長こそが最も重要ではあるのだけれど、その過程で力を貸せる範囲で、僕はイチヨウを助けようと決める。
いや、元々その心算で戦ったのだけれど、今、漸く自分を動かす気持ちに納得がいった。
「じゃあ、改めてようこそ、ウィルダージェスト魔法学校へ。これから君は多くを学んで多くを得て、強くなるよ。そうなれるように、僕が道を教えよう」
僕が手を差し出せば、イチヨウはそれを握る。
どうやら握手の習慣は、西も東もあるらしい。
本当なら、それは教師がやるべき事だったのかもしれないけれど。
マダム・グローゼルは生徒にそれを任せたかったのだろう。
ぶつかり合いで誰かとその関係が生まれる事を期待したのか、或いは僕が動くと予想してたのか。
実は期間が決められていて、その間に生徒との間に何らかの関係が生まれたり、イチヨウの態度に変化がなければ、教師がどうにかしたのかもしれない。
まぁ、それでも別に構わなかった。
僕だって、教師でなく、シールロット先輩から学んだ事はとても多い。
イチヨウは同い年ではあるけれど、魔法学校にやって来たのは彼の方が後で、割り振られたのも初等部の一年生だから、後輩だ。
先輩として、後輩に道を示すいい機会だ。
僕もそうして貰ったのだから、僕だってそうしたいと思ってる。
やるべき事は、とても多い。
一年生で教わる魔法の重要性の説明。
イチヨウが魔法の発動体を買えるように、仕事を紹介してやる必要もあるだろう。
別に僕が作ってもいいんだけれど、彼の性格なら、自分で手に入れる方が良さそうだから。
そしてイチヨウが魔法をある程度でも理解してきたら、本校舎の三階を歩けるようにしよう。
仕掛けられた魔法を察知する事は、コツがわかれば彼にもできる筈。
本校舎の三階を歩ければ、多くの生徒は彼を戦い以外でも高等部並みの実力があると認めるだろうし、戦術同好会にも顔を出せる。
高等部の生徒との繋がりは、イチヨウに多くの刺激と成長を齎す。
また同時に、彼の存在が他の生徒にも影響を与えるかもしれない。
僕だって、イチヨウから学ぶ事はきっとある。
それが何なのかは今はまだわからないけれども。
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