第151話
本校舎の地下の闘技場で、僕とイチヨウは向かい合う。
観客は、立会人のシギ先生と、シャムのみだ。
イチヨウの目的は耳目を集めて自分の力を見せ付ける事だけれども、今回は僕が強引に人払いを手配した。
何故なら、これから行う模擬戦はイチヨウの弱点をあまりに露わにし過ぎる。
鋭い人は、この前のスパーリグとの模擬戦を見て既に気付いているだろうけれど、まだ大っぴらになってる訳じゃないから。
それに、あまりに容赦がなさ過ぎて、僕にもまた怖がられるような評判が立ってしまうかもしれないし。
「……お二人とも、準備は良いですね? それでは、始めてください」
シギ先生が出してくれた合図に、先に動いたのは僕。
イチヨウとの戦いで全力を出すと決めた時から、動き方は決めていた為、動きに一切の躊躇いはない。
左手で懐から取り出した小袋を上に放り、右手の杖をサッと振る。
使うのは、思い通りに風を吹かせる単純な魔法。
更に同時に、指輪の発動体も使用して、鎧の魔法も使用した。
鎧の魔法は、初等部の一年生で教わる魔法で、戦闘学で使用する三つの防御呪文の一つだ。
盾の魔法や貝の魔法程の防御力はない為、使用頻度は低めだが、身体全体を保護してくれて、更に使用しながら動く事もできる。
杖で風、指輪で鎧の魔法。
これで僕が同時に使える魔法は使い果たした。
風に逆らってイチヨウが近付いてくると、例の斬撃を鎧の魔法では防げずに僕の負けとなるだろう。
……しかし、残念ながらそうはならない。
何故なら今吹いているこの風には、僕が上に投げた小袋から撒き散らされた、毒の粉が混じるから。
甘痺茸の胞子は、吸い込むと強く身体が痺れて、やがては動けなくなってしまう毒。
また火蛾の鱗粉は、皮膚に付着するだけで身体が熱を発して動きが鈍ってしまう毒。
吸い込まなければならないが、人が動けなくなる程に強い甘痺茸の胞子の毒と、動けなくなる程ではないが、付着するだけで効果を発揮する火蛾の鱗粉を、錬金術で組み合わせると、両者の強みを兼ね備えて、更に強化した毒ができる。
今、撒き散らして風に乗せているのは、僕が錬金術で作った、その両者の強みを備えて強化された毒だ。
イチヨウが如何に動きに優れていても、たとえ無呼吸で長時間動き続けられたとしても、この毒の効果からは逃れられない。
一方僕は、防御力は低いとはいえ、全身が鎧の魔法で保護されているから、毒の粉が肌に付着する事はなかった。
故に、ただ風を操り吹かせ続けるだけで……、程なくイチヨウは、何もできずに地に倒れて動かなくなる。
まずは、これで僕の一勝だ。
恐らく彼には、自分の身に何が起こったのかもわからないだろう。
離れた場所にいるシギ先生は、流石にやり過ぎだと言わんばかりに僕を軽く睨んでるけれど、どうかもう暫くは口を挟まずに見ていて欲しい。
これが模擬戦にしてはやり過ぎだって事くらいは、僕だって十分に理解していた。
しかし、今のイチヨウにはこれが必要だと思うから。
僕は悪びれずに、懐から取り出した毒を無効化する魔法薬を辺りに撒いて、それからイチヨウに近付き、解毒薬を飲ませる。
「さて、これですぐに痺れは消えると思うよ。言ってた通り、僕の勝ちでしょう? ……って言っても、これだと納得できないだろうから、もう一勝負といこうか」
まだ痺れが残っていて動けぬイチヨウに、僕は言う。
当然、この勝ち方で僕の実力を素直に認めるのは難しいらしく、彼は物凄い目でこちらを睨んでる。
「あぁ、心配しなくても、次は毒は使わないよ。一つずつ手札を縛るって言ったでしょ。他にも毒はあるけれど、それだと君の命が危ないからね」
軽く笑いながら、僕は懐から取り出した魔法薬を口に含む。
少しすると、解毒薬の効果で動けるようになったイチヨウが飛び起きて、そのまま一気に襲い掛かって来た。
もう、何も小細工はさせないと言わんばかりに。
けれども残念ながら、既に小細工は済んでいる。
僕はただ、イチヨウが飛び起きると同時に口に含んだ魔法薬を飲み下し……、彼の斬撃をひょいと躱して、その腹に思い切り拳を叩き込んだ。
ケット・シーの村で、妖精の領域を庭のように育った僕は身体能力も高く、魔法使いの中では近接戦闘もこなせる方だろう。
だが流石に見習いとはいえ、幼い頃から刀の使い方を学び、磨いてきたサムライのイチヨウとは、近接戦闘の技術は比べるべくもない。
当然ながら、僕の方が低いって意味で。
ではどうして、彼の斬撃は僕にかすりもせず、逆に僕の拳はイチヨウの腹を捉えたのか。
その理由は、先程飲み下した魔法薬にあった。
以前、僕が妖精の領域から持ち帰った時忘れのベリーからシールロット先輩が作りだした、思考速度を加速させる魔法薬。
当時はあまりに効果が強過ぎて、とても使い物にならなかったあれを、実用的な範囲にまで効果を薄めた物が、先程ぼくの飲み下した魔法薬だ。
途中までは、東方に旅立つ前のシールロット先輩が研究してて、僕はそれを引き継いで、ひと月ほど前に完成させた。
流石に思考速度を加速させるなんて代物は、実用的な範囲にまで効果を薄めても使いこなすには慣れが必要だったけれども、僕は完成前にも何度も何度もこの魔法薬を飲んでいるから、誰よりも加速した思考速度に慣れている。
この魔法薬を服用した状態だと、まるで時がゆっくりと流れているかのように、体感時間も引き延ばされるから。
イチヨウの動きもしっかりと見る余裕があって、近接戦闘の技術差なんて、まるで関係がない。
尤も欠点も一つあって、この状態だと、些か力加減は難しかった。
力を抜き過ぎたのか、それとも訓練を積んだサムライは頑丈なのか、腹を抉る拳には耐えたイチヨウだったけれども、だからこそ何度も攻撃を僕に躱され、さらに複数の拳をその身に受ける事になる。
己が拠り所とするサムライの刀の技が、単なる魔法使いに通じず、拳で殴られる事の無力感、絶望感はどれ程に大きいだろうか。
嬲る趣味はないんだけれど、どうしても今はそうなってしまっていた。
膝を突き、倒れ伏したイチヨウに、僕は安堵の息を吐く。
戦いの緊張感が解けたからではなく、もうこれ以上は彼を殴らなくて済む事に安堵して。
「今のは、魔法薬の効果だよ。安心して、何もなしで戦えば、接近戦じゃ、僕は君に勝てないから。ただそれでも、僕の二勝目だ。……まだ納得できないなら、次は魔法薬を使わずに戦うよ」
僕は、思考速度の加速を終わらせる解除薬を飲んでから、シギ先生に治療を受けてるイチヨウに対して、そう言った。
シギ先生はまだやるのかと、やっぱり僕を睨むけれど、彼は治療を受けながらも一つ頷く。
心は、まだ折れてないらしい。
……だが、毒を使った時とは違って、今のイチヨウの表情には、どこか納得したような雰囲気がある。
僕の実力を認めた上で、どうせなら全部を見たいと思ってるような、そんな顔を、今の彼はしていた。
魔法使いの力を、少しはわかってくれたのだろうか。
次は魔法の道具だ。
生きている剣を複数嗾けながら魔法を使って戦えば、一つの発動体しか持たぬ彼の処理能力を超えられる。
その次は、単純に魔法だけで相手をするが、こちらは発動体が二つあるから、短距離を転移する魔法を二度使って、距離を取ってしまえばそれで済む。
同じくサムライの技で転移ができるイチヨウも、一度じゃ僕に追い付けない。
徹底的に距離を保って戦えば、魔法使いである僕がやっぱり有利だから。
僕の力といえば、他には契約した魔法生物のツキヨがいるけれど……、彼女の力は加減がし難いから、今回は見送った。
仮にツキヨに加減をさせて、そのせいでイチヨウの斬撃が彼女を傷付けてしまえば、僕も後悔するだろうし。
発動体の数も彼に合わせれば、勝負の行方はわからない。
もちろんその勝負は、イチヨウがそこまで戦意を保っていたらになるけれど、……やるとしたらどう戦おうか。
少しばかり楽しみだ。
「もう一手、いざ勝負」
シギ先生の治療が終ったイチヨウは、僕に向かって木刀を構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます