第150話
「ようこそ、僕の研究室へ。お茶を入れようと思うんだけど、飲むかな?」
フィルフィからの頼み事を引き受けて、イチヨウとの戦いを決めた僕。
模擬戦を見て東方のサムライ、その見習いであるイチヨウの実力を確認した僕の次の一手は、彼を自分の研究室へと招く事だった。
先日の模擬戦を見る限り、僕が手段を選ばずに戦えば、イチヨウに負ける可能性は限りなく0に近いだろう。
模擬戦で彼が見せた実力は確かに優れていたけれど、結局は魔法を幾つか使える戦士の域を出なかった。
イチヨウの強さはシールロット先輩に錬金術を使った戦い方を教わる前の僕と同じで、少しばかり戦いが得意なだけだから。
「いや、結構。某は敵地で出された物を口にはしない」
そう言って首を横に振るイチヨウに、僕は思わず笑ってしまう。
彼がここにやって来たのは、研究室で話をした後なら、勝負を受けると僕が言ったから。
なので彼にとっては既に戦いは始まっていて、僕は敵で、ここは敵地だと思ってるのだろう。
いやはや、実に立派な心掛けである。
「そうだね。魔法使いに勧められた物を飲むのは危険があるから賢明だと思うよ。でも無意味かな」
僕はそう言いながら、沸かした湯を茶葉を詰めたポットに注ぐ。
確かに、この茶葉はウィルダージェスト魔法学校の周囲の森で採った物だから、市販品とは少しばかり違う。
けれどもその効果は精神の安定、リラックス、及び滋養強壮なので、身体に害は全くない。
「だって君を相手にするのにそんな小細工は必要ないし」
そしてそもそも茶に毒を混ぜる必要もなかった。
僕が小さく杖を振ると、サッと風がひと吹きする。
毒を盛りたいなら今の風に乗せれば、それで十分事足りるだろう。
しかしイチヨウは、僕の言葉にも風にも、その場を動きはしない。
いや、一瞬だが、ピクリとは反射的に動いたのだが、それ以上は自分の意思で押し留めた。
……この程度の挑発じゃ動かないのか。
片っ端から勝負を挑むなんて真似をしてる割に、慎重で思慮深い。
つまりそんなイチヨウが実力行使に出ざるを得ないくらい、彼は今の待遇に強く不満を覚えているって事だ。
「では一体、どうして某をここに招いた?」
そう問うイチヨウに、僕は頷く。
これまで、正直に言えば、僕は彼の事をあまり良くは思えなかった。
魔法学校から東方に行ったシールロット先輩の替わりがこれなのかと、思わずにはいられなかったから。
だがこうして話してみれば、……そう、イチヨウは恐らく、中々に良い奴なのだろう。
少なくとも、積極的に嫌える人柄はしてなさそうだ。
今はここを敵地と認識し、僕への警戒を剥き出しにはしてるが、それでも振る舞いはなるべく礼を失さないようにとしてるのがわかる。
「話して君の事を知りたかったし、逆に知って欲しかったんだよ。魔法使いの強さは単純に殴り合う事だけじゃないって。……君に求められてるものもそうだよ。仮にこのまま勝利を重ねても、魔法学校は君を認めて待遇を変えたりはしない」
一人の生徒に過ぎない僕が、魔法学校を代表するかのような言葉を吐くのはあまりよろしくないけれど、それでもこれには確信があった。
そもそも、今のイチヨウの待遇は、魔法学校側とて別に意地悪でそうしている訳ではない。
……いや、彼が不満を抱いてぶつかるところまで予測していて対処してないなら、十分に意地は悪いか。
ただ、幾らかの魔法は使えるとはいえ、魔法使いが扱う魔法に関しての基礎知識がないイチヨウを、魔法学校としては一年生と共に学ばせるより他にないのも確かである。
その事は、彼も薄々気付いてはいるのだろう。
僕の言葉を否定せず、歯を食いしばって俯いた。
「ホコチタルの国は、多くの妖が蔓延る地だ。人々の暮らしを守るのが我らサムライの務め。それを置いてこのような西の果てに来るならば、できる限り己を高めねばならない」
喋るというよりは、口から漏れるようなその声は小さいけれど、籠められた感情は深くて重い物である。
妖というのが、東方での魔法生物の呼び方らしい。
あぁ、イチヨウの不満は、彼の責任感から来るものだったか。
サムライの見習いという話だったが、口ぶりからすると妖、魔法生物と戦うという仕事は、既に何度も果たしているのだろう。
「杖から火を出してはしゃぐ子供らと遊んでる暇は某にはないのだ。それならば、上級生を相手に立ち合いをした方が、まだしも意味はあろうさ」
そりゃあイチヨウからすると、初等部の一年生は子供にしか見えなくても無理はなかった。
流石に、前期も三ヵ月が過ぎれば、火を出す以外にも多少は魔法を使える筈だが……、あぁ、でも新しい魔法を覚える度にはしゃぐのは、変わらないか。
ウィルダージェスト同盟の国々では魔法使いは強い力、この場合は世俗に及ぼす影響力って意味での力を持っている。
だからそこに生まれた子供達は、胸の内に魔法使いへの憧れを抱いて育つ。
そうなれる可能性はとても低いが、しかし皆無ではないから、もしかするとって思いながら、密かに期待しながら、十二歳までは年を重ねるそうだ。
故にその密かな期待が叶った子供達は、魔法が使える事への喜びが隠し切れない。
僕は育った場所が違うのであまりピンと来なかったが、初等部の頃のクラスメイト達はそうだったように思う。
……後は、新しい魔法の習得は、それに苦戦した生徒程、嬉しそうにしてたっけ。
少し傲慢な事を言うけれど、僕にとって魔法は教われば使えて当たり前だから、習得の喜びはあまり大きくなかった。
しかし一つの魔法の習得に時間が掛かる者は、費やした時間と労力の大きさの分だけ、喜びもまた大きいのだろう。
だがイチヨウには、その喜びようが、杖から火を出してはしゃいでる……、という風に見えてしまったのだ。
これは、仕方がない。
生きて来た場所が違うからこそ、互いの価値観にはズレがあり、すれ違いが生じてる。
彼にとってここは西の果てで、そこに生まれた子供達が、魔法使いにどういった感情を抱いてるかなんて、理解しろって方が無理だろう。
余裕がある状況ならともかく、今のイチヨウは遥か彼方の異国にたった一人で来ていて、気を張り詰め、余裕が全くない状態だから。
どちらも別に、悪い訳じゃない。
僕はイチヨウも、初等部の一年生達も、どちらも否定はしないけれども。
生じたそのすれ違いは、僕が強引に修正しようか。
「そうかもね。……でも、それでもここに来た以上、君は魔法を、それから魔法使いを知らなきゃならない。それが決して無意味じゃないって事は、同い年の僕が教えてあげるよ」
まずはイチヨウからだ。
彼には魔法使いがどれだけの存在か、教え込む。
この魔法学校で学ぶ事で、いかに多くを身に付けられるかを、同じ年齢の僕が証明してやろう。
本来は教師の仕事な気もするけれど、留学生とはいえ一生徒にそこまで肩入れをすると、他の生徒の不満が溜まるのかもしれないし。
「でも口で言われても納得できないだろうから、まずは力を見せようか。最初は全力で行く事にするよ。だけど何度も挑んでいい。僕はその度に手札を縛って、少しずつ君に合わせてあげるから、納得できるまで付き合うよ」
受け取り方によっては酷くイチヨウを低く見てる言葉だが、まぁ、仕方ない。
何故なら彼もまた、魔法使いをあまりに低く見過ぎてる。
それに何より、僕とイチヨウにはそう言うしかないだけの差が存在してるから。
毒、魔法薬、魔法の道具と手札を縛っていって、最終的には発動体の数まで同じにすれば、恐らく彼が勝つだろう。
実際、条件が同じならば負けると思えるくらいには、イチヨウは強いのだ。
さて、一体彼はどの時点で納得するだろうか。
今は、僕が全力で行くといった意味を、まだ彼は理解すらしていない。
僕の言葉にも、静かに怒りと戦意を滲ませて、戦いの時を待っている。
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