第149話


 イチヨウの目的は自分の実力を示す事なので、戦う姿を隠さない。

 だから高等部の生徒が幾人も負けると、彼の模擬戦は段々と人目を集め出す。

 それまでは東方から来た魔法使いではないけれど、魔法と無縁でもない何かが、初等部で暴れているというくらいの見られ方をしていたのが、高等部の生徒が負ける事で、イチヨウの実力や戦い方の方に注目が向かいだしたのだ。


 恐らくこれは、いい傾向ではあるのだろう。

 やり方は、やっぱり随分と拙いが、それでも確かな実力があるならば、魔法学校の生徒も多くはそれを認める。

 ただ問題があるとすれば、生徒達がイチヨウの実力を認めたところで、別に彼の待遇が変わる訳じゃないって事なんだけれども……。

 まぁ、魔法に関しての知識がなく、この魔法学校に対しても理解をしていないのなら、正しく今の状況を変える方法なんて、思い付く筈もないか。


 いずれにしてもイチヨウの模擬戦はまばらにだが見物人が出始めてるから、その一人として彼の戦い方を見るのは、とても容易い事だった。


「シャム、どう思う?」

 周囲の意識が、構えを取ったイチヨウに完全に向いてるのを確認してから、僕は小声で肩のシャムに問う。

 今、模擬戦の場であるグラウンドでイチヨウと向かい合っているのは、高等部の二年生である、スパーリグ。

 彼は戦術同好会にも所属してるから、何度か顔を合わせた事がある生徒だ。


 何でも、他に道がないからではなく、戦い方を学ぶ為に自ら進んで黒鉄科に入ったという、かなりの武闘派だった。

 つまり高等部の二年生の中でも、戦いに関しては、上から指折りに数えた方が早いくらいの実力者だろう。

 以前、僕が初等部の一年生だった頃に行われた、上級生との模擬戦ではスパーリグを見なかったけれども、あの時の二年生は実力よりも身分で代表を決めてたから、それは彼の実力を疑う理由にはならない。


 僕の友人で言えば、ガナムラが同じように、戦う力を磨く為に進んで黒鉄科に入っている。

 最近、会う機会はないけれど、きっと彼も強くなっているんだろうなぁと思うと、何だか妙に懐かしくなってしまう。


「かなり動けそうだね。アレで見習いなら、サムライっていうのは相当強いんだろうね」

 耳元で囁くシャムの声には、ハッキリと称賛の色が宿ってた。

 これまで、この魔法学校でシャムから似たような評価を受けたのは、戦闘学の教師のギュネス先生のみである。

 要するに、どんな戦い方をするのかはまだ不明だが、身のこなしはギュネス先生並の可能性があるって事か。


 思わず、少し顔を顰めてしまう。

 二年生の終わりに、ギュネス先生に二度目の敗北を喫したのは、まだ記憶に新しいから。

 尤もあれは、ギュネス先生の身のこなしが問題だったんじゃなくて、そちらはどうとでもなったけれど、豊富な戦闘経験に敗れたって形だけれども。


 だが僕が、次の言葉を探してる間に、イチヨウとスパーリグの模擬戦は始まった。

 イチヨウの実力はまだわからないが、スパーリグは確実に実力者だ。

 見る限りでも、発動体を杖以外に腕輪を一つ身に付けている。

 彼は貴族の出身ではないから、恐らくあの腕輪の発動体は、自分で稼いだ金で買ったのだろう。


 錬金術で魔法薬や魔法の道具を売って稼げる水銀科と違い、黒鉄科の生徒が金を稼ぐなら、人に害をなす魔法生物を狩って、その素材を売り払うのが一番手っ取り早い。

 なのでスパーリグは、魔法使い同士の模擬戦ばかりでなく、魔法生物を相手にした実戦の経験も、それなり以上に積んでいる筈。

 或いは僕の出番はなしに、イチヨウの件がここで解決する可能性も、決して低くはなかった。


 先んじたのは、スパーリグ。

 大胆にも彼がイチヨウから目を離して後ろを振り向きながらサッと杖を一振りすると、姿がその場から消えてなくなる。

 短距離の転移魔法で、イチヨウと大きく距離を稼いだのだ。


 サムライも剣士の類だと考えれば、得手とするのが近接戦闘なのは間違いない。

 だから距離を稼ぐのは効果的な一手ではあるのだろうけれど、……戦いの最中に相手から視線を外して魔法を使うには、途轍もない胆力が必要だった。

 胆力を鍛えるのは、新しい魔法を覚えたり、戦い方を磨くよりもずっと難しい事だから。


 けれども次の瞬間、僕は思わず目を疑う。

 短距離とは言え、瞬間的に移動したスパーリグに対して、イチヨウが何時の間にかぴったりと張り付いて距離を詰めていたのだ。

 足の速さでどうにかなる距離じゃない。

 つまり、イチヨウもスパーリグと同じく、短距離の転移を行使したって事になる。


 一体どこでそれを学んだのか。

 まかり間違っても、ウィルダージェスト魔法学校に来てからではない筈だ。

 彼が授業に加われる初等部の一年生はもちろん、二年生でも、この時期ならそれを教わったばかりで、使いこなせる生徒は碌にいない。

 となればこの学校に来る前、東方のホコチタルの国にいた頃から、イチヨウは短距離の転移を使えていたのだろう。

 東方のサムライといえば、手にした木刀で何でも切り裂く剣士だと聞いていたけれど、思った以上に魔法を……、彼等にとっては剣の技になるのかもしれないが、多彩なそれを使いこなせるらしい。


 しかし、一瞬で距離を詰めたイチヨウの木刀の一振りは、その接近に気付いて咄嗟に盾の魔法を展開したスパーリグの障壁に、ガツンと防がれる。

 ……なるほど。

 これは持ってる発動体の差か。

 スパーリグは杖以外に、腕輪の発動体を持っているから、短距離の転移の後でも咄嗟に障壁を展開できた。

 けれどもイチヨウはあの木刀以外に発動体を持っていないから、短距離の転移の直後に放った一撃は、鉄をも切り裂くという斬撃ではなかったのだ。


 これは明確にイチヨウの弱点だろう。

 魔法使い同士の戦いは、持っている、或いは使いこなせる発動体の数の差が、手数の差に直結する。

 流石に四つも五つもとなると、そんなに多くの魔法を一度に使ったりしないから、あまり意味はないんだけれど、一と二の差はとても大きい。


 だがイチヨウは盾の魔法の障壁を気にした風もなく、体捌きで掻い潜るように動いて、更に木刀を振るう。

 この一撃はサムライが振るうという、魔法の力を宿した斬撃で、スパーリグが杖を使って展開したもう一枚の盾の障壁を、軽々と切り裂き破壊する。

 あんな風に攻め立てられればスパーリグは、自分が発動体の数の差で有利である事にも気付く余裕がない。

 そしてそのまま、伸びた木刀の切っ先はスパーリグの喉に突き付けられて、模擬戦はイチヨウの勝利となった。


 あぁ、実に鮮やかな勝利だ。

 相手のスパーリグも確かな実力者で、尚且つ十分に警戒をしていたのに、それでも強みを押し付けられて、封殺されてしまってる。

 イチヨウはまだ技の全てを見せた訳じゃないだろうし、見習いだというけれど、今の時点でも相当な使い手だと言っていい。


「シャム、どう思う?」

 僕は再び、シャムに小声でそう問う。

 一字一句変わらず、さっき全く同じ問いを。


「……それって、答える意味ある?」

 シャムは少し呆れたように、小さくそう呟いた。

 何というか、ちょっとつれない態度である。

 でもまぁ、シャムの言う通りだろう。

 確かにイチヨウは強いけれども、今の彼が相手なら、全力を出せば負ける気は少しもしない。


 むしろ問題は、イチヨウと模擬戦を行うにしても、何時、どこで、僕がどれだけ手札を縛って戦うかになるから。



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