第144話
「あぁ、来てくれたか。よかった。君が三階を行き来する姿は目にしてたからね。このまま来てくれなかったら、どうしようかと思っていたよ」
そう言って僕を出迎えてくれたのは、とても大柄な、高等部の三年生と思わしき男子生徒。
どのくらいのサイズかって言うと、初等部の頃に戦闘学を担当していたギュネス先生より、更に一回りか二回りは大きいだろう。
つまり僕からすると、互いの距離によっては見上げなきゃいけないくらいに背も高かった。
「僕の事、ご存じなんですね。キリクです。よろしくお願いします」
知られていても、名乗りは礼儀だ。
僕は自分の名前を告げながら、差し出された手を握る。
身体が大きいと、やっぱり手のサイズもそれに比例していて、交わした握手も、僕の手が相手の手に飲み込まれたかのように錯覚してしまう。
……何だか、うん、ちょっと悔しい。
「あぁ、ギュネス先生にキリク君の事は絶対に同好会に誘えって言われてるからね。あぁ。私はバーリー、この戦術同好会の、今の会長を務めているんだ」
バーリーと名乗った男子生徒、戦術同好会の会長は、そう言ってから握る手の力をグンと強くする。
どうやら体格に恵まれてるだけじゃなくて、熱心に鍛えてもいるのだろう。
彼の握力は、僕が知る人間の中では誰よりも強かった。
発言や物腰は穏やかなのに、手に込められた力は闘争心に満ちている。
だが体格で上回られてはいても、妖精の領域で育った僕の握力は、普通の人間の比じゃない。
いや、握力だけじゃなくて、全身の全ての力が、僕は少しばかり人間離れしてるから。
向こうが込めた力とほぼ同量の力で、僕はバーリーの手を握り返す。
僕は初対面の人をやり込めようとする程に大人気なくはないが、かといってやられっぱなしを許す程、お人好しでもない。
暫くの間、僕とバーリーは無言で握手を続けて、……やがて向こうが、スッと手の力を抜いた。
力比べ、もとい、挨拶の握手は終わりらしい。
僕が彼の手を放すと、
「ははは、話は聞いてたけれど、凄いね。私は、これまで力比べで負けた事はないんだが、……もしかして、筋力を強くする魔法薬とか、使ってる?」
バーリーは苦笑いを浮かべながら、僕にそう問う。
……あぁ、それもいいかもしれない。
恐らく彼は冗談の心算で言ったんだろうけれど、僕が筋力を魔法薬で増強すれば、それは強烈な武器になる。
或いは魔法生物ですら怯ませられるくらいの威力を、素手……、だと僕の手も壊れてしまうので、ナックルダスター辺りを使って出せる筈だ。
魔法使いが行う威力のある攻撃と言えば、やはり魔法になるから、強烈な拳の一撃というのは相手の意表を突けるだろう。
「今は素の力ですけれど、それも良い手かもしれないですね。今度、何本か魔法薬を作ってみます」
僕が真面目にそう答えれば、バーリーもまた笑みを消して、真顔で頷く。
彼も、戦術同好会の会長だけあって、それがどれ程に有効なのかを、ちゃんと理解したらしい。
「あぁ、とても良いと思う。そして済まないが、もしよければ、その魔法薬が完成したら、私にも少しばかり分けて貰えないだろうか。もちろん対価は支払う。私も、君程じゃないが、力には自信がある方だからね」
そして有効だと思った手は、すかさず自分も取り入れようとするあたりは、流石としか言いようがなかった。
バーリーが会長を務める戦術同好会は、所属する科の区別なく、戦における魔法使いの戦術や、魔法使い同士の戦いの技法を、学び研究する同好会だ。
高等部からは戦闘学はなくなり、黒鉄科以外を選んだ生徒が、戦いに関して学ぶ場はなくなる。
他の古代魔法、魔法陣、錬金術に関しては、専攻する科を選ばずとも、選択式の授業で限定的ではあってもそれらを学ぶことができるのだけれど、戦闘学にはそれがない。
というのも、ハーダス先生の改革が行われる前、黄金科、黒鉄科、水銀科がまだ対立していた頃は初等部もなく、戦闘学なんて授業は存在しなかった。
他の科に対抗する為に戦いの技術は磨かれていたけれど、それは個人が独自に編み出し、親しい仲間や後輩に、厚意で共有していたそうだ。
またそうした戦いの技を最も重視して磨き、共有する範囲も広かったのが、力を重視する傾向のあった黒鉄科だったという。
今の戦闘学の授業で学ぶ技法は、その頃に黒鉄科で磨かれたものがベースとなっているらしい。
改革によって初等部が科と切り離されて誕生し、生徒の身を守る為に戦いの技を教える戦闘学の授業も生まれたのだが、元々戦闘学の存在しなかった高等部、というよりも各科にまではそれを持ち込まなかったのだ。
或いは、それは黒鉄科の出身であるハーダス先生が、黒鉄科の優位を守る為に行った贔屓だったのかもしれない。
その結果、黒鉄科は戦闘学を専門科目にまで引き上げ、他に道を選ぶ余地がなかったからという理由であっても、他の科よりも多くの生徒が集まっている。
あぁ、随分と回りくどい言い方になったけれど、高等部で戦いを学ぶ場が黒鉄科以外にないのは、元々なかったのがそのままになっているだけって話だった。
しかし学校側がその場を用意せずとも、黒鉄科以外に進んだ生徒の中にも、もう少しばかり戦いの技を磨き、学びたいと思う生徒がいるのは当然だ。
何しろ、他の科を選んだ生徒の中には、初等部の頃は黒鉄科に進んだ生徒よりも、戦闘学で良い成績を修めていた者も、決して少なくはないのだから。
故に、そんな一部の生徒が集まって、戦術同好会を立ち上げた。
ただ、その戦術同好会を立ち上げた生徒達にとって予想外だったのは、黒鉄科に進んだ一部の生徒も、その戦術同好会に加わった事だろう。
既に戦いを学ぶ場を持ってる彼等が、どうしてわざわざ戦術同好会に加わるのか。
それは、古代魔法や錬金術を使う魔法使いとの戦い方を研究し、学ぶ為に。
今の会長、バーリーは、何代目なのかは知らないけれど、黒鉄科に所属する生徒らしい。
だからこそ、ギュネス先生も、彼に僕を同好会に誘えなんて言ったのだろう。
何というか、初等部から高等部に移って、もう教えて貰う機会はなくなったのに、未だに僕の事を気にしてくれてるなんて、本当にとてもありがたい話だった。
戦術同好会の活動は、所属さえしていれば自由で、参加できるときにすればいいという。
もちろん名前だけの所属で、ずっと来ないようなら知り合いもできず、居場所はなくなってしまうだろうけれど、研究で忙しい時期がある事は、ちゃんと考慮してくれるそうだ。
その日、戦術同好会の活動を体験して、僕は参加を決める。
といっても概ね自己紹介と、同好会の説明で終わってしまったけれど、きちんと参加していけば、学べる事は多いだろう。
夏にはジャックスと戦場に行くという予定になっているし、今の間に、少しでも魔法使いが大きな戦いに参加した際の戦術は、学んでおきたいと思うから。
僕は参加の意思をバーリーに伝え、改めてもう一度、彼と力を込めた握手を交わした。
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