十四章 東のサムライ
第143話
ぐつぐつと、火にかけた大鍋の中で魔法薬が沸騰していた。
僕は時折、火加減と鍋の中の様子を確認しながら、椅子に座って本を読む。
この作業は時間が掛かるから、ぼんやりと待ってるだけじゃ、時間の無駄だ。
シャムは少し離れた場所の椅子の上で、丸くなって眠ってる。
今回は、一見すると大鍋で大量の魔法薬を作ってるように見えるけれど、実はそうじゃない。
既に魔法薬は完成した品で、それをあぁやって沸騰させる事で、魔法の力を魔法薬から分離させ、別の品に移しているのだ。
その品とは、沸騰する魔法薬に浸けられた剣の刀身。
つまり今は、以前に任された仕事で縁が繋がった鍛冶師に打ってもらった剣を、魔法の品に変える作業を行っている。
もちろん僕は、魔法使いであって剣士じゃないので、幾ら魔法が掛かっていても、単なる剣には用事がない。
なので僕が今作っているのは、シールロット先輩が錬金術を使った戦い方を教えてくれた時にも使ってた、生きている剣だった。
しかしそれにしても、生きている剣の製作は、思った以上に手間だ。
何しろ完成品の剣を、刀身と鍔と柄に一度ばらして、別々の魔法を掛けなきゃならない。
これだけでも、普通の魔法の品を作るのに比べて、三倍の手間が掛かるのに、更に一つ一つに違う魔法を掛けているにも拘らず再び組み合わせた時にそれらが噛み合う事も意識する必要があるのだから、これが実に難しかった。
当然ながら最後には、組み合わせた上でもう一度、仕上げの魔法を掛けるのだけれど、それでも一つ一つの魔法が上手く組み合わさらなかったら、バラバラに吹き飛んで全てが台無しになってしまう。
シールロット先輩は、よくこんな面倒臭い代物を、百どころか、千も作ったものである。
だが生きてる剣は、自動で動く魔法の道具の中では、まだ作るのに手間が掛からない方なんだとか。
これが魔法人形になると、指の一本一本どころか、一本の指でも最低三つに分かれる部品の一つ一つに、全て魔法を掛ける必要があった。
掛かる手間も、全ての魔法を組み合わせる事の難易度も、生きてる剣とは比較にならない。
更に、壊れた魔法人形の修復は、新しく魔法人形を作るよりも難しいというのだから、我ながら随分と高い目標を掲げているなぁと、本気でそう思う。
今回の生きている剣の作成は、その目標に近付く為の一歩だった。
ただ一つだけ、生きてる剣を実際に作るとなって、製作法、掛かる手間、性能を把握して思ったのは、あの時、僕に錬金術師の戦い方を教えてくれたシールロット先輩は、かなりハッタリを利かせてたんだなぁって事。
あぁ、でもシールロット先輩のあの言葉が、嘘だったという訳ではない。
錬金術師の戦いは準備こそが重要だってのは間違いなくそうだし、千本の生きている剣があったなら、暴走した魔法生物の群れからも身を守れただろう。
では一体、シールロット先輩のハッタリが何だったのかと言えば、僕一人に対して、百本もの生きている剣の切っ先を向けて見せた事だった。
というのも、生きている剣の動きは、たった一つの目標に対して、百本もの数がそれぞれ干渉しあわずに攻撃を加えられる程、優れてはいないから。
恐らく普通の生きている剣なら五本。
腕のいい錬金術師であってシールロット先輩が、何らかの形で生きている剣の性能を引き上げていたとしても、十本か二十本が、一つの目標を攻撃するのに、お互いにぶつかり合わない限界の筈だ。
そして十本やニ十本なら、あの時の僕でも、どうにか攻撃を掻い潜り、戦う事はできたかもしれない。
だけど自信たっぷりのシールロット先輩の態度と、並べられた百本の生きている剣の威圧に、僕の戦意は折られて負けた。
あれは教導だったから、別に勝ち負けを競うとかじゃないんだけれど、……こう、ハッタリだった事に気付いてしまうと、なんだかとても悔しくなる。
でも同時に、やっぱりシールロット先輩は凄かったなぁって、嬉しくもなってしまうのだけれど。
まぁ、それはさておき、なので生きている剣を量産すれば、今後は全て安泰かと言えば決してそんな事はない。
なので僕も、三十本か四十本、或いは五十本くらいは、錬金術の腕を磨く為に生きている剣を作るが、その数が百を超えたりはしないだろう。
素材となる剣だって、決して無料ではないのだし。
多くを相手取るのに便利な品ではあるけれど、僕はもう、シュリーカーのツキヨと契約している。
大勢の敵を相手取るなら、彼女に叫んで貰った方が、百の生きている剣を用意するよりもずっと手っ取り早い。
それに僕は自分自身が戦う事を得意としてるから、準備をするべきは反応速度を増したり、身体の動きが速くなる等の、己を強化をする魔法薬だった。
つまり、僕が歩く道は、もうシールロット先輩とは異なっている。
きっとあの人には、そうなる事もわかっていたのだ。
……さて、そろそろ頃合いか。
読んでいた本を閉じ、杖を手にして立ち上がる。
大鍋を覗けば、中の魔法薬も随分と量が減っていて、剣の刀身が露出していた。
僕は鍋の火を消してから、コンコンと杖で二度大鍋の縁を叩き、そして杖の先で剣の刀身に触れる。
次の瞬間、鍋の中の残った魔法薬が、シュゴッと音を立てて一気に気化し、けれども気化した魔法薬は吹き上がって辺りに散らず、杖の先に導かれるように剣の刀身に集まって、吸い込まれて消えていく。
よし、多分、成功だ。
本当に成功なのかは、鍔や柄と組み合わせてみないとわからないけれど、出来にはそれなりの自信があった。
剣の刀身は内側から赤く光り輝いている。
後はこの光が落ち着いて、色味が元に戻るまで、大鍋から取り出して、ゆっくりと寝かせておけばいい。
大きな音を立ててしまったと振り返れば、けれどもシャムは、やっぱり椅子の上で丸くなって寝たままだった。
僕はそれにちょっと笑って、やっとこを使って刀身を掴み、大鍋から取り出して机に置く。
次の作業ができるのは、恐らく三日後。
もちろん、だからといって三日間ぼんやりと待ってる訳じゃなくて、後もう数本分は、同じ作業を繰り返す。
鍔や柄も用意しなきゃいけないし、やる事は山積みだ。
果たして一体、何本成功するだろうか。
一本でも成功すれば、僕は目標に向かって半歩分だけ成長できる。
もしもすべて成功すれば、半歩じゃなく、大きな一歩分、成長できるだろう。
まだ作業は始まったばかりだけれども、今から結果が楽しみだった。
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