第142話


「このように、大きな魔法陣を、規則正しく配列した小さな魔法陣で囲む事により、相互作用が発生します」

 古代魔法と同じくらいに気になってたのが、魔法陣の選択授業。

 初等部の頃は、古代魔法も魔法陣も、教えて貰えたのは初歩のみだったけれど、高等部はそうじゃない。

 選択式の授業は、それを専門とする科を選んで受けられる授業に比べると、内容も薄いし回数も少なくなる。


 それは当然の事で、仕方なかった。

 でなければそもそも科を分けてる意味がなくなるし、どれもこれもを専門的なところまで学ぼうとすると、ごく一部の生徒以外は中途半端になってしまう。

 あのシールロット先輩でさえ、錬金術は天才でも、全てに万能な訳じゃなかったし。


「相互作用は魔法陣の相性によって様々で、効果を強めたり、逆に弱めてしまったり、全く違った効果を付属させたり……、また大魔法陣側にだけ作用が現れる事もあれば、双方に、或いは小魔法陣側にのみ作用が出る場合もありますね」

 だからこの、黒鉄科の第二教師、ミュネス・マイヤー先生が教えてくれてる魔法陣の授業も、シズゥが受けてるそれに比べれば、きっと内容は浅い。

 ただ、それでも、うん、高等部の授業はやっぱり面白いなって、僕には思えた。

 内容も、専門的ではないかもしれないけれど、随分と応用の利いた話だ。


「これらの組み合わせを知っていると、設置された大魔法陣の効果を、小魔法陣によって打ち消すといった事もできるようになります。探索しようとする遺跡が守護の大魔法陣で守られていて、それを解除する為に小魔法陣を使うといった感じです」

 肝心の組み合わせに関しては、恐らく幾つかしか教えてくれないんだろうけれど、魔法陣にはそうした使い方もあるって事が知れただけでも、それに対する見方が少し変わる。

 例えばこのウィルダージェスト魔法学校を覆う結界には、魔法陣の技術も使われているだろう。

 そうなると、魔法学校をぐるりと囲んでいる大魔法陣の外側に、幾つもの小魔法陣が設置されている筈だった。

 仮に僕が攻め手側で、魔法学校を攻略しようとした場合、この小魔法陣の破壊から始めるのが効率がいい。


 いやまぁ、僕が魔法学校と敵対して攻め落とそうとする事なんてないと思うけれども、……星の灯のようにここを狙う連中はいるから、そうした思考は無駄じゃないと思う。

 守りを過信するのじゃなくて、弱みがあるならそれを理解しておくと、いざという時の迷いが減る。


「ただそれを防ぐ為の技術もあって、大魔法陣の周囲が既に相性の良い小魔法陣で囲まれていた場合は、まずこちらを……、と、今日はこのくらいにしましょうか」

 選択式の授業では触れない部分まで喋ってしまったのだろうか。

 不意にミュネスはポンと手を叩いて、授業を打ち切った。

 これが科の専門の授業ならもう少し突っ込んだ事も聞けるんだろうけれど……、まぁ、しょうがない。

 終了の合図に、授業を受けていた他の生徒、高等部の二年生や三年生も席を立ち、教室を出ていく。


「シャム、僕らもいこうか」

 少しだけ早い授業の終わりに、次の予定まで時間が微妙に余ってる。

 一度寮に戻って、食堂でお茶でも飲もうか。

 そんな風に考えながらシャムに向かって手を伸ばすと、……しかし普段のように、シャムは腕を駆け上って肩へと上がらず、何かを言いたげに僕の顔をジッと見た。


 何か伝えたい事があるけれど、周囲に人がいるここじゃ言葉を話せない。

 だから人気のない場所に行くからついて来いとか、そういう意味だろうか?

 恐らくそうだろうと判断して僕が頷くと、シャムはぴょんと席から飛び降り、先導するように歩き出す。


 あぁ、やっぱりそうだった。

 シャムが何を伝えたいのかまではわからないけれど、僕は慌ててその後を追う。



 ケット・シー、妖精であるシャムの感覚は、僕よりもずっと鋭い。

 廊下の魔法の仕掛けも全て避けて、やってきたのは少し前に発見したばかりの二階と三階を繋ぐ階段。

 迷うことなく降りるシャムの後を追い、階段を降りれば、


「……おや、驚いた。君達か。偶然、ではなさそうだね。なるほど、もう行き来ができるようになったのか。流石はキリク君とシャム君、とても優秀だ」

 一人の女生徒を連れて廊下を歩いていたエリンジ先生とばったり出くわした。

 いや、ばったり出くわした訳じゃないか。

 シャムはエリンジ先生が魔法学校に戻って来たのを感じ取り、ここを通ると知って、僕を連れて来てくれたのだろう。


「お久しぶりです。おかえりなさい、エリンジ先生。……その子が今年の?」

 僕はエリンジ先生との再会を喜んでから、ちらりと、彼が連れていた女生徒に視線をやる。

 去年のアルティムは女の子と見間違えそうな男の子だったけれど、どうやら今年の当たり枠は本当に女の子らしい。


 だがそれはいいとして……、うぅん、もしかしなくても、貴族だろうか?

 纏う雰囲気が、そう、シズゥやジャックスに近い。

 上に立つのが当然として育てられた者に共通する何かがあった。

 それ以外の印象としては、なんというか何だか少し生意気そうというか、鼻っ柱が強そうだ。


「そうだね。このフィルフィ君は、今年の新入生だよ。少しだけ他の生徒よりも入学は遅れてしまったけれどね。キリク君も、良ければよろしくしてやってくれ給え」

 僕の問いにエリンジ先生は、ハッキリと当たり枠だとは口に出さないが、否定せずに頷く。

 本人の前では口にしないが、やはり当たり枠で正解だったのだろう。

 貴族の当たり枠は、僕が知る限り今までいた事がないから、少しばかり驚いた。

 いやだって、貴族の子供が魔法学校に入学するのを、一体どうやって遅らせたのか


 ……というよりも、そもそもなんで遅らせる必要があるんだろうか。

 僕の入学が遅れたのは、魔法学校での生活に必要な知識を得る為に、エリンジ先生が色々と教えてくれていたからだ。

 でも他の生徒の場合、わざわざ入学を遅らせる意味はあまりないと思う。

 シールロット先輩は、魔法学校に入る前にエリンジ先生が直接指導をしてたりして、魔法への興味を持たせてるんだって言ってたけれど、余程の事情がない限り、魔法使いの道を勧められて断る子供はまずいない。

 まして貴族であるなら、家の為にと進んで魔法学校にやってくる筈。


 少なくとも僕が知る貴族、シズゥやジャックスは、そうしていた。

 あー……、いや、まぁ、シズゥとジャックスは家への考え方も違うし、そりゃあ貴族にも色々といるんだろうけれど……。


「フィルフィ君、このキリク君はとても優秀な先輩だよ。この一年が終わる頃には、ウィルダージェスト魔法学校で一番優秀な生徒になっているだろうね。だから君も、いざという時には頼らせて貰うと良い。もちろん、失礼がないようにお願いするのだよ」

 エリンジ先生はその女生徒、フィルフィとやらに僕の事をそんな風に紹介する。

 うぅん、魔法学校で一番優秀な生徒か。

 果たして一年で、本当にそうなれるだろうか?


 フィルフィは少しだけ疑わし気に僕と、それから足元のシャムを交互に見たけれど、すぐに姿勢を正して綺麗な仕草で、ごく軽くお辞儀をした。

 僕もその挨拶に応じると、エリンジ先生は満足そうに笑って、

「さて、何時もの通り私は彼女を連れてマダム・グローゼルのところへ行かなければならない。だから、また時間がある時に会いに来てくれると嬉しい。君への課題、契約をどうしたかの話も、聞かせて貰いたいと思ってるからね」

 そう言い、廊下を歩いて行ってしまった。


 あぁ、貴族なら家名があるだろうに、フィルフィのそれは聞き忘れてしまったが……、まぁ、いいや。

 気になったなら、ジャックス辺りに聞けばきっと知っているだろう。

 彼女は一体どんな風にこの魔法学校で過ごし、どんな騒ぎを起こすのか。

 アルティムは、騒ぎとは無縁の大人しい子だったけれど、フィルフィはあまりそうは見えないし。


 まぁ、仮に彼女が何らかの騒ぎを起こしたとして、僕がそれに関わるとは限らないんだけれども。

 ただエリンジ先生にいざという時には頼れと紹介された以上、少しくらいは気にかけておこうと、そう思う。

 


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