第138話


 高等部の一年生、その前期が始まると、僕と二人のクラスメイト、セビジャとミラネスは、まず水銀科の校舎を寮監に案内されて、そこから本校舎への行き方も教わった。

 そう、三階にある渡り廊下だ。

 ここの渡り廊下は一部が欠けているが、水銀科に所属する生徒が通る時は、大気が固まって足場となる。

 ただ透明の足場を渡るというのは実に不安になるもので、僕は一度通った事が、しかも水銀科の生徒でもない時に、あったから平気だったけれど、セビジャとミラネスは怖がって中々渡れなかった。

 尤も僕が初めて渡った時と違って、セビジャとミラネスはもう水銀科の生徒だから、時間を掛けても足場が消えてなくなったりはしない。


 水銀科の校舎では、主に錬金術に関わる事を学ぶが、本校舎では選択式の授業を受けるそうだ。

 例えば、初等部の呪文学で、全ての魔法を習得し切れなかった生徒……、まぁ殆どの生徒はそうなのだが、高等部でも呪文学を選択する事ができる。

 内容は初等部の呪文学と同じで、自分が習得できなかった魔法を、身に付けるまで学べるらしい。

 まぁ僕は、呪文学で教わる魔法は全て習得済みなので、この授業を受ける資格はないんだけれども。


 また魔法陣や古代魔法、錬金術も選択式の授業がある。

 但し錬金術に関しては、水銀科の校舎で受ける授業の方がずっと専門的なので、わざわざ本校舎で選択式の錬金術の授業を受ける意味はないそうだ。

 魔法陣や古代魔法も同じで、それを専門としない生徒にも、望むのならば少しばかりの手ほどきを続けようって事なんだろう。

 この辺りは、各科の交流を進めようとした前校長、ハーダス先生の改革の成果らしい。


 他にも、治癒術、魔法史、魔法生物学といった、初等部と同じものもあるが、星学、探索学等と、全く新しい授業も幾つかあった。

 ちなみに星学は、空の星の運行、配置が地上での魔法の行使にどのような影響があるかを学び、探索学では昔の遺跡等に仕掛けられた罠の種類やその外し方、気配を消して歩く方法等を教わるという。

 星学はともかく、探索学はどうして今更って気がしなくもない内容だが、……それは傲慢な考えか。


 魔法を使えば多少の罠はどうにでもなるが、全ての生徒が、多くの魔法を自在に操れる訳じゃない。

 そうした生徒は、罠に対する知識、それを解除する技術がなければ、遺跡等で命を失う危険に出くわす事もあるだろう。

 かといってあまり早い段階でそれらの知識を教えて、変に悪用されても困るから、魔法使いとしての価値観、倫理観がちゃんと身に付いた高等部になってから、選択式の授業で、希望者にのみ教えるって形をとっている。

 ……と、思う。

 まぁ、僕は学校の運営者じゃないから、本当の意図はわからないけれど、そう考えると納得はできた。


 選択式の授業は、受けるも受けないも自由で、学年による区切りもないそうだ。

 別に今は受けずとも、高等部の二年、三年になってから、改めて受ける事もできる。

 来年、再来年にその時間があるかは、まだわからないけれども。


 受けるも受けないも自由な授業なので、当然ながらテストの類もない。

 ただ受けた授業のレポートを書いて提出し、その内容が認められれば個人の評価は上がるのだとか。


 他にも、授業ではないけれど、高等部からは同好会への参加も可能だった。

 この同好会とは趣味や、選択式の授業だけでは物足りないって生徒の集まりだ。

 例えば魔法史研究会は、遺された資料から推察される本当の歴史はこうだったんじゃないかとか、熱心に討論したり、研究する会らしい。

 後は戦術同好会とか、魔法生物飼育研究会とか、……あぁ、後、去年の終わり頃からはドラゴン・ロアーとエコーの同好会もできたという。

 同好会には教師も加わるので、その活動のレベルはかなり高いそうだ。


「……何が良いかなぁ」

 本校舎の教室に案内されて説明を受けた後、配られたリストに目を落とし、そう呟く。

 セビジャとミラネスは、ここに来るまでに廊下に仕掛けられた魔法に引っ掛かった為、まだ少しぐったりとしていた。

 僕は以前にもシールロット先輩の案内を受けたから、この辺りの仕掛けは避けられるし、他の場所も恐らく問題なく歩けるだろう。

 三階の魔法の仕掛けは、気配が大体わかるようになってきてる。


 いや、妖精の領域で覚えた感覚を広げる魔法。

 もちろん妖精の魔法じゃなくて、発動体を使った人間の魔法の方だけれど、あれを使えばこの三階だけじゃなくて、四階や五階にも挑戦はできる筈だった。


 なので僕は、その授業や同好会が行われてる場所に行けるかどうかって段階は、既に通り過ぎていた。

 今回、寮監が教えてくれたのは、本校舎の三階を歩く為の必要最低限の方法だ。 

 全く何もなしで放り出すとスタートすらできないからと、少しだけこの場所の歩き方を教えてくれたに過ぎない。

 セビジャとミラネスにはそれが必要で、これから廊下に仕掛けられた魔法を、自力で発見したり、引っ掛かって場所を覚えたり、互いに情報交換をしたりして、一つずつ覚えていくのだろう。

 

 もちろん錬金術以外に興味を示さないなら、水銀科の校舎から出ず、本校舎を歩かずとも構わなかった。

 同好会はもちろん、選択式の授業だって、望まないなら受ける必要は全くない。

 参加しなきゃならない行事や、自分の研究で成果を出せば、魔法学校はその生徒を認めてくれる。

 総合的に色んな技を収めて優秀な魔法使いになるよりも、全ての時間を使って錬金術を磨くというなら、それはそれで立派な志だ。

 二人のクラスメイトがどんな道を選ぶのかは、僕にはまだわからない。


 ただ僕は、それでも色々な授業を受けたいと思う。

 特に魔法陣や古代魔法は、黄金科や黒鉄科で教えられるそれ程に専門的でなくとも、もう少し齧っておきたい分野である。

 どちらもある程度は、実用できるようになってたい。

 今の僕は、錬金術が好きだし、その技術を磨いて果たしたい目標はあるけれど、その先をどうしたいかは決めてない。

 だからこそ、なるべく幅広く知識と魔法を身に付けて、どの道でも選べるようにしておきたかった。

 それが物凄く贅沢で、傲慢な事だというのは十分にわかっているけれども。


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