第137話


 冬期休暇も終わりが近付くと、実家に帰っていた生徒達も戻って来て、更に新入生も寮での暮らしを始めるので、一気に魔法学校の空気が変わる。

 尤も去年は卵寮で生活してたから新入生と関わる事も多かったけれど、今年は既に水銀科の寮に移ってる為、積極的に関わる機会はなさそうだ。

 あぁ、いや、僕もシールロット先輩がそうしてたみたいに、初等部向けのアルバイトの募集を出してみようか。

 そうすれば、もしかすると新入生と関わる機会もあるかもしれない。


 いやほら、本来ならその手のアルバイトは、既に一年間を魔法学校で過ごした二年生が請ける事が多いんだけれど、僕はあの学年の子達には何故か恐れられているから。

 例外は当たり枠のアルティムくらいか。

 もしかすると彼なら僕のアルバイトを請けようとするかもしれないが、……そもそもアルティムが錬金術を得意としてるのかどうか、その辺りも知らなかった。


 まぁ、当たり枠に選ばれる才能の持ち主なら、得意でなくともある程度はできるんだろうけれど、それよりも大切なのは好きかどうかだ。

 仕事とはいえ、自由時間を使って関わるなら好きな事の方が良い。

 僕だって色々と教えるなら、錬金術が好きって相手の方が楽しいだろうし。


 ……でも別に、そこまでがっつりと関わる必要もないのか。

 採取だけとか、魔法薬のテストだけとか、そういった必要に応じた雇い方でも構わないというか、本来はそれが普通だ。

 だけど僕はシールロット先輩に、本当に何から何までお世話になったから、もしも後輩を雇うとしたら、同じようにしてやりたかった。

 関わった後輩が、より良い学校生活を送れるように、この二年間で培った経験を活かして、親身になりたい。


 そう言えばクレイも僕と同じように、上級生だったアレイシアに雇われて色々と面倒を見てもらっていたけれど、彼はどうするんだろう?

 アレイシアはもう居ないから、クレイもこれからは自分の研究を進めていく事になる。

 彼はまだ自分の研究室を持っていないけれど、彼ならば今年中にはそれを手に入れる筈だ。

 これは予測じゃなくて、ほぼ確信していた。

 クレイの目標に向かって進む時の勢いは、僕が誰よりも知っている。

 だって彼は、自分が不利だとわかっていても、初等部の最後まで僕と競い、抜き去る事を諦めずに、背中を脅かせてきたから。


 研究室を手に入れたら、手伝いを雇う事は、クレイだって考えるだろう。

 ただ、うん、それでも僕の方が先か。

 むしろ彼が研究室を手に入れた頃に、相談を受ける事になるかもしれない。


 まぁ、僕にしたってすぐにって話ではなかった。

 シールロット先輩がアルバイトの募集を出したのは四月頃だ。

 忘れよう筈がない。

 恐らくそれまでに、任される仕事にも慣れて、自分の研究を進められるだけの余裕を作っていたんだろう。

 あの人は、僕がそうやって歩調を過去の彼女に合わせようとする事を嫌がるかもしれないけれど……、まぁ、これくらいは参考にさせて貰いたい。


 そういえば、今年の当たり枠は、一体どんな子だろうか。

 もちろん当たり枠と言っても、その学年で一番の才能の持ち主ってだけで、誰もがシールロット先輩のような天才だとは限らない。

 例えば僕がいなければ、エリンジ先生はジャックスのところに行って、彼を当たり枠に選んだんだろうなって思うし。

 それでも他の初等部で優秀だったクラスメイト、ガナムラ辺りと比べると、才能にそこまで差があるようには感じなかった。


 つまり当たり枠と言うのも、その程度の称号だ。

 だからこそ今年の当たり枠の生徒が、少し優秀なだけなのか、それとも本当の天才か、僕はそれが気になってる。



「そういえば、もう聞いたかい?」

 朝食後、物思いに耽っていると、食堂で前の席に座ったセビジャ、水銀科では数少ない同級生の一人が、僕に問う。

 はて、一体何の事だろうか?

 僕が首を傾げると、彼は少し得意げに、

「知らないんだ? じゃあ教えてあげようか。初等部の時はさ、二年生の前期に林間学校に行っただろ。事故で中断になって、君の班が行方不明になったやつだよ」

 ピンと指を一本立てて語り始めた。


 初等部の頃はあまり付き合いはなかったが、話してみると意外に愉快な奴である。

 一言、余計な事も言いがちで、それが原因でもう一人の同級生、ミラネスとは時々言い合いをしてるけれども。


「あぁ、ちょっと危なかったよね」

 僕はそう言いながら、隣の席の上でくつろぐシャムに手を伸ばす。

 撫でようとしたら、手で押し返されたから、今は気分じゃないらしい。

 残念だ。


「……行方不明をちょっとって言えるのが凄いんだけれど、まぁ、いいや。それでさ、高等部でも似たような行事があるらしいんだ」

 セビジャの言葉に、僕は思わず眉根を寄せる。

 正直、今なら同じ事が起きても、逃げるくらいなら難しくないから、ちょっとって言える。

 けれども当時は、そう、かなり危なかった。

 あれと似たような行事があるのか。

 いやもちろん、あれは魔法学校側にとっても不測の事態であったというのは、僕もわかってるんだけれども。


 すぐにって訳じゃないだろう。

 前期は、初等部の二年生の林間学校があるから、その準備に魔法学校側も忙しい。

 だからそれが行われるとすると、恐らく後期の、前半辺りになると思う。


「どこに行くのかわかる?」

 僕が初等部の一年の頃、シールロット先輩は高等部の一年だったが、長期休暇以外で長く学校を留守にした事はなかった筈。

 つまりそれは、何週間もかかるような行事じゃないのだろう。


「聞いて驚けよ。なんと、悪竜の谷だってさ。……班分けは科ごとになると思うから、何かあった時はよろしく頼むよ」

 得意げな表情から、打って変わって不安気になったセビジャは、僕に向かってそう言った。

 あぁ、うん、彼がそう言う気持ちはわからなくもない。

 ジェスタ大森林と悪竜の谷のどちらがより危険なのかは知らないが、名前の響き的に行きたくないのは悪竜の谷だし。


 悪竜の谷は、マダム・グローゼルが悪竜を封印したという場所で、ウィルダージェスト同盟の外側にある。

 具体的には、ポータス王国の北にはノスフィリア王国があるが、その更に北にあるのがパージェット帝国だ。

 このパージェット帝国は、かつては精強な国で、ウィルダージェスト同盟の北側を脅かす相手だったが、悪竜に蹂躙された結果、滅びる寸前まで追い込まれた。

 そして悪竜が封印された後も、その国土の多くが悪竜の谷と呼ばれる、人が住めぬ場所と化してしまった為、かつての隆盛は見る影もないという。


 セビジャの言葉が正しいなら、僕らはそんな場所に行くらしい。

 北だから、冬だったら寒そうだから、なるべく夏の間に行きたいなぁと思う。

 まぁいずれにしても、魔法学校での生活は、高等部に入っても退屈とは縁がなさそうだ。


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