第135話


 冬期の休暇も後半に入り、そろそろ気の早い新入生はこの魔法学校にやって来ようかという頃、僕はシャムと一緒に周囲の森へ採取へ入る。

 もちろん、クルーペ先生に任された仕事、ダイアウルフの毛皮を貫けるような、強い矢を放つ弓を実現する為に、足りない素材があったから。


 方法は、すぐに思い付くだけでも幾らかあった。

 例えば一時的に筋力を増す魔法薬を使うだけで、総金属製の普通の人間にはとても引けないような張力の弓も扱えるだろう。 

 そう、威力のある矢を放つだけなら、別に魔法の掛かった凄い弓を作る必要もない。

 消耗品が嫌だって言うかもしれないが、武器なんて基本的には消耗品だし。

 他には、魔法薬ではなく筋力を増す籠手、ガントレットを作って同じように張力の強い弓を使うって手もあるけれど、……これはちょっと効率が悪いか。


 一口に魔法の道具といっても、幾つかの種類がある。

 魔法薬は別枠として、あくまで道具の話になるが、まずは受動型と能動型の二つの分類。

 パッシブとアクティブと言い直した方がわかり易いかもしれないけれど、要するに常に魔法の効果を発揮してる品か、使おうと思った時に効果を発揮する品かの違いだ。


 例を出すと、魔法人形は常に魔法の効果を発揮してる受動型で、寮の蛇口は必要な時にだけ水を出す能動型の魔法の品だった。

 どっちが優れてるとかいう話ではないんだけれど、魔法の源である魂の力をより多く必要とするのは、受動型の魔法の道具である。

 ウィルダージェスト魔法学校で多くの魔法人形が動いているのは、この学校の敷地内が異界になっていて魔法が使い易くなってる事と、生徒を含む多くの魔法使いから魂の力を微量に徴収しているから。

 もし仮に外で、一般人が魔法人形を保有したとしても、やがては魂の力が尽きて動かなくなってしまうだろう。

 当然ながら蛇口も魔法の道具であるから魂の力は必要なんだけれど、その量は魔法人形よりもずっと少ない。


 まぁ、魔法人形が高度過ぎる魔法の道具だからというのはもちろんあるけれど、受動型と能動型の違いはそんな感じだ。

 つまり受動型の魔法の道具は、一般人には使い難い代物である。


 先程のガントレットは、多分受動型になるだろうから、たとえ腕のいい冒険者であっても魂の力が強い訳ではない筈だから、微量であっても常に供給を続ける事は不可能だろう。

 するとメンテナンスと称してこちらで預かり、魂の力を補充する必要があった。

 要するにとても効率が悪い。


 さて、ならばどうしようか。

 弓自体を作るのは、職人の仕事だ。

 依頼主は鍛冶職人だったから、金属の弓だろうか?

 そうなると僕が魔法の力を込めた金属を作って、向こうに送り、それで弓が出来上がると返して貰って、魔法の調整を行う。

 こんな手順が必要になる。


 うぅん、ちょっと、というか、結構面倒臭い。

 いや、これから色んな魔法の道具を作るなら、職人との連携は必須だから、ここで面倒臭がらずに繋がりを作るのが大事なんだけれども。

 ただ、この行ったり来たりの手順を何とか減らせないだろうかと考えて、少し思い付いた事があった。



 僕にくっついた契約という名の繋がりを意識して、それを辿る。

 その先にいるのは、契約を交わした相手であるシュリーカーのツキヨ。

 位置を把握すれば、転移の魔法の応用でこちらに引き寄せが可能だ。

 これを召喚なんて風に称したりもするらしいけれど、使ってる魔法自体は、マーキングした鞄の引き寄せとそんなに大きな違いはない。


 でも単なる物品の引き寄せと違って重要なのは、相手にはちゃんと意思があるって事。

 向こうが置かれた状況によっては、召喚を拒否される場合だって当然ながらあるし。

 何よりも引き寄せる際、送り返す事も考えて、ちゃんとその場所にマーキングしておく必要がある。


 契約相手は、自分を助けてくれる味方であって、都合のいい道具や、何でも言う事を聞かせられる奴隷じゃない。

 自分の都合で相手を呼び寄せるなら、帰らせるところまでは必ずセットだった。

 

「……ここが、学校?」

 森の中、呼び寄せたツキヨが、首をかしげる。

 僕からの召喚にワクワクと、そう、契約があるとそういう事までわかってしまうんだけれど、本当に嬉しそうに応じてくれた彼女だったが、呼び出された先がジェスタ大森林と然程変わらぬ森の中だった事に、少し戸惑った様子。

 どうやらツキヨは、僕が通う魔法学校に、多大な興味があったらしい。


 けれども非常に申し訳ないけれど、校舎や寮で彼女を喚ぶのは、流石に目立ち過ぎるだろう。

 いや、自分の研究室の中なら大丈夫ではあるんだけれど、魔法生物であるツキヨに学校内を自由に見て回らせる……、なんて真似は不可能に近い。

 何しろ彼女がひと声叫べば、周囲の生徒がバタバタと倒れる。

 僕がしろって言わなければ、ツキヨはそんな真似はしないだろうけれど、でもするかしないかが問題じゃなくて、できてしまう事が問題だ。

 マダム・グローゼルに許可を取った上で、屋上から学校を見渡すくらいがギリギリだろうか。


「学校の近くの森だよ。今日は素材の採取をする心算だから、手伝って欲しいなと思って」

 ウィルダージェスト魔法学校を囲む森は、余程に深く入り込まない限りは、ジェスタ大森林よりも安全な場所だ。

 なので僕とシャムに加えてツキヨとなると、流石に過剰戦力気味だった。

 それでも彼女を召喚したのは、気兼ねなく呼び出せる場所がここくらいしかなかったから。


 ツキヨとは、月に一度か二度くらいは、たとえ用事がなくても呼び寄せて欲しいって契約を結んでる。

 それは折角契約したのだから、会えないと寂しいって、とても可愛らしい理由ではあったのだけれど、それでも契約は契約だ。

 少なくとも月に一度は、僕はツキヨの呼び寄せを行わなきゃならない。

 だったらこの機会に、それも済ませてしまおうと思ったのだ。

 毎度毎度呼び出すのが森の中だと、彼女ががっかりしてしまうかもしれないから、恐らく次は自分の研究室にするけれども。


 まぁ、ツキヨがいると心強いのは間違いない。

 シュリーカーの叫びは弱き者の命を奪うが、進化したシュリーカーである彼女は、その叫びに関しても幾らかの加減をする事ができる。

 殺さず傷付けずに魔法生物を気絶させられれば、素材の採取も捗るだろう。


「もちろん、それが愛し子の願いなら」

 二つ返事で頷くツキヨを引き連れて、僕とシャムは森の中を歩く。


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