第130話
マダム・グローゼルの話によると、世界が一度滅ぼされかけたのは、紛れもない事実らしい。
ずっと昔の出来事ではあるんだけれど、それより以前の歴史は今に伝わっていないし、大きな破壊が行われたのだろうって痕跡も残ってるそうだ。
もちろん実際にどんな風に世界が滅ぼされかけたのか、それを確認する手段はないんだけれど、大破壊以前に栄えたであろう文明が唐突に消え去るくらいの何かがあった事は、確実なのだろう。
では一体、何が半分くらい嘘なのか。
それは世界を滅ぼし掛けた犯人が、大破壊の魔法使いと呼ばれる、ウィルペーニストだってところだった。
「当たり前の話ですけれど、どんなに偉大な魔法使いであっても、一人で世界の全てを敵に回して戦うのは難しいですし、破壊し続ける事に熱意を注ぎ続けられません」
……うん、まぁ、それはそうかもしれない。
例え話になるんだけれど、蟻に対して、人間はそれこそ圧倒的に強いだろう。
踏み潰す事もできるし、巣穴を水攻めにして全滅させてしまうのすら、決して難しくはない筈だ。
しかし人間が、蟻を絶滅させるまで……、とは言わずとも、自分の活動範囲から一切消えてしまうまで執拗に殺し続けられるかって言うと、それは中々に難しかった。
可能か不可能かで言えば可能であっても、何かを壊し続ける、殺し続ける事は、それなりの気力を必要とする。
仮にウィルペーニストが、人間が蟻を殺すかのように、破壊を撒き散らせる力を持っていたとしよう。
竜巻でも大地震でも、方法は色々と思い付く。
ただ、世界の各所を巡って、まるで整地するかの如く念入りに破壊をしていく事は、余程の理由と熱意、狂った精神を持ち合わせなければできやしない。
杖を一回振るだけで大陸が一つ消し飛んで、後には塵も残らない……、みたいな無茶な力の持ち主なら、ちょっと話は変わるのかもしれないが、その場合は今、世界が残っている筈もないし。
「なら一体、誰が世界を滅ぼそうとしたのか。……それは、今では魔人と呼ばれる方々です。当時は亜人とか、他にも色々な呼び方をされていたそうですが」
……魔人。
あぁ、なるほど。
何となく納得がいく。
魔人というのは、人間とは違う、魔法を使える人型の種族をそう称するのだと、魔法史や魔法生物学の授業では教わった。
しかし教わったと言っても、そういう種族もいるのだとサラッと触れられたのみで、より詳細な事を知ろうと質問しても不明だって返されている。
これはかなり不自然な事だ。
だって、人間と同じように、人型の種族が魔法を使って、いや、魔法を使わずとも異なる文明を築いて同じ世界に存在してるなら、気にならない訳がないし、ならば調べない筈がない。
特に、その魔人の一種である人狼は、昼間は人と変わらぬ姿で、夜になると半獣半人の姿になり、夜な夜な人を食い殺したという事件を起こしたという。
つまり魔人は、人間の社会に溶け込む事ができて、尚且つ人間よりも強い力を持った存在だった。
そんなの、詳細に調べて、念入りに対策をしない筈がない。
むしろ可能であるならば、相手を皆殺しに、絶滅させようとすら、するだろう。
なのに詳しいところは不明だと言われた理由が、恐らく何かあるのだ。
実際にわかってない訳じゃなくて、魔法学校の生徒であっても安易に教えぬ、伏せて秘す理由が、何か。
「魔人には、エルフやドワーフ、人狼を含む様々な種類の獣人、ホビット等と、多くの種族が居ましたが、その全てを合わせても人間よりも数は随分と少なかったそうです」
マダム・グローゼルの口から出た、エルフやドワーフって単語には、思わず反応してしまいそうになる。
だって物語に出てくる、ファンタジー世界の異種族といえば、エルフやドワーフは代表格だ。
……という事は、やはり魔人は、この世界における異種族の総称なのだろう。
ただ一つ、気になるところは、マダム・グローゼルの口から語られる魔人に関しては過去形が多い。
多くの種族が居ました。
数は少なかったそうです。
或いは今は、エルフやドワーフが既に滅んでしまってる事だって、この言い方だとあり得るのだろう。
だとしたら少し、いや、大いに残念に感じるところなんだけれど……。
「では何故、その数の少ない魔人が世界を滅ぼし掛けるなんて真似ができたのか。どこからその力がやって来たのか。その理由となるのが、彼らと親しく、人間に生まれながらも彼らに拾われ育てられ、やがてはその同胞となった、ウィルペーニストの存在でした」
そう言って、マダム・グローゼルは一つ息を吐いて、僕を見る。
あぁ、うん、彼女が言いたい事は、少し分かった。
確かにウィルペーニストは、僕に似ているのかもしれない。
妖精と魔人って違いはあっても、共通点は幾つかある。
同じように星の知識の持ち主だったって考えると、僕が同じ道を辿るんじゃないかって考えてしまうのだって、無理はないだろう。
でも大切なのはここからだ。
少しばかり特別な知識があって、強い魂を持ってるからって、それだけでどうやって魔人は世界を滅ぼし掛けるに至ったのか。
マダム・グローゼルの話は、まだ続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます