第129話
「……なるほど、契約をしたのは進化したシュリーカーで、その進化を促したのは、生まれたばかりのキリクさんだったという事ですね」
ウィルダージェスト魔法学校に帰還してすぐ、僕らは校長室、マダム・グローゼルの部屋を訪れて、今回の件の報告をした。
というのも、シャムにそうすべきだと強く勧められたから。
僕がシャムは一体何を知っているのかと問い質そうとしたところ、妖精である自分の話を聞く前に、同じ人間の魔法使いであるマダム・グローゼルに、今回の事を詳細に報告すべきだと、そんな風に言われたのだ。
正直、あんまり納得はいかなかったんだけど、シャムのその言葉が単なる誤魔化しとかじゃなくて、それが僕の為だと思って言ってるのはわかる。
更に、もしもマダム・グローゼルが何も話してくれなくても、その時は改めてシャムが全てを話すと言ってくれたから、少しだけ、待つ事にしたのだ。
「それから、妖精の魔法を使って、シュリーカーからは無条件での契約を持ちかけられて、どちらもシャムさんが止めて下さったと」
マダム・グローゼルは、彼女にしては実に珍しく、困った顔で溜息を吐いた。
つまり、シャムが言った通り、マダム・グローゼルも僕に起きた出来事に関して、その原因に何か心当たりがあるのだろう。
まぁ、その反応を見る限り、少なくとも魔法学校にとってはあまりいい心当たりではなさそうだけれども。
「シャムさんが、キリクさんを止めて下さってよかったです。しかし良かったのですか? キリクさんを人間に留めてしまって」
彼女はジッと僕の顔を、穴が開くかってくらいに見つめてから、次にシャムに視線を移す。
何かを推し量るように、見通すように。
……でも、マダム・グローゼルがこういう言い方をするって事は、冗談でもなんでもなく、人間から妖精に成った前例があるんだろう。
ただ僕が仮に妖精に成ったとして、周囲にどんな利益、不利益が生じるのか、それがいまいちわからない。
そりゃあ僕の人生には大きな影響があるだろうけれど、他の誰かにとっても、そんな大事になるんだろうか?
「大切なのはキリクの意思だよ。キリクがちゃんと物事を知って、それから考えて選んだ道なら、止めないし誰にも邪魔させないよ」
シャムは向けられた視線を真っ向から受け止め、言葉を返した。
マダム・グローゼルは物腰も雰囲気も柔らかいけれど、時に放たれる圧は本当に重いから、あんな風に真正面から受け止められるのは凄いと思う。
僕だったら、あんな風に圧を意に介せず言い返すのは難しい。
「それにどんな道を選んでも、ボクはキリクと一緒にいるだろうからね。他の妖精は知らないけれど、ボク等は、ケット・シーは、家族であるキリクにはより良く生きて欲しいと思ってるんだ」
だけどそれも、恐らく僕の為だからなんだろう。
そもそも魔法学校に付いて来てくれたのだってそうだ。
シャムだけじゃなくて、村のケット・シーの皆が、それが僕の為になると考えて、この学校に送り出してくれた。
「そう、ですか。キリクさんは本当に、良き友、良き家族に恵まれましたね。……ではキリクさんが今後を判断する為の知識を、一つ教えましょうか。本当は、卒業時にごく一部の生徒にのみ明かす秘密なんですが、今日はシャムさんの誠意にお応えします」
マダム・グローゼルの視線に込められた圧が、スッと軽くなって、彼女は柔らかな笑みを浮かべる。
良き友、良き家族……、本当にその通りだ。
僕はこの世界で、これ以上が想像できないくらいに、恵まれていた。
本当の両親の顔は知らないけれど、ケット・シー達がそれ以上に、人間とは感覚の違う彼らなりのやり方ではあるけれど、沢山、沢山、愛してくれてる。
シャムなんて、その感覚まで僕に大幅に合わせてくれているくらいだ。
だからこそ、僕は知らなきゃならない。
皆が何を知っていて、どうして秘密にしてるのか。
そうする事が僕の為であるというのは、欠片も疑いはしないんだけれど、知らないままにはしておけなかった。
後は、それとは別に、ごく一部の卒業生だけが教えられる秘密なんて言われたら、普通に気になるし。
「ではどこから話しましょうか。……キリクさんはもうすぐ高等部なので、既に習ったと思いますが、この世界は大破壊の魔法使いの手で滅びの寸前まで破壊されました」
そしてマダム・グローゼルの口から出て来たのは、遥か昔にこの世界が滅ぼされそうになったって話。
もちろんそれは、本当に古い時代の出来事なんだけれども、今、このタイミングでその話になった理由は、その滅びを齎し掛けたという大破壊の魔法使い、ウィルペーニストが、星の知識を持った人物だったからだろう。
というか、僕とそのウィルペーニストには、それくらいしか共通点がない。
尤も一口に星の知識と言っても、僕とウィルペーニストが前世に生きた世界が同じだとは限らないし、……仮に同じだったとしても、時代が大きく違う筈。
僕よりも少し前に生まれて死んだ、前校長のハーダス先生が、僕に近い星の知識を持ってたから、もしかするとこちらの世界と、遥か彼方の星の世界では、時間の流れが異なる可能性はある。
でもウィルペーニスト程に昔の人だったら、たとえ流れる時間が異なったとしても、やっぱり僕とは生きた時代は違うと思う。
なので僕は、このウィルペーニストという人物には、世界を滅ぼし掛けたなんて狂った人には、少しも共感が持てないんだけれど……。
「しかし、あのウィルペーニストが世界を滅ぼし掛けたという話は、半分くらいは嘘なんだそうです」
マダム・グローゼルは軽く首を横に振ってから、そんな言葉を口にした。
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