第128話



 契約にあたって、シュリーカーが出した条件は二つ。

「私も欲しい。その子は、ケット・シーのシャム。私は、シュリーカーの、何?」

 一つ目は、何とも可愛らしい話だけれど、彼女の名前を考えて欲しいというもの。

 ケット・シーは言葉を理解し、人に混じったり、或いは集団で暮らす文化的な生活を送る妖精だから、そこに生まれたシャムも名前を持っている。

 しかしシュリーカーは、本来なら一つ所に留まらずに森の中を彷徨い、行く先々で叫び声と共に死を撒き散らす災厄のような妖精だ。

 同種が出会う事も滅多になく、言葉も理解しないから、個々を識別する為の名前を持ってない。


 どうやってそれで個体数を増やし、種として成立させてるんだろう?

 なんて風には思ってしまうけれど、妖精の生態に今更突っ込んでも仕方ないか。


 僕が契約するシュリーカーは姿が変わって、言葉も得たけれど、それでも勝手に名前が湧いて出てくる訳じゃなかった。

 これまでは、それに不便を感じる事はなかったそうだけれど、僕がシャムを名前で呼んでるのを見て、羨ましくなったそうだ。

 なんというか、さっきも言ったけれど、可愛らしいなぁって思う。


 ただ名前って大切な物だから、考えてって言われても、そうすぐには出てこない。

 特に、シュリーカーは人間ではないけれど、やっぱり女の子の名前だし。

 恐らく、どんな名前でも喜んではくれるだろうけれど、できるだけ良い名前を付けてあげたかった。

 尤も、考える時間を増やしたところで、物凄く良い名前を思い付くって訳ではないんだけれども。


「それと、用事がなくても、時々呼んで欲しい」

 二つ目は、用事がなくても月に一度か二度は、魔法による呼び寄せをして欲しいというもの。

 なんでも、契約をしたのに会えないと寂しいからだそうだ。

 これもまた随分と可愛らしい条件だと思う。

 但し当たり前の話だけれど、呼び寄せをして顔を見せたからって、すぐに送り返すって訳にはいかないだろうから、月に一日か二日は、シュリーカーの為に時間を割く必要があるだろう。

 魔法生物との契約として、これが軽いのか重いのかは、僕には判断が付かなかった。


 逆に僕の方から提示した条件は、呼び寄せに応じて助力するとか、呼び寄せ中に僕の意図に反して人を傷付けないとか、魔法生物との契約では定番の縛りを入れる。

 ……今にして思えば、シュリーカーが行おうとした無条件の契約って、僕の方からの縛りも入れられなかったって事だから、随分と拙い。

 途中で制止が入らなければ、僕は多分、そのまま手を取ってしまっていただろうし。

 シャムの制止には別の意味もあった様子だけれど、これには素直に感謝をしよう。



「きのこ……、マッシュルーム? えりんぎ、まいたけ、ぶなしめじ、うーん」

 シュリーカーの名前を考えようとすると、どうしても彼女が被るキノコの傘に目が行ってしまい、思考がそちらに流される。

 エリンギってキノコがこの世界にも存在してるのかは、僕もちょっと知らないんだけれど、いずれにしても女の子の名前には向いてる気がしない。

 そもそも、何でキノコを被ってるんだろう?

 そういえば、妖精の抜け道も入り口と出口はキノコで囲まれてたし、妖精にとってキノコって特別な意味でもあるんだろうか?


「アンブレラ……、パラソル」

 特にキノコの傘とは関係ないけれど、雨傘と日傘。

 これもなんか違う。

 キノコの傘って、何であんな風に広がっているのか。

 思考は、どんどん関係ない方向に流れていってしまう。


 シュリーカーであるという事を考えた場合、彼女は決して無毒のキノコではないだろう。

 叫び声で命を奪うという能力は、非常に強力な毒だ。

 毒は時に薬にもなるから、使い方次第ではあるんだけれど、その危険性を忘れちゃいけない。


 そういえば、ツキヨタケって毒キノコがあったっけ。

 暗闇で薄っすらと光るから、月夜の茸でツキヨタケ。

 森という、本来なら人間が生きていけない場所に捨てられた僕を、見つけ出してくれた、夜の光。


「ツキヨって名前はどうだろう?」

 思い付きを口に出すと、何故だか妙にしっくりときた。

 大いに前世の記憶、星の知識に引っ張られた名前ではあるんだけれど、それも僕らしくていいかと思う。

 僕は、キリクというこの世界に生きる人間だが、前世の記憶を持ってる事も含めて僕だから。


「うん、いい。私はツキヨ。これから、よろしく。愛し子のキリク」

 名前を考えてる様子を、待ち切れないとばかりに待っていたシュリーカー、ツキヨは、その名前にこれでもかってくらいに相好を崩して笑みを浮かべる。

 きっと、僕が考えた名前なら、彼女はどんな物でも喜んではくれたんだろう。

 だけど、それでも、自分の考えた名前が、ツキヨを満足させて、その笑みを引き出せた事が、僕にはとても嬉しかった。


 契約相手を求めてジェスタ大森林に来て……、何だか本当に色々とあったし、そこで生じた疑問や問題は、殆ど解決していない。

 けれども目的であった契約相手は、これ以上ないくらいに良い相手と巡り会えた、或いは再会できたと思う。

 改めて、今度は僕から手を伸ばし、ツキヨがその手を握ってくれて、ここに契約は結ばれる。



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