第131話
「キリクさん、魔法とは何でしょう?」
不意に、マダム・グローゼルは僕にそう問うた。
まるで授業中の教師のように。
あぁ、いや、マダム・グローゼルだって、校長になる前は教壇に立って生徒に教えてたのだろうから、彼女だって間違いなく教師か。
魔法とは、魂の力で理を書き換える能力、或いは技だ。
魔法生物が扱う魔法は、生まれ持った能力と言うのが相応しいし、魔法使いが扱う魔法は、それを魔法生物ではない人間の手でも可能にした技術、技と言うのが相応しいと僕は思う。
但し本質的にはどちらも変わりなく、魂の力で理を書き換えて引き起こされる現象である。
「そう、魔法とは魂の力で理を書き換えて引き起こす現象です。なので、本来ならそこに定まった形はありません。私達が扱う魔法は、私達でもどうにか扱えるように、形を決めて簡単にしてしまっているだけなんです」
マダム・グローゼルは僕の答えに一つ頷き、続きの言葉を紡ぐ。
それは、なんだかとても皮肉に感じた。
目の前にいるのは、どんな魔法でも扱えるだろう最強の魔法使いのマダム・グローゼル。
なのにそんな彼女が、自分達が扱えるのは、魔法の一端を小さく切り取った物に過ぎないと、そんな風に言ってるのだから。
ただ同時に、納得もしてる。
こんな事を言うと、魔法学校のほぼ全ての生徒に反感を買うかもしれないが。
僕にとってこの魔法学校で教わる魔法は、決して難しい物じゃない。
簡単にしたものだって言われたら、あぁ、やっぱりそうなんだと、胸にストンと落ちるように、納得できてしまう。
「キリクさんがシュリーカーを進化させた。それも魔法です。恐らく赤子のキリクさんは無意識に庇護者を求め、シュリーカーの存在を強化する魔法を使いました」
シュリーカーを進化させたのが魔法だと言われ、僕はハッとする。
あぁ、そうか。
それが形の定まらない魔法か。
これまで散々に自分で魔法を使ったり、教師やクラスメイトが使うところを見て来たから、僕の中に魔法とはこういうものだって意識が出来上がってたから、シュリーカーの進化が魔法によるものだって、すぐにはピンと来なかったのだ。
……となると、多分その魔法は、シュリーカー自体を発動体として使ったんだろう。
記憶には全くないんだけれど、我ながら無茶苦茶な魔法である。
「それは私達が扱う魔法のように形を定めたものではないので、本当に強い魂の持ち主にしか扱えない、だからこそ恐ろしい程に強力な魔法です。それこそ、星の灯が言うところの奇跡と呼ぶに相応しい力でしょう」
マダム・グローゼルの物言いは、その本当に強い魂の持ち主に、自分の事を含めていない。
なのに僕は、その魔法を使ったのか。
冷静に考えてみても、やっぱり今の僕は、そんな魔法を自分が使えたって事が、少し信じられなかった。
だけど、一つ気付く。
もしかすると、僕はこの魔法学校で学んだから、そんな魔法を使えるって、信じられなくなったんじゃないかと。
地を走れるようになった鳥が、空の飛び方を忘れ去るように。
「キリクは、自分にも似たような魔法を使ってたよ。あんまり自覚してないかもしれないけれど、普通の人間の子供は、ボクらと暮らしたからって、素手で大鹿を仕留めたりできるようにならないからね」
不意に、シャムが横から口を挟む。
……そう言われると、ちょっと何も言い返せない。
僕の身体能力は、人間の子供としては間違いなく異常だろう。
何せ戦い慣れた戦闘学の教師の足を、蹴って折ってしまえるくらいだから。
「君は、自分の存在を僕らに合わせて、強化して作り変えてたんだよ。もちろんボクらと同じ物を食べてるからってのも、少しはあるだろうけどさ」
妖精であるケット・シーと暮らしているから、彼らと同じ物を食べているから。
これくらいは肉体が強くなってもおかしくない。
生きていく上で足を引っ張らない為にも、強い肉体が欲しい。
そう願って、魔法を使ってた?
ただそうなるとわからないのは、僕は何を発動体にして魔法を使ってたんだろうか。
……可能性があるとすれば、多くの時間を一緒にいたシャムか。
「はい、話を戻しますが、ウィルペーニストもまた、形のない魔法を扱えたのでしょう。彼は自分を受け入れてくれた魔人を強化し、更に自身の存在も書き換えて、魔人の一人となりました」
自分の存在を書き換える。
そんな事が可能なのかって思ってしまうけれど、……いや、今までの話から考えると、できない理由がない。
実際、僕は妖精の魔法を使えるようになりかけていた。
あれは、僕がシャムを見て、無意識にそうしたいって思ってたからだとすれば、その先に自身の書き換えが待ってたんだろう。
シュリーカー、ツキヨの全てを受け入れるかどうかの、契約の時も同様に。
「人間は魔法の使用に発動体を必要と……、まぁ場合によっては不要な場合もありますがさておいて、ウィルペーニストが魔人と、つまり魔法生物と化した事でその制限は取り払われ、非常に強い魂の持ち主が真に自由に魔法を扱えるようになったのです」
あぁ、それはとても恐ろしい話だ。
妖精の魔法の一端に触れた僕は、その恐ろしさが理解できる。
人間の魔法は制約が多い。
わかり易いのは発動体が必要ってところなんだけれど、しかし発動体を用いたからって、魂の力を余すところなく魔法に注げてる訳じゃなかった。
妖精の魔法を、人間の魔法で真似た時に感じた、薄皮一枚が周囲と自分を遮ったかのような、違和感。
その薄皮一枚が、人間としての自分を守る為に必要で、つまり人間の魔法の限界だ。
「当時、人間と魔人の間には争いが耐えず、人間側が数を以って魔人を捕まえて見世物にする等という事も横行していた為、ウィルペーニストは同胞の身の安全を願い、彼らを強化、進化させたのです」
……それだけを聞けば、単純に人間側が悪いとも聞こえてしまう話。
でもどっちが正しく、どっちが悪だなんて単純な事じゃない。
土地や流れる水の使用権、風習の違いは常に争いの種だ。
相手が異種族だからじゃなくて、人間同士だって同じである。
その上で魔人を見世物にするって言うのも、そうやって貶めなければ、弱い人間は魔人が怖くて仕方ないから。
姿が似ているだけに、怖くて、腹立たしくて、妬ましい。
逆に魔人側からすれば、弱いのに数が多い人間は、愚かで鬱陶しくて、下等な生き物にも見えるだろう。
ウィルペーニストが同胞の身の安全を願うのだって、当然だ。
誰だって身内には、安全で、幸せでいて欲しい。
但し、そんな風に願った結果が、必ずしも良いものだとは限らない。
「しかしそうして力を手に入れた魔人は、大きな戦いを起こしました。人間への復讐心から、或いは得た力に酔い、世界を自分達の手に納めんとして……。その結果、他の魔法生物も巻き込んで起きたのが、世界を滅ぼし掛けた大破壊です」
そう、力を得れば、それを活かさずにはいられないだろう。
魔法生物の価値観は人間とは大きく異なるけれど、魔人のそれは、どうやらここまでの話を聞く限り、人間に近かった。
いや、そりゃあ魔人にも色々と種族がいたそうだから、細かな違いはあったと思うけれども。
「世界が滅びてしまわなかったのは、ウィルペーニストが力尽くで魔人を止めたからでした。それが、彼に人間としての意識が残っていたからなのか、それとも同胞の暴挙を見過ごせなかったのかは、わかりませんが」
争う同胞を見て、ウィルペーニストは何を思ったのか。
彼らに争う力を与えてしまったのが自分である事は、きっと知っていただろうし。
……哀れに思うってのは失礼かもしれないけれど、とても可哀想で仕方ない。
「世界は深く傷付き、それまであった文明は途絶え、魔人も個体数を大幅に減らしました。生き残った人々は、魔人の根絶を求めたそうですが、それを止めたのもやはりウィルペーニストです。彼は大破壊の罪は全て自分にあると言って、その命と引き換えに魔人を滅ぼさないで欲しいと願ったのです」
結果は、最悪に近いけれど、本当の最悪だけは免れた感じか。
世界が滅びに瀕したといっても、その規模はわからない。
人間にとってのみそうだったのか、他の魔法生物にとってもそうだったのか、詳しい事は、やっぱり遥か昔の話だからハッキリはしないけれど。
いずれにしても、とても酷い事にはなったんだろう。
ウィルペーニストに関しては、僕はもう何とも言えない。
そこまでしなきゃいけないのかとも思うし、……そうする気持ちもわかる。
「契約は結ばれました。ウィルペーニストは世界を救った恩人ですし、何よりも、彼に勝てる者は誰もいませんでしたから。ですので、世界を滅ぼし掛けた大破壊を起こしたのはウィルペーニストだと伝えられ、魔人に関しては皆が口を噤みました」
そういえば、シャムも魔人に関しては口にできないって言ってたっけ。
授業でも、人狼が起こした事件のみを教え、他に関しては不明だと言い張ってた訳も、わかった。
真実が消えてなくならないように、一部にのみは教えてる理由も。
「ここまで話せば、聡いキリクさんなら、貴方に何が起きようとして、どうして私達がそれを警戒するのかも、わかっていただけると思います」
あぁ、もちろん、もうわかる。
マダム・グローゼルは、僕が妖精にとってのウィルペーニストにならないか、それを危惧しているんだろう。
人間の魔法を教え、常識を刷り込み、形のない強力な魔法から遠ざけて。
再び大破壊が起きないようにと。
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